色彩の称号=信じられない美しさのモノクロの世界
色彩の称号=信じられない美しさのモノクロの世界
ダイランは車を進めさせ、虚無になりそうになった瞳を街並みの寂れた色彩に向けた。
後悔した。更に感覚が落ちた。
彼のおふくろは親父と息子を棄て男と逃げ、今の今までこの親父とリサの死んだ10年間、一度も現れた事など無かった。大好きだった親父、大切だった妹。全て、あの時は何をどうすればいいのか分からなかった。
リサは狂い苦しみ、母親はそれでも現れずに彼は認めたくなかった。
彼女が泣いているというのに。白の世界……
『お前の母さんを恨むな。お前の母さんを愛するんだ。お前はこの瞳に母親を宿してるんだぞ。母親を置いてるんだぞ。彼女は消えた。だが愛情があった。愛情しか無かった。だから、消えざるを得なかったんだ。恨んだら駄目だ。愛さなければ駄目なんだよ、ダイラン』
あの少年時代、ダイランは泣き激しく否定した。怒鳴って否定した。
『それなら何で来ないんだ!!何で俺に会いに来ないんだ!!なんでリサの所に来ないんだ!!何で親父を放っておいてるんだ!!!』
認めたくなかった。全て、……全てだ。
余りにも母のいない事が悲しく、母という基軸があの辛い時期はリサの為に欲したくて仕方が無かった。
親父が強くダイランの頭を抱え、激しく泣き否定するように首を振ったのをダイランは出て行った。
その翌日、親父は朝方、殺されていた
悔しくて仕方が無かった。余りにも悔しかった。何で俺の親父が殺されなければならなかったのかが分からずに、放心した。
『ダイラン。もしお前がこれ以上何かをする様なら、俺はお前をどうしたらいいんだ。お前はいつまでも無茶をする。2人の復讐を続ける。全く落ち着こうとしない』
『ジジイは悔しくねえのかよ、親父が殺されて悔しくねえのかよ』
そう怒鳴ったのは数ヶ月前の事だった。2人の死んだ中央の命日だった。ただ、2人が何者かに、何かの事に奪われた事が悔しくて言葉が止まらなかったのを覚えている。
『あの人は俺の父親だった、それを理不尽に殺されて、そうだよな、ジジイには分からないよな!本当の家族じゃねえんだから!!』
ジョスは目を見開いてダイランを見て、ダイランは自分が言ってしまった酷い事を、取り返しが付けられなくて泣く事しか出来なかった。ジョスだけが家族で居続けてくれた事など分かっていたからだ。この10年間をずっとだ。
ただ言える事、それは、既に彼等を失ってしまった後からはじまったのだと言う事。
心を分かってやれるなんて思わない。それでも、これらの5つの自殺に向き合う事。生に恵まれなかっただとか、幸が消えて行っただとか、正常に進める事を途中で止めた事。
彼は片手で冷たい顔をきつく擦ってからハンドルに手を置き、颯爽と降り立った。
目を鋭く風を切り歩き進んだ。
彼は大声が響き渡る通路を進んだ。怒鳴り声はここまで漏れている。填めたティアードロップを外し進み、秘書は背後の彼を両眉を上げはにかんだ。
ダイランは眉を上げおどけた。
まさか、自分も怒鳴り散らしている時周りの者はいるもこういう気分なのだろうかとも思った。実際は今怒鳴られている声よりも凄まじかったと彼自身は知らない。
「一体どうするんだ!!あいつがいなければ主演をまさか変えるって言うのか?!なんでマネージャーのくせに見張ってなかった!!」
「喧嘩したんですよあの野郎には我慢ならなかった。勝手に死にに行って迷惑ですよ」
事務所のドアが叩かれ、切り立つ神経の雰囲気の中を秘書が声を掛けた。
「警察の方がお見えになっています」
「警察?追い出せ」
その事務所に青年が入ってくると社長はきつい視線を彼に上げ、ギクリとした。体を強張らせ青ざめてダイランを見るが、これはダイランが50歳以上の人間から見られるときによくある現象だった。理由は分からないから彼は放っておいて言った。
