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疑惑

疑惑



 MMは仲良くまるで姉妹のようにエリーと寄り添い眠っていた。

フィスターはリグの眠るベッドに来ると彼の髪を優しく撫でて微笑み、自分のボブを整えると横になった。ダイランは重量と弾力のあるソファーに寝転んで頭に腕を回した。

「警部。MMは正体は分からないけれど、そこまで悪い人にはどうしても思えません」

フィスターがそう静かな声で言った。

「演技に騙されるな」

そうダイランは言い、天井を見つめた。

「そうですね……」

フィスターは目を閉じ、開いて空間を見つめた。

「警察って、何なのでしょうね。警部。あたしは、悪を正すばかりに働くと思っていても、本当の悪も分からなくなる事が多くあるし、それに警察組織にも悪は根付いている。全てを一律の元に正すのは本当に大変だわ。あたし達が、一角ずつからでも、本当に崩して行けたらいいのに。少しずつになろうが、いつかは実を結んで大きな快挙は全てを一網打尽の時を迎える事が出来ます。だから、その時までを特Aは根気良く行きましょうね」

フィスターは目を閉じ、感覚だけは起きる眠りに入って行った。

ダイランは天井を見つめたまま、黙っていた。フィスターは完全に自分を主任、上司として信頼していた。自分がその悪に染まる事、再び傾く計画を着々と進めて来ていて、好機を虎視眈々と狙っている事も知らずに。警官の身分を利用し、私怨目的で裏で証拠も一切挙がらないままのファミリーの人間を無闇に殺しを続けている現在の事実も。いずれは警察を利用し、Ze−nを張らせるFBI共の情報を集めては、ハノスの命を狙っている事も。全てを特Aで正そうと言って来ている。

警察や正義になんか、生きる価値すら感じない。勝手に恨みに燃えては怒りに動き、惰性でも無く駆け回っては犯罪を後に起こし安くする為に他の犯罪者の邪魔者を共消して行き、利用されていてもいい。恨みを果たせて戻れるのなら……。

だが、フィスターの微笑をはにかみ笑顔でさえ失う事に恐怖を覚えた。

今に、自分は死刑に挙げられるだろうとも、分かっていた。未来への黒い活路も見出さぬままに。

愚かだ。それでも進もうとする自分は。

リサの笑顔を汚したくは無かった感覚が、身を闇に陥らせようとした。自分が馬鹿みたいに駆け回り、警察などに入っては目をつけられ、血を捧げても飽き足らずに怒りに甘えては、誰かを泣かせてしまう。恨みを停止する事は、感情的には無理だが行動に移す事をやめる事は直ぐにできる。

だが感情と行動は同じだった。

犯罪心理、そのままに

ダイランは天井を見つめたまま、眠りについた。


 本当に悪い人ならわざわざ新規契約を目前に、子会社に気を回さないわ。何らかの手を貸そうと思っての事でしょう?葬儀にわざわざ来たのは何故?確かに厳重に警戒されている今、自分の立場を護る為かもしれないけれど。

フィスターは腑に落ちずに目を開いた。体を起こす。

「……」

MMは起きていた。

長い窓辺に肩を付け、透明ヴェールと黒ビロードで縁取られたカーテンの柱に背をつけていた。水色の透明な月光に照らされて、透明のグラスを持っていた。

美しい人だ。

月に溶け込みそうな程、凛として、涼やかで。

そう彼女は思い、視線を一度落とした。MMが犯罪を?分からない。確実なのに。

 フィスターは上目になってその静かな美しさを見ていて、瞳は鈍い水銀色に光っては白い肌に大きく切り抜かれた様に黒の際の長い睫に囲まれては、麗しく思う。

横に広がる長夜の、月を見つめているようだ。鋭さ、淋しさ、麗しさ……。それに静けさ。何かに杞憂する事があるのだろうか?MMが?

フィスターは静かに寝台から上がりMMは気付いてそちらを見た。

 何かの物思いに耽っていたらしい。忙しい仕事の事かは不明だ。常に頭は働いているのだろうから。表情も無い顔はMMの透明になりそうなローズクオーツ色の唇が開かれる事もなく、またガラス質の様な瞳を窓の外に向けた。

性別不明なままの顔をして、首筋から綺麗な下腹までを常にすんなりとVに開けている。

 柔らかい白とプラチナ装飾が常のMMはトレードマークになり、高い腰の位置にシルバーやプラチナのアクセントをつけていた。

宴で貴女達が衣装替えをする様に、彼のそれらの白の衣装の微妙な形態や素材、プラチナ装飾品を替えるものの、今は着けていない耳には、初対面時アクセントとなる黒鳳凰の羽根の小さな輪ピアスが嵌っていて、それが印象的だった。

