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悪いオーナー

悪いオーナー


 廊下から室内に入ると他に何人かいて、老婆もいて共に振り向いた。

ソファーにエリーは横たえられて、銀色の髪の女の人か男の人か分かんない顔の綺麗な人が膝を着くとエリーの背中をさすりながら、ダイランお兄さんの手からビニールを取ってエリーの口に当ててゆっくり呼吸させた。

エリーは真っ赤になっていてその内落ち着くと涙まみれの目を開いた。

すっごく綺麗なお兄さんかお姉さんは、首から下がる十字架のネックレスを苦しそうに握りしめたエリーの顔を覗き見て、優しくハンカチで涙を拭ってあげながら聞いた。

「大丈夫か?」

「うん……マリーが死んだって、」

「マリー=ローズ?」

その綺麗な人は顔をダイランお兄さんに上げて、ダイランお兄さんは罰が悪そうに肩をすくめて口を結んだ。

「全く。子供にも悪魔なんだなあんたは」

「違うよ」

僕はそう言うと、老婆は対側のソファーに腰を落ち着かせて足を大きく組み煙管を回した。僕は老婆を睨んだ。

「刑事さん!このおばあさんだよ!マリーをいじめたの!僕マリーが孤児院に帰りたがってたの分かってるんだから!」

老婆は他所から顔を僕に向けてハッと一瞬置いてせせら笑った。

「あのねえ坊や。あたしは狼じゃないんだから、悪いおばあさんじゃ無いのよ?ねえ狼さん」

綺麗な人は「さあね」と気の無い返事をして書斎机に高い位置の腰をつけて、そのハイバックに座るおじさんの横に立つおばさんはあの映画俳優にそっくりだった。

あの映画俳優が恵まれて2人にそっくりに生まれたのだろう。あの頭は誰に似たのかは分からないけど。

僕はエリーの座った横に立ってから見回した。綺麗な人はエリーにまだ横になってろと言った。ダイランお兄さんも老婆も映画俳優の両親も意外そうな顔で見ていた。

「お前、少しは株を上げておこうって魂胆か?」

「さあね」

背を伸ばし立ち上がった綺麗な人にダイランお兄さんがそう皮肉っぽく言ってから僕を見た。

「お前はマリー=ローズの親に会った事はあるか?」

「警部さん。あなた、少年に尋問するのは体罰だわ」

「あんたの所のあの激突ドライバーはなんなんだそれじゃあ……」

お兄さんは管を巻いてまだ僕を見た時、横の綺麗な人がちらりとお兄さんの横顔を見てから老婆と視線だけを合わせた。組んだ腕を伸ばし葉巻に火をつけると僕等を恐い目で射抜くように見た。僕は目をばっと反らして、表情がなくなると冷凛としたアラスカ狼の様な顔になったのをエリーの手を握った。

