カラー=ブラックパープル
カラー=ブラックパープル
俺は首を傾げ、棚からその本を引き抜いてみた。
こんな本あったかな……。
それを開きながらハイバックに沈みページを捲って行った。英語ではない書籍だったからだ。ブルガリア語か、ロシア語か、ウクライナ語、この3つのどこ言語かは不明だ。英語の本の揃う中。
「……」
目に浮くように馴染まないものの、深く刻まれた文字の羅列の中、俺は目を止めて見入った。
マリアの字だ。筆記体の初めの文字がとんでもなくでかくなり、そしてその続く文字がいつも小さく流れて行く。小さい頃からの癖だと彼女ははにかんだ事があった。
よく彼女は手紙が好きで、並べて書かれた文字を見ると、優雅に思えて清楚にも思えた。彼女の性格そのままで。会社ではパソコンが主流だし、設計図にしるされるのは筆記体では無いから、自分曰く読みにくいかもしれないから彼女は助かっているとも言ったが、俺は手紙で綴られる彼女の書体が好きだった。流れるようにではなく、書き占めて行くという小さな文字が。
彼女は今出ている。書斎机上のダンボールの山から覗くドアを見てから、俺はその文字を見下ろした。
パスワードと記されている。
俺はダンボールにまみれる彼女のノートパソコンを開き、操って行く。どれにヒットするかは分からない。
彼女のディスプレーの薔薇のアイコンをクリックした。
「MMメンバー?」
加盟していたのか。駄目元でパスワード『エレガンスペガサスドリーム』を打ち込んだ。
銀の会、緑の会、珍種の花会、茶会、ダイビングクラブ、カンザシコレクションの会、美容スキンケアクラブの中のエレガントコースで、ローズ・ダイヤモンド・ナチュラルオイル・ハーブエキス、マリンエキスの部門を選んでいる。骨董の会、リゾートデザイン研究、乗馬会、希少苗保存の会。
MM会員は会費が馬鹿にならない金額だと聞く。しかも彼女のランクは何も一般などのランクとは違う様だ。
ディスプレーは絵画で、黒の馬車が茶色の土を踏みしめ金の装飾のされる迫力有る黒馬が、白い服と金のかぶと、金の装飾を腰と下腕、首から下げた女が剣を掲げ、背後を見やり声を上げながらか走らせている灰色の空の下。
馬車の中は子羊が片手を窓枠に掛け、女と背中合わせに座っているのか、前方を顔をのぞかせ見ている。
嵐の渦巻く銀の雲の下、誰から逃げているのかは分からない。繊細でもあり、力強く迫力有る絵だった。
女の古めかしいギリシャ女の様な纏め上げられた髪は黒く、多少風に乱れている。眼光は美しい。
俺は銀の会を開いてみた。
瞬きが止まらなかった。周囲を確認し、画面を見下ろした。
そうか。彼女と会で交流する相手が権力を有していたわけだ。だから一設計士が会員になれる程羽振りも良かった。
俺はそれらの連なる名をメモに取って行った。きっと、何かをマリンから聞いていた筈だ。この銀の会という場所に加盟する中でも、MMと加えてサダンにも関わる人間も。プロジェクトに関わらないとしても、何か掴みたい。
本当に自殺は自分の望んだ物だったのだろうか。この会の中の誰かに余興として強要されたとか。だがどこも利益にならない筈だ。ここに連なる名も一切の無関係に他ならないのかもしれない。だが、MMメンバーに加盟している程だ。彼等が他の怪しい会員で無いとも言えない。やけに、大物が多い会だ。
妖しげな事は見て取れる会はこれも同様だった。
闇色の画面の中、左側に艶めかしい裸体の女が銀の足枷を付け、目元にシルバーのアイマスクを填めて前方を見据えている。
右側に筋肉の裸体の腰からエジプシャンな装飾の施された白の腰衣を付け、顔は銀のアヌビスが武装した頭部だ。
その中心にゴールドで会の名が記され、筆記体でその下にそれぞれへのリンク先が記されている。
中央の闇の中から、漆黒の艶を受ける巨大な馬が走って来ては迫ってきて、目が剥かれ口元がいななくまでに乱れ駈けて来てはブラックダイヤの滴に飛び散り消える。
気付くと女の目元は黒猫のマスクになっていてはホワイトブロンドのボリュームあるロングが、黒髪ストレートのパツンになっては赤のルージュに変わり、鞭を持ち微笑していた。
男は黒人になり、頭部が鷲になっていた。黒シルクの腰衣で、手には弓矢を下げて仁王立ちしていた。
文字もワインレッドに変わっていた。
再び、メンバーのリンク先をクリックした。どれも本名なのだ。マリンの名も本名だ。
「……これは」
ジェポン社長の名前?
寄ってきた眉間をさすって首を傾げながら画面を進めて行った。
加盟は、昨日だ。
もしかしてマリアの行動を探ろうと?それともあのどこか色っぽい妻もマリアと共にMM会員に加わっていて、それを探る為か?