サイドの黒の際の目に鋭さも持たせるかのようで、宴ではそのピアスだけが唯一変わらない物だった事を覚えている。誰もが誰の衣装も互いに細かく視線でチェックをし、そして衣装を見る中で。

 優雅な光の流れる中を、流れる光を受け巨大リムジンで流れ込み、白大理石のナンバープレートにはゴールドの優雅な書体象嵌でMM、と記されていた。

美しくも華のある上品な顔立ちは気品があり、彼の現れた夜、月のそよ風の様に音がまるでりんと鳴り響いたかの様だった。滑らかなクリスタル質のベルの様に。

透明度の高い空気が冷凛と艶を運び、ゆっくりと誘うように颯爽と歩いては、突き放す様な冷たい瞳で会場を見回した。一気に艶やかに微笑み、妖しく、幽玄にだ。

 今は水色の影の中に咲く、柔らかい白薔薇の様だった。可憐でもあり、そして強く誇らしげでも儚げな。

あくまで人懐っこい目をしていて、宴での刺々しさや常だった冷たさは感じない。この屋敷に現れた彼は、柔らかな態だ。

揺るがない自信、強さと輝き、類稀なる恵まれた容姿、頑なそうな強気の姿勢、備わった他を許さない厳しさ、強烈な妖艶さのオーラ、氷の様な突き放してくる声音、一気に引き込んでくる魅力、華麗な人。豪華絢爛な中。

 闇の中では静かな崇高さが覗き、それらが横たわっていた。

「淋しそうですね」

闇の中、ソファーの方向でドサッという音が聞こえた。

フィスターは小さく微笑み、MMの場所へ来ると反対側の柱に立ち月からMMの横顔を見上げた。

「別に」

そう言い、まるで月の光りを透明にしているのはこの人だという様な、声だった。人間味が無い、そう言った方が良い。人間味が無いのだ。MMには。あまりに美しすぎて、クリスタルやクリアダイヤモンド製の静物の様に。

 感情が窺い知れないわけでも無いのに、宇宙と一体化している様な、それら自体の様な。

それか、野性的な自然界の悠久の体現や、具現化の様な。

どうしてそういう空気がMMから浸蝕しているように感じるのか、それを悪の道へ向かわせる感情は、巡る彼の宇宙摂理的には無い気がした。

もっと違う何かが働き掛けている。感覚的に今の彼の中には。

 闇に潜む泉のような、留まっては澄み渡り、流れては艶めいている。透明でもあるけれど闇色でもある。宇宙をもち極彩色であるのか、闇と透明どちらでもあるのか。性別という個別の小さな範囲が当てはまらない、どこか非生物的だ。

超宇宙的……当て嵌まった。

無性でもあって、両性でもある自然的な感覚が、悪魔のようでもあり、どこか今の彼からは神秘性もあった。

「あなたは、今まで相談をして来る自殺者達を止めて来たと言っていたわね」

「覚えて無い」

「本当は嫌だったんでしょう?自殺を取り扱う映像は」

 MMは月の広げる柔らかな優しいシルバーの光輪を見上げていた。

波打つように透明にヴェールを広げているのだ。

「望まれたのなら提供するだけだ。俺は」

月を見上げると背を向け、白の背に青が澄んでは、グレー掛かる影の室内へと歩いて行った。

「何故?」

「ビジネスは率先して時代を切り開くか、望まれて創り出すかだ。利益の望めるもののみ選び抜いて」

 グラスをテーブルに置くと天板の繊細な模様が滑らかに映った。ダイランがソファーの下に落ちて、地べたで眠っている。

そのソファーに座りテーブル上の銀製ヒュミドールを開け、カッターで切ると黒葉巻に火を灯した。

薫り高いローズ。それに、ジャスミンが仄かに香り広がる。まるで闇の空間にそれらの深赤と純白の花がそっと華やかに花開き、咲き浮いた。清流に乗せ流れ行く様に。

「優雅な流れを思い出す」

MMは不意にそう言った。フィスターは艶やかな薫りの空間からMMの顔を見た。

「あのフィルムには薫りが着いていた。知っていたか?」

彼女はゆっくり首を横に振った。

「いいえ」

「書籍では、冒頭にこう書かれていた」

闇を一度見てから、瞳を閉じた。

「かようなジャスミンの様に薫り、薔薇の様に散りし、華麗なるあの方へ」

フィスターは女性への言葉なのだとわかった。

「愛情を経て死までを優雅な流れに乗せ、著者の思い出と記憶を綴った作品だ。それはフィルムの中では、男女が反対に描かれたが、本来は死んだのは女だった。それを著者は、自分の殺してしまった女を悔やんでは自分が殺される方向なら良かったと、あの書籍を1890年代、刑務所の中で鮮明に書き綴った」