「お前達はマリーの友人なんだな」

「うん」

「親は?」

「知らない」

「母親だとか父親が来た事は無かったのか?」

「無いよ」

「会った事は?」

「無い」

「どちらにも?」

「うん」

「本当に?」

「本当」

エリーは実際会った事が無いけど、僕はさっきもおばさんに会っていた。大きな切り抜かれた様な目が緑の宝石みたいな瞳で僕を見ていて、僕は恐くなって目を反らした。

「親の事をお前達には聞きづらい事だが、マリーの事を分かってあげたいだろう。いきなりこうやって現れたのは何でだ?夜遅くに抜け出して」

「マリーに会いに行こうとしていたのよ。マンションのおばあさんに養女にされて羨ましかったから」

「そうしたら有名人がいっぱいいたんだ」

「ポッカー=ベレンが自殺したって」

「ああ。そうだな」

「僕はおばあさんがマリーを追い込んだんだって思ってる。フィスターお姉さんも顔が怒ってた」

「何?あいつ私情を持ち込んで」

「あんたに言われたくねえだろうそれは」

「なんだと?」

「何か文句でも?警察の犬が」

「お前みたいな怪しいボンボンに言われたくねえんだよ。生まれも分からねえ様な人間が本当に富豪なのかよ」

「知らねえよ」

「今にその化けの皮剥がされてえのか」

「落ち着いてよ」

そう僕に言われて2人は顔を動物の様に険しくしてから顔をフイッと反らし合って空を睨んだ。

「本当にこのおばあさんが悪いの?」

そう言ったのはエリーだった。僕はエリーを見た。

「ポッカー=ベレンも自殺したっていう話でしょう?なんで自殺したの?薬のやりすぎ?でもマリーは違うわよ」

僕は俯いて目を閉じた。

映像の中のマリーの腕には酷い注射跡があった。

いつもマリーは黒いシャツを着ていた。いいよいいよと言って水着の上にシャツとかパレオを着けたまま泳いでいた。よく飛び込み台から両手を広げて落ちて行ったのを僕は泳ぎながら見上げていた。僕は全く気付かなかった。

いつもの柔らかい白のワンピース水着とパレオの姿だった。

いつもみたいにプールに飛び込むみたいに、空を僕の所まで泳いで行くみたいに両手を広げて、落ちて行った。

「「マリーを預けた親を見つけ出して知らせてあげなけりゃならないんだ」

「死んだかもしれないじゃんか。だって生活が困って子供だけ預けて自殺したとか、」

僕は自分の両親を知らなかった。

「僕は赤ん坊の時に孤児院に預けられたんだ。両親は一度も会いに来た事なんか無い。それが普通だよ。だから、お兄さんの言ってる事は自分に両親がいて幸せて僕等の気持ち知らないから言えるだけじゃないか!僕達はどんなにお母さんやお父さんに会いたくても会いに行く事も出来ないんだよ。あっちだって会いに来てくれなかったらもうお仕舞いだよ」

だから、マリーは幸せだったんだ。僕等とは違って両親に会えて、でも、だからきっと逆にもっと辛かったのかもしれない。子供の世界だけでまだいた方が良かったかもしれない。

両親が離婚して母親に預けられた事をマンションでエリーは僕に打ち明けた。先生達には言わないでって言って来た。

「孤児院の中には両親が嫌いな子達だっているよ。会いに来てくれないし親から邪魔あつかいされたし本当はお兄さんとかみたいに家庭の中で恵まれて生きる事が出来たのに僕等だけなんで捨てられちゃったんだろうって、だから会いに来たんじゃないかとか聞かないでよ。来てなかったんだから!」

僕は必死になっていた。嘘吐きの癖が手伝ってくれていた。

本当はマリーの母親の事を言いたかった。それをおばさんが望んでいる事を本当は感じ取っていたからだ。警察の偉いおじさんがきつくそうやって止めているから。もしも言ったら僕は酷く叩かれるかもしれない。