他のリンク先を探ろうともう一度戻る。文字は紫に変わっていて、ブロンドパーマの女がピンクルージュの口元の顎を上げ、十字架に両手首と片足を繋がれては片方を微かに曲げていた。男は真っ黒の毛並みの悪魔の上半身と牛の様な悪魔顔になっていて、黒の腰衣から伸びる足だけ人間だ。鎖をその手に持ち、ぐるぐると振り回している。
どうみたって妖しい会だ。
女は天を仰ぎ見ていた顔を下げ、黒ビロードの目で微笑し、顎を引き喋った。
「見ているの?」と……。俺はぞっとしてキーボードから手が浮き、右下から波紋が広がった瞬間十字架の女は顎をしゃくり天にけたたましく笑って横の悪魔は鎖を振り上げた。
俺はすぐさま閉じる事が出来ずに目を見開いていた。全てにイカズチが落ち、何故こんなに激変し始めたのかが分からない。
何かを押したのか?一体何を……そう思う内に、闇に澄み渡った水滴が浸蝕した。左右に綺麗な姿勢で崩折れる2人の女。シンメトリーを取る様に体制は向き合っているが、顔は反らしあっている。目元のアイマスクは黄金で、手足にゴールドの鎖の鉄枷を填めていた。
一人はパーマ掛かるホワイトブロンドを纏め上げ、一人はグレーアッシュ色のストレートロングを上部で纏めエレガントに肩に流している。
彼女達はうつむき涙が透明に落ちた。
すると闇に消えていき、変わりに左が紫ボンテージ、右がブロンズボンテージの肉感的な女に変わり、紫が紫クリスタルのハートが先についたステッキで可愛らしい顔をしているが、目元に黒アゲハをはめている。もう一人はブロンズが手首に腰からの鎖にも繋がる手錠が嵌って目元は黒シルクの目隠しを填めている。
彼女達の中心に銀の毛並みと黒の斑点の豹が歩き、プラチナの書体になっていた。
「何の会なんだこれは……」
交流という文字がやはり変わらずにある。
ガタン
「いるの?」
「ああ。今行く」
俺は履歴を消してパソコンを閉じ、溜息を付いて立ち上がった。
サダン社長は何か知っているのだろうか。うちの社長が何か動き出したらしい事を。きっと、ジェポン社長はプロジェクトを潰すつもりなのだろう。MMは信用ならない。それかその銀の会に加わるべくして加わった?どうやら、この銀の会というのは様々な人間が交流の場を広げる為の場のようだ。
ドアから出て、廊下を歩いて行った。
「お義父さん」
サダン社長は口端を上げ微笑んでから身をくるんと振り向かせた。
「やあ会いたかったよ未来の息子!」
いつもの快活さでそう進むと俺の肩を二度叩いて次女が微笑んだ。
「ハアイ。夜遅くになってしまったわね。もうディナーは済んだらしいじゃない。あなたの伯母様が聞き違いで今日あなた達だけで済ませてくれなくても良かったのに」
ランチがディナーに変わったのは、伯母の都合だった。次女もMMに途中で帰られてディナーを返上したのだから。
「結婚式もそろそろだな。嬉しい限りだ。うちの娘もようやく落ち着いてくれてうれしいよ」
「パパ。あたしは元から準備には余念は無かったの。それを理想を追い求めていただけだけれど?」
「ああそうだな」
「姉さんは理想には生きないわ。計画的に生きるから」
「あなたには真似出来ない所ね」
「あたしの性分じゃ無いわ!」
そう言い微笑むと俺の腕に腕を回して耳打ちしてきた。
「今日、MMとランチを共にしたの。パパは上機嫌だわ」
「本当か?MMと?」
俺は目を一度回してから頷いた。確かにいつにも増して上機嫌だ。
サダン社長には言って置きたいが聞くような人では無い。ジェポン社長も様子を窺えと言っていた。
逃げ道は今のうちに何かしら自分で作っておかなければ。もしかしたら銀の会は社長自身の作っておいた逃げ道だろうか。MMと直接繋がりを持っておく事だけでもこの世界では違う。もしもいきなり社長が座を失脚させられグループの代表取締会役員の面子から外されたらきつい筈だ。だが、MMに助け舟?危険だ。
俺達はリムジンに乗り込むと進んで行った。
サダン社長の妻は黒髪を綺麗にコンパクトに纏め上げていて、華奢な柔らかい体つきの長身を白の緩いVのアンゴラセーター、黒でスリーットの綺麗に入るロングのスカートで足を組み、その膝に黄金のリングの嵌る揃えたレースショートグローブの手を乗せていた。小さな顔の黒赤のルージュを引き上げた。
「こんばんは。お義母さん」
「ええ」
やはりリーザリーは彼女に似ている。リーザリーのまだ残る若々しさと毅然とした風も、年齢と共に母同様のエレガントな落ち着きを見せるのだろうと予想された。
俺は次女の横に座り、彼女に囁いた。
「銀の会を聞いた事はある?」
「ああ。あの会?何故?あなたの自殺した彼女の事を探って?」
「何の会なんだ?」
「やめなさいよ。姉さんに訝しがられるわよ。結婚も近いのにいつまで引きずっているの?」
俺は彼女と朗らかに話し合うサダン社長を一度視線だけで見てから、もっと声を潜めた。
「ただ何の会かのかを知りたい」
「レズビアンやゲイ、性同一性障害者、ニューハーフ、マゾヒスト、サディスト、ホモセクション、バイセクション、フェチだとか、そういう類の人間の集まりの会よ」
「成る程。だからマリアも」
「そのようね。あたしは興味無いけれど」
リムジンはマリアの墓地へと向かって走る。
次女は前方をゆったり見て、俺は窓の外を見た。
暗黒の海岸だった。
極彩色、銅、青銅、純銀、純金、艶紫、プラチナム、漆黒、純白、透明……色のランクが最上に向かって昇っていく様に、まるで全てを色彩が世を管理しているように思えた。今の闇色の時間の中……。