MMは闇からフィスターの顔を見た。

「俺なら、男女を逆には書かない。女に殺した側の苦しみを負わせる事にもなり、犯罪を負わせる事になるからだ。著者は最後までを苦しんだ。その苦しみに女も寄り添わせる形で、死刑にされた。犯罪者の罪の受諾だ。一人で死にに行く事を著者は恐れた。書籍では、女が男を殺した場面で終ったんだが。そこで著者は現実に目を再び向けた。自分の冒した罪として、女と共に寄り添った」

彼は、どの思い出の中の背景を刑務所の中で思い描きながら、彼女の幻を見ていたのだろう。

「美しく若かった時代の情念を全て入れ込んで死んで行った。遺書共にその原稿が置かれていたらしく、女に最後に罪を負わせはしたが、著者の彼女への巨大な愛情が作品の中の情景や女の美しさそのままに描かれていた。美を引き入れたまま死んで行った、まるで、ロジェスキーの様にな」

「……」

「フィルムを媒体にあいつは美を表現し、そして死んだ。著者は暗闇の中、原稿という白の中を、記憶の輝きに変え美を留めては死んだ。優雅な流れは、2人の男を書籍とフィルムという記憶に留めさせたまま、死んで行った作品だ。死までの道を、決して優雅になどでは無く、美に相反する現実、そして反発した心として激しいそれぞれの中で。清楚な香りの艶やかな純白のジャスミンと、狂おしい程に芳しい高貴な深赤の薔薇という様に相反してな。著者がそれを死んだ恋人に重ねた程に彼女は美しくも可憐だったからだろう。自分の狂おしいほどの情念で彼女を染め尽くした。そして彼女は薔薇の華のような美を称えた。ジャスミンも薔薇も手を触れられない様な崇高な人。自分の美しい砦。ダイランがあんたに抱える感情の様に」

「……」

フィスターはMMの静かな横顔を見つめ、感情は覗えなかった。

「警部があたしの事をそう見て?誤解です。あたしはどこも崇高などでは……」

ダイランはうつぶせに眠っていて、ふかふかの絨毯に頬を乗せ気持ち良さげに稀に寝息を吐き出した。MMはそのダイランの胴体の向こう側に長い足を立て足を組んでいた。

 MMは立ち上がるとベッドから織り込まれた分厚いシーツを持ち、その黒と金の温かいシーツをダイランの上に掛けた。彼は仰向けにごろんとなり、シーツに包まって顔をソファー側に傾けて止まった。

MMは彼を見てから体を曲げて、セットされていない為にさらさらと顔に掛かった癖無く顎のラインを越え長いブロンドの前髪を、息を吹きかけ退けた。鬼も寝ている間は静に眠る動物の様に静かな顔立ちをしている。

MMはソファーにチーターの様な体勢で四肢を着き彼をそうやって、小首を斜めに見下ろしていて、ふと、プラチナの美しい髪が輪郭をなぞる横の水銀色の瞳がフィスターを見た。

 彼女は一瞬で肩が縮まり身動きできなくなった。まるで神経に作用させて動くなと指令を送られたかの様に。

MMはソファーに座り、幾重もの丹念に巻き込まれた熟成薔薇の花びらにローズエキスを潤うほどに含ませ出来上がった、黒のロイヤルローズを再び口付け、そして、火を消すとニコチンとタールの一切含まれてはいないその黒葉巻を、口に放って食べた。ロイヤルローズは美容食品だ。

ふと、背後に仰け反らせる長い首筋さえ綺麗な人だ。どこの一部を取っても。

総合的に大いなる美の相乗効果が体現されている。あくまで装わないシンプルさなのに、彼の存在はどこの空間も華麗な空気にする。彼自体の美を余す事無く全身で体現しているのだ。持ち生まれたままで、着飾らずとも美しい。