僕は泣いていた。自分に「叩かれたくないからこうやって言ってるんだ」と心で叫んでいるのに本当の気持ちは言葉通り辛かったからだ。

ママもパパも僕を放ってどこかに行ってしまった。愛してもらいかったのにそれをもう出来なかったからだ。

エリーは僕の頭を撫でて抱き寄せてくれた。

でも、両親の事が大好きだって言う子だって多いんだ。会いたいって思いつづけて祈り続ければ会いに来てくれるって、どうしても信じたくなって願い続けて祈り続ける事が。

僕はそれを、さっき、いつもの青い星に、復讐などを誓ってしまっていた……

十字架を握って、パパとママに会いたくてずっと祈ってきていたロザリオみたいな美しい星に。

僕は走って行っていた。廊下に出て走って行って人にぶつかりながら走って行った。階段で転んでしまった。

「おい大丈夫か?」

「離せよ馬鹿!」

「確かに馬鹿だがあまり人ごみで走るな」

ダイランお兄さんに起こされて僕は痛くて泣いていた。

「悪かった。ごめんな」

「大嫌いだ!!お兄さんもおばあさんもパパもママも大っ嫌いだ!!大人の都合ばかりだよ!!だから僕等やマリーを捨てたんだ!!!」

「リグ」

お兄さんが僕を強く抱きしめた。僕は驚いて瞬きした。一瞬お兄さんの大きな目から涙がぽろりと零れたからだ。

大嫌いだなんて嘘をついてしまったのに、その嘘でお兄さんを泣かせてしまったのだ。僕はまた嘘で人を悲しませてしまったんだ。

「お前の両親を嫌いになるなリグ。小さなこの体には両親の愛情から選び抜いて汲み取った細胞がお前を成長させているんだ。生きている限りいつかは絶対に会える確率は消えない。実際どんなに嫌いになろうがあっちは勝手には消えないんだ。だから同じだけ好きになれ。本当は会いたいんだろう?大人になるまで思い続けるんだ」

僕はお兄さんの肩に額を付けたままずっと頷いていた。

悔しくて仕方なかった。自分が捨てられるという境遇を神様に選ばれ産み落とされた事。時期だとかが違えばそうならない境遇だったかもしれないし、幸せだったかもしれない。もう少し、長い間ママのお腹にいてその境遇が変わるまで待ってたりだとか、そんな事が出来て生まれたなら良かった……

辛い事に嘘なんか吐かずにいれればいいのに、世界を素晴らしい世界に留めたまま死んでしまいたかった。マリーみたいに……。

「マリーみたいに、僕も」

僕はダイランお兄さんの顔を見上げて言った。

「そうだよ!マリーみたいにすればいいんだよ!」

「? 何がだ?」

僕は確信して辺りを見回した。

「ちょっと耳貸して!」

「何だ」

僕は耳打ちした。

「ビデオを渡されたんだ。マリーから届いたんだけど、誰がマリーが死んだ後に届けたのかは分からなくて」

「ビデオ?」

「マリーのメッセージビデオ。遺言みたいな奴」

「本当か?」

「うん。映画俳優のパパとママにも届けられたかもしれない」

「確かにそうらしいが……」

僕は辺りを充分見回してからまた言った。

「おばさんの所にも届いてるって絶対に思う。おじさんの所には分からないけど、届けたかも」

「メッセージビデオをか?」

「うん」

「お前、両親はマリーにはいないって言ったじゃねえか」

「叩かれたく無かったから……」

お兄さんは眉を潜めてから僕の体を見回して黒いセーターの腕を捲くったり、黒い半ズボンから出た膝を見たり白い長い靴下を捲ったりした。

「どこかで虐待されているのか?」

「違うよ。だって恐い人だから」

「そのマリーの親父が?」

「うん」

僕はもっと声を小さくした。

「この州の警察本部長なんだ」

「浮気相手の子供か?」

「ううん。離婚して母親に預けられたんだ」

「じゃあ会ったんだな?」

「おばさんには……」

お兄さんは僕の頭をがしがし撫でてくれた。

「よく言ってくれた。お前は良い子だ」

僕は始めて褒められて、嬉しくて笑っていた。

「いいか?この事は他の人間には言うな。お前なら分かってるよな?」

「うん。恐い思いしたくないから」

「そうだな。お前は頭が利口な子だ。お前の連れの所に戻ろう」

「うん」

 僕等はさっきの部屋に戻る為に歩いて行った。もうおばさんはどこかに隠れた筈だと僕は思った。

「あ。お姉さん!」

「あら?こんばんはリグくん」

フィスターお姉さんは笑顔になって廊下を歩いて来て、ダイランお兄さんは繋いでいた手がいきなりわっと汗だくになったから驚いて僕はお兄さんの顔を見上げると、まるで鬼の様な形相だったからひいっと思って顔をばっと反らした。

ああ分かった。このお姉さんの事がこのお兄さん好きなんだ。

フィスターお姉さんはにこにこして鬼の形相のダイランお兄さんの所まで来ると、僕の前にしゃがんで頭を撫でてくれた。僕は嬉しそうなお姉さんの笑顔がもっと可愛い顔になったから真っ赤になってうつむいた。

 エリーは僕の背後から真っ赤になった僕の背をどんっと肘でどついて、僕はエリーを見た。エリーは嫉妬して怒っていた。


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