 フィスターはちょっといじけた。絶対にあたしよりも綺麗な人だ。こうやってMMは男性の装いをしているというのに。

だから、ダイランが惹かれるのも無理は無い。MMには独特の雰囲気が根付いている。エキゾチックであり、そして魅惑的で悪魔的な。ダイランは、可愛らしい上目をして、熱っぽくやんちゃな子供の雄猫の様に目晦ましを食らった顔で困惑して白の背を見つめていた。あたしは警部からキスをされ、彼は冷静なまま、あたし一人だけとてつもなく舞い上がっては、全く動く事すら出来なくなる。

 薔薇の香油、夜気、それらが、静けさの中に浸蝕していた。

「自殺を留めさせた経緯が有るのなら、被害者達と交友もあった筈だわ。宝石職人の遺書には、剣コレクションの宴で職人の命の手を潰されたからと記されていました。それはあなたが弱者である老人に酷い仕打ちをして職を奪ったからでしょう?」

MMはダイランを見たまま、横顔は何も言わなかった。

「ビジネスにも起こす本人の意思があるわ。ニーズに応える前に人徳判断をして、越えてはならない一線を自分の中にポリシーとプライドとして敷くという物よ。それが自分の意志とその中でやれてこそ、責任あるシビアなビジネスといえる物では無いの?独立する身で全ての責任を自分で管理して、リスクも顧みずに要望に応えるだけではあなた自身が窮地に立たされるだけじゃない。利口には思えないわ。長いときを進めたいビジネスのやり手なら、それらの事はマイナスしていけるものよ。上手に。顧客問題や安全性にも関わって来るから。強行ばかりが通る物では無いわ」

MMは組む膝に片手を置いて言った。

「世が蝕まれている。それだけだ。世界は、お嬢さんの思っている程透明じゃ無い。実情はな。人を殺し勝ち抜き生きて来た生物の本質は、守りに入った瞬間から規制を敷かれた人間の元、心情に深く傷跡を残した。過去の産物として、サバイバルの本質を生命は絶対に忘れさせはしない。今の世の中ではそれを悟られたらお仕舞いだ。そういう職業というだけだ。俺は多くの敵を作った。だから、打開していくのみ」

 そう目を閉じ反らしてはダイランを見下ろし、頬を撫でるとライオンの様に唸って噛まれ、ダイランは顔の方向を変えてMMは片眉を挙げてダイランの頭を蹴り飛ばした。

元はといえば、自分が間違えてメールを配信してしまった先が警官ダイランの部屋だったのだ。自分で招いた事でもあった。

「混沌と渦巻いてるんだよ。黒く淀んだ世界だ。生き抜く為に常にな。どの世界でも。そうでなければならない強迫観念を同様に地球生命は命に起源を置き根付かせ忘れさせはしない。優雅なんかじゃ無いからだ。生命の本質の死への流れは。自然は緩やかな時の流れでも、それに背いた瞬間から。強気と意地から生まれる観念は、うまくそれを引っ掻いてやれば快感を感じる物だからな。こうやって人は言い訳をする。正当が敷かれたからだ。人を殺さない理由は悲しみと憎しみを生む根本の万物に至る全ての生物的な事からだ。狼は仲間を殺され復讐し、獅子は砦を侵略され怒る。人は殺され両親は悲しむ」

「ええ。そうです。犯罪はいけない事ですから」

「ああそうだ。それでも精神を病めば理由なんか既に無くなるのが人間だ。消えて絶望しかなくなる。死へと向かうだけになる。ただ、どこかを彷徨い漂っては流れ航海している様な感覚だけだ。苦しみさえも無くなれば、死は横たわる。ふと隙を突いて来る。それが常にあるだけだ。それが他に利害を与えもして、共に他の利益に変えられていくだけだ。死んで得をする。死んで金になる。その突出した死が相手に突かれて自殺していく。だが、実際はそんな物は全て糞食らえだ。止めるか止めないか。死んでもらいたくないか止めたいか。死にたいのか死んでもらいたいのか」

「自分の利益に関わる事なら全て死んでもらいたい方向に向かうんでしょう?女王の場合はどうなの?」

フィスターは鋭い目で射抜いた。

「何らかの怨恨からあなたは死へと向かわせるように仕向けたとあたしは思っているわ。自分の中で不必要になったからだとか、居て貰っては困るという理由でよ。確かに自分の精神を磨り減ってでも相談を聞いて人々の一人一人の自殺を止めてきてあげていたり、叱りつけてあげ続けた事はあたし達も見習いたい事で、感謝するべき事です。でも、あなたが本当に関わったとしたのならこちらの勝手な言い分にも成りかねないけれど、あの女王の事はしっかり止めて上げた様には、今までの映像を見て来て思えないの」

彼女は立ち上がり、彼の横に座った。

「彼女はただ狂喜の内に死んで行ったとしか思えなかったわ。自分しか見えていなかった。周りが見えなく完全に自分の心を壊していた。自分だけの世界で、死を突如悟って絶叫したわ。絶望のうちに。誰かが今まで彼女を理解してあげようと介入したようには」

「俺が女だったって知ったからさ」

「……」

MMは吐き捨てるように言った。

「あの女に迫られて俺は当然拒絶した。その時から浮気を受け入れようとしない俺に当たり散らし初めて旦那もほとほと彼女の浮気癖にも困ってたからな。それなのに俺が王女や姫に気に入られて親しくするのが気に食わなかったんだろう」

目元を更に鋭く吊り上げ、MMのさっきまであった柔らかさが一気に消えうせ、冷たい風で声音を低く言った。

「女王は国の金を俺に貢ぎ始めて軍だろうが何だろうがあげるからとまで言って来てしつこかった。こんな事情が知られると国的にも良くは無いのは一目瞭然だ。条件は笑えるほど酷い内容で国の実権を渡すとハイエナみたいに言って来る。俺は国との橋渡しをしているから俺に取り入れば自分の都合良く動くと思って手なずけようとしたんだろう。誰からの脅威になるべくな」

フィスターは口を引き締めて吐き出される、MMには似合わない強烈な憎悪に口を挟む事も出来なかった。

「あの女王は遂に言う事を聞かずにいる俺に怒って強行に出て監禁して来た。それで、ハッ、実は男だと思い込んでいたら女だったなんて事が分かって勝手に狂っちまっただけだ。自分の今まで俺に捧げて来た物を考えて蒼白になってた。お笑い種だね。その上でどうしても認められたいからって紫の会にまで介入して女の喜ばせ方だとか必死になって学んでは国の事も放って、俺が幾ら会なんかやめて国政に戻れと言おうが、何で応じてくれないのよだとか怒鳴り叫ぶばかりだ」

フィスターは肌が痛くなって来て、心なしか腕を擦っていた。彼の激しく冷たい棘で鳥肌が立っているのだ。

「俺はあの女が大っ嫌いだったんだよ」

MMは立ち上がり、窓際に行って腕を組み、さっきまで嫌悪の言葉を吐いたが窓に映る顔はそれでも透明に澄んでいた。

「あなた……もしかして他国の国王達に仕事を依頼されたの?女王を暗殺してもらいたいと」

「さあね。勝手にあの女は自殺しただけだ」

「体の関係は?」

「……」

「国王達よと」

MMはフィスターに顔を向けてから言った。

「悪趣味な事言うんだな。俺はそう簡単に体を許さない。何人もの国王を扱い易いように手玉にとるなんて下賎な存在はあの女王の存在だけでも寒気がするんだよ。俺が関係なんか一度でも国の上層と持ったらそれこそ俺は中立の立場を失い国境を持つ事になる。様々な意味で契約的にも相手側の敷いて来る条件を判断するにも惰性を生む。そういうわけには行かない。正当に渡り歩くには邪魔だ。低レベルに陥るからな。性別も確定させない事で保たれるべきものはある。滅多に不用意にされるのは俺は大っ嫌いなんだよ。軽薄な事が何よりもな」

そう、フィスターをきつい目で見て言った。

「あたしは、あたしは何もリキの事を切り捨てたわけじゃ無いわ」

「へえ。俺には分からないけど」

「じゃああなたはいつまでも同じ人ばかり思い続けられると言うわけ?」

「楽に万人にキスを許してきた軽い女よりは堅い信条の元に愛を置いて俺は生きて来た。確かにくだらねえ考えだろうがな。軽い物なんかで取り繕いたくなんか無い。その人間の芯を決める事に繋がるからだ」

フィスターは俯いてしまった。

「……」

MMは溜息をついて彼女の前に来てダイランの腹にしゃがむとうぐ、とうめいてブロンドの髪を両手で掻き乱して夢に戻って行った頃には腕をだらんと落とした。MMは彼女の手に手を置いた。

「悪かった。別にお前が悪い方法ってわけじゃ無いのも確かだ。常套手段なんて女には必要不可欠だからな。ただ俺は自分の身を自分で護れて自分で生きて行けるからこういう方法を置く事が出来る。女は弱いもんな。それが普通だって言える事もあるが、共に本当は男より芯は強い。中には男も女も共に芯も無く弱い人間もいるが、その人間達に活路を指し示してやる事が出来る。お前にも芯があるからだ。お前がどうしても犯罪が許せない様に、俺は愛情に軽くなる事がどうしても許せないだけだ。俺はそれを自分の揺るがない軸に強く置いているから、やっていけてるんだよ。だから風なんかに揺るがない。基礎がしっかりしていれば本能の赴くままに動ける」

「強いんですね……」

 フィスターは瞳を開いて自分の手の上の重ねられる温かな手を見下ろした。

「あたしは強い女性になり、万人を認めいい部分を見つけて、気前良く気丈に振舞って、愛する男性を支えたいというのが望みだけれど、あたしはそうはなれないわ。きっと……」

MMは肩をすくめてテーブルに腰を降ろした。

「心に置き続ける事が大事な事だ。そうだろう。多くの女と交友を持てよ。この世の中にはそういう良い本物の女の見本がどこにでも必ずいて手助けしてくれるもんだぜ。女は成長し続ける。優しくなれる。癒せて許せる事で懐を大きく出来て、それが人を変える事に繋がる。導ける。どうしても年齢重ねて人々に接して行かなければ手に入らない内面は個人にはある。そうやって成長して行く。その目で見て理解しなければ分からない。本心を向けて接しなければ分からない。自分で分からなければ、他人にも分かる事が出来ない」

MMはダイランが唸って寝返ったのを見下ろした。

「……」

 MMは小さく息を吐き、それは多少の高い声を含んでいた。しばらく横顔を見つめながら、その内に視線を上げて室内のグランドピアノを見た。

さっきの溜息が、全く鋭さの欠けた、なんというか女性っぽい音色を含んで聞こえた。どこかしら澄んでいたのだ。

フィスターはMMの横顔を見て、本気で女性なのか男性なのか分からない。鋭さも含む女顔なのに、全ての雰囲気は男性のオーラだ。色香は完全なる中性的なものだった。

「あなた、本当に女性なのね」

視線を落とし、その凛とする瞳は何の感情を今は移しているのかフィスターには分からなかった。口元を閉じている風情が、女性の様だった。

 ダイランがシーツに包まっては眠る床は、絨毯が敷かれた部分以外は冷たさを持つように思えた。

「……ねえ」

フィスターは瞬きした。

MMの、視線をダイランに落とす静かな顔つきを驚き見上げた。完全な、女声だったからだ。

 「頂戴よ。この人」

そう、瞳だけ上げフィスターを見た。彼女は口を噤んで驚いたままの目を見開いた。

「あなた、声を操れるの?」

MMはまた視線を彼に落とし、何度か頷いた。

「もしかして、あなた整形させて同一人物と思わせている人がもう一人いるの?しかも男性で」

MMは背後に手を付き、首を横に振ると横に流れる空間に目を向けた。

「あたし一人よ。ダイランの事、あたしが先に見つけたから。取らないでよ」

「……ねえMM。その先に見つけただとか、手を着けていただとか、警部もそうだっただとか、訳が分からない事だわ。あなたが世間に出てきた前には、あたしは警部のいる署に配属されていたんだから」

「そんな近いことじゃ無いわ。きっとダイランは忘れているのね。完全にあたしの存在なんか、既に頭から消えていた……」

悲しそうな瞳で空間を見つめる横顔は、綺麗な女性の物だった。

「また、どこかで会おう、って……言ってくれた。教えた名前だって忘れられてた。寂しいわ……」

静かな声で言い、その声は流れて行くように消えて行った。

「本名はなんて?」

「MM」

「いつの事だったの?」

「5年前」

「……」

フィスターはぽかんとしてMMの顔を見た。

「それって、時間経ちすぎて無い?」

「……」

MMは面食らった顔でフィスターを見て、その顔を赤く俯いた。

「ああ、あの、ごめんなさい、そこまで一筋になれる人だったとは思わなくて、」

そうはにかんで、フィスターはこれはちょっと彼女は凄い、と思った。

「ちょっと、何よまるであたしを妙な物を見る目しなくてもいいんじゃない?怖い女だってどうせ思ってるんでしょう!」

そう恐い顔で言い、フィスターはしどろもどろしなり首をぶんぶん横に振った。

「え、べ、別にそういうわけじゃ無いわ。ただ、純粋な人だと思って珍しくて」

「珍しいって、そんなまるで珍獣みたいに……!」

「こんなに美しいなら、それは確かにMMという珍獣だわね。聖獣というか」

「褒めてる?」

「ええ」

MMは上目になって、怒っていた顔だったが、ふとナチュラルに笑った。その笑顔があまりにも自然体でナチュラルで、そして爽やかだった。

 一瞬、不安を覚えた。警部は彼女に惚れている。きっと、5年の歳月を、彼女のことを忘れている筈が無い事。宴では思い出せなかったとしても。今の彼女に5年前、惚れたのだとしたら?可愛らしい笑顔。ボーイッシュだけれど、おちゃめな物を含ませる人懐っこい猫目だった。全体的なフォルムを爽やかなナチュラルさが柔らかい白の元に覆った。

でも、その彼女にリサさんの事であんな酷い事をされたのだと……、そうは思えなかった。この彼女が?送るはずが無い。じゃあ誰が?

犯罪を確固として犯しているのは、彼女?さっき見せた怒り。でもそれは確固とした女王への感情。リサさんの映像を送る様には思えない。

『演技に騙されるな』

「……」

そんな演技などは、浮かばない。本当によく分からない人になって来た……

 でも、怨恨から彼女は女王を見切った。それは確かだった。何の理由でも殺していい物は無い。

死刑に出来ない人物。国的犯罪を犯している女王。それを、国上層の判断の元、死刑にする為に裏で動いたというの?それは正当な死刑と呼べるの?呼べないわ。正当な場所は各国で決まっているから。依頼側にも負い目があったからだわ。今回の自殺に追い込まれた女王の件は。暗殺という形を取り。それならば、MMでさえ利用された事になるのでは無いのかしら。

自殺をしたのは彼女自身なのは変わらない。MMは拒否をし続けただけ。それでは犯罪にはならない。

 フィスターの不安は徐々に大きくなった。

彼は……彼女を本気で捕えられるのだろうか。精神的に。本当に彼女が犯罪者なのだろうか。あたし達は大きく何かの間違いを犯していないだろうか。疑いを掛ける事で、本当の事を見逃していないだろうか。でも、MMは確実に被疑者に他ならない。

思案しているフィスターを見て、MMは顔を傾げて顔を覗きこんだ。

「探る事はやめた方が良い。それだけは言っておくけれど」

フィスターはその金属の様に、感情の皆無な瞳を見て核心と、そして共に恐怖も覚えた。

 MMは立ち上がるとダイランの腕を引っ張り上げ、彼はうなり目を覚ました。

「ベッドで寝よう」

そう言って腕を引き連れて行き、フィスターに肩越しに舌を出してダイランのどっさり横になったベッドに当たり前の様に横になった。

 フィスターは唇を突き出して、諦めて歩いて行った。リグがベッドの足側の隅っこに丸まっていて、フィスターは頬がほころんで抱き上げ、しっかり寝させてあげようとした。

「ママ、ママ……」

フィスターは驚いてリグを見下ろし、彼は小さな手をしっかり肩と背に掛けて服を握っていた。顔は、とても幸せそうに微笑んでいた。温かくて、柔らかい頬をして。

「リグ……」

彼をそっと降ろしてあげて、母の体温や温もりを一切知らないのだろうに、夢で見ているのだろう。顔は分からないのだとしても、見ているのだろう。

しばらく寝言が収まるまでを、フィスターは優しく髪を撫でながら小さく子守唄を囁いていた。小さく握られた手の甲を指で撫でてあげ、リグは安心しきって眠っていた。

また明日から彼等は、先生と仲間達のいる場所へと帰るのだ。

この子達は成長したら、どういう子になって行くのだろう。純粋なこの子達が何かに染まってしまわない様に、誰が光を灯しつづけてあげられるのだろうか。

 真っ白な頬を撫で、深い眠りについたのを彼女も金髪のボブを撫でてから枕に頭を乗せた。

向こう側のダイランはエリーに上に向ける広い背中に抱きつかれて眠っていた。彼女の部屋のベッドには大きな真っ白いクマの縫いぐるみが置いてあるから、その感覚だ。

MMは両腕を枕に、天井を見上げていた。ダイランはMM側に顔を向け、シャワーを浴び髪を洗うとセットが溶けて真っ直ぐに近くなるから、ブロンドは2,3センチだけ長く思える。どうやらうつぶせに枕に頬と両手を乗せて眠るのが癖らしかった。

 MMがシーツを引き上げ、ダイランに背を向けると窓から差す光の波を見ていた。

「付き合っていたの?あなたは5年前警部と」

「付き合ってない」

「どこで知り合って?」

「どこでもいいじゃない」

「そうね……」

 聞くべきことは多かった。確固とした証拠を掴むまで。証拠って?MMを犯罪者にこじつける証拠?とにかく、明日サダングループの社長に聞かなければならない。マリアの自殺に関わる事に思い当たる節は無いのかを。本部長は確保されたのかしら。

「何も言わないつもりなの?」

MMは目を閉じてその質問を無視した。フィスターは小さく首を振って、瞳を閉じた。

夜も2時。冷たい寒気は無く、変わりに疑念が渦巻いた。天井をもやもやと、足元を渦巻いて。

フィスターは眠りに落ちて行った。

 MMは瞳を開き、フィスターとリグのベッドを見てから顔をダイランに向けた。すっかり熟睡していた。

頬を手の甲で撫で、しばらく見つめていた。

その瞳が開き、はっとするほど整う顔でぼやけて彼女を見つめていた。

「……」

ダイランは向こう側に顔を向け、また顔を向けた。

「なんだか、ごにゃごにゃ言ってたな。煩かったぞ。女2人で事情聴取か」

ゆっくり体を起こすとエリーが背中から落ち、一瞬彷徨った腕を取ってあげるとしっかり布団を掛け、枕に背をつけた。彼女も枕に背を付け、自分の足を見下ろした。

 ダイランは頭が働かずにぼうっとした目で床を見ていた。

「あたしが、もしもMMじゃ無かったらどうしてた?そういう身分じゃ無かったら、惚れてたって言ったわよね」

「……」

「ジェーンの目の前でもまた言える?」

「……言えない」

「そうよね」

涼しい声音でそう言うと、ダイランの胸部にそっと抱きついた。肩に頬を乗せ、窓から差し込む月の床を見つめた。

まるで、月の月面が床に映写されると思われる程鮮明だった。月の美しい女神が白のヴェールを翻し、銀の長い髪をなびかせて裸足で踊っているような月光だった。彼女は瞳を閉じた。

「なあ」

ダイランは彼女の綺麗に流れる背に手を当て声を掛けた。

「何?」

囁く様に言い、しなやかで、綺麗な体だった。柔らかな純白に包まれ。まるで静物の様に。触れていなければ、生きていると思えない不安があって、背に回す手を伸ばし彼女の頬に手を当て体温を確かめた。彼女の絹の様な髪に頬をつけ瞳を閉じ、その手を白の肩に下ろし目を開けた。

ダイランからは良い香りがする。安心しきる森林の香りがする。

「お前、こうやって抱き着く男今までいなかったのか」

「いないわ」

「権力からか?」

「どうかしら……駄目?」

「別に。駄目じゃねえが、意外に軽いんだな。2メートルの大女にし」

バキッ

ダイランは枕に沈んで、もうちょっと抱きつかれていたかったが肩越しにMMを睨み、彼女はふんっと顔をあちらに向けてさっさと背を向け眠りに入った。肩越しに振り返って言った。

「無神経!」

そう言って顔を戻した。ダイランは憮然として頬を押え、自分も眠りについた。女を横にしては安眠出来なかった。

 ダイランは起き上がり、両手に花のベッドから出て歩いて行った。ソファーに座り、明日の段取りを再確認する。MMは場合に寄っては確保しておかなければならない。サダンに先に手を回されたら捜査にならない。

時間を確認し、部長から聞いた本部長に着いてを思い返した。確保された時点では何も口を割らなかったらしかった。

明日に備えグラスに少量の酒を注ぎ、煽ってからベッドに戻ってエリーを真中に移して転がった瞬間、エリーの寝相の蹴りが飛んできて、空手でもやってるんじゃないかと疑うほど鮮やかに顎を小さな足で蹴られた。足を戻してから、長い髪を整えてやった。2人や孤児院の子供達の友人だったマリーの死の為に夜遅く抜け出してまで2人は冒険に出たのだ。

何としても消えた遺体を捜し出す。

長いクルクルの髪を撫で、そこはマリーと姉妹の様に似ていた。マリーの方はホワイトブロンドだった。それに、マンションの下を見下ろした時、ほんのりと色味が移ってはピンクブロンドにしていた。エリーは深い色合いの金髪だった。2人とも随分長くしていてはフンワリと細かいパーマ掛けている。

ふと、向こう側のMMを見た。

……。あんなに綺麗な髪を、本当は伸ばしたがらないわけもない。そう思った。流れるように長めのボブショートはシャープな形にして、緩く風の流れのようにブローされている。

余りにも似合うヘアスタイルだ。ロングのなど一切想像できなかったが、綺麗な髪だった。

ダイランは顔を戻して目を閉じ、感覚だけ眠りに入るつもりが、ぐっすり酒の力で熟睡した。

雲が流れて光と明るい影が現れては、空間を彩って行った。

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