「LRE署から警部、ダイラン=G=ガルドという者だが、あんたがレダンエンターテイメントのモブール社長?今何かの会議中で?」
「い、いや……」
そうデスクについていた手を社長は身を返し、レザーシートに背を落ち着かせた。
「あんたの所の俳優に着いてだが」
「断る。話す事は無い。忙しいんだ出て行ってくれ」
「そういうわけには行かないんですよ社長」
そうデスクに手をついて強い目で言った。
彼はふと視線を上げ、顔を上げてそのモノクロ写真を見た。
若く美しい17程の女性で、豊かなウェーブ掛かる長い髪にそのミステリアスで引き締まった、太陽の様な顔と、白い手腕を囲わせては顎を乗せた組まれた指先は上品だ。
その目元は鋭い印象だという物を、巨大で長い睫が伏せ気味の大きな瞼を彩っている。
ふっくらした唇を多少すぼめさせては整った鼻梁と、顔全体はそこはかとなく美麗で芳しい。柔らかい頬、頼りなさは感じられないが女性らしい手腕、上目で睨み据えてくる美しい目はモノクロでも尚且つ透き通っている。クリスタルの様にだ。艶めき波打つ髪は純金を伸べたかの様だ。
唇は黒のルージュを引いているのか、鋭い印象もあり、そして全てが優雅だ。
上質のドレスは、其々の色彩は不明だったが濃淡が読み取れる。
胴体の部分のみを隠す上部は、光を白く受ける黒の細長い石材と白シルクタフタを丹念にストライプされ、その上部を黒金属台の、きっとサファイアの石でずらっと飾られているのが、腕の背後から覗く胴横から背中まで見える。
腰に幅の広い黒シルクのリボン。スカートの部分はもしかしらたグレーライトブルーだろう、細かいプリーツの薄い絹が何枚も重ねられているようで、両膝を曲げその膝かしらに肘を乗せていた。
美しく麗しい女だ。
彼は見惚れていて、我の強そうな真っ直ぐな瞳は手に触れられない崇高さが漂う。夜の気品醸す蝶の様だった。
「綺麗な女だ」
そう見上げながら言い、彼は何かに気づくと口を開け茫然とし、眉を潜めた。
「あ。あんの、ババア」
それは若かりし頃の美しきリカー=M=レガント、あの女じゃじゃ馬地主だった。
「畜生……、かなり綺麗じゃねえか一丁前に、生意気な!」
そう毒づいて目を伏せ眺め見た。
社長は肩をすくめた。銀幕の女優時代のリカーは実に美しい。艶の声、艶の美貌、艶の様な台詞、奔放で実に美麗だった。
今でも美人な事に変りは無いのだが。モデル並みの長身とグラマラスなプロポーションだったが、その肉体は現在研ぎ澄まされら様にスレンダーであり、年齢を窺わせない鋭さだ。肌も卵のままだった。
憮然とし、彼は写真から視線を反らすと社長を見てからソファーに腰を降ろした。
「あんたレガントの人間か。確か警官で一人いたな。あんたも変わってるぜ。貴族のくせして警官なんかになるなんてな」
自殺した男優のマネージャーがそう、一見冷静で冷淡そうな彼の顔を見ながら、いぶかしんで言った。
「俺はガルドだが」
レガントの人間は奇しくも大体の人間の顔が似通っている。彼自身もあがらえなくも。血が濃いという事だ。それも仕様が無い。レガントの人間はその殆どが身内同士から生まれている。彼自身もそうやって腹の中から出て来ているのだから。
「そうだよな。驚いたぜ」
レガントの御曹司様は現在この件からは身を引いていた。彼とフィスターのみが上司には内密に捜査を進めていた。
「あんたは映像の協力をしていたのか?MMと」
そう肩越しに社長に言う。
「冗談でしょう!!」
そう怒鳴り立ち上がった。カルシウムが足りないんじゃ無いかと思い、溜息を吐き出し立ち上がると社長の前まで来た。
マネージャーは肩をすくめ言った。
「何かある毎にこうやって怒鳴るんだ社長は。悪いな」
彼は肩をすくめ、マネージャーから社長の顔を見た。
「私はMMとは関わりは無い!!うちの者を取られて逆に大きな損害を受けているんだぞ!!MMに損害賠償を起こしたっていい!!」
「じゃあ映像に関わるプロのあんたに聞きたいが、かなりの高性能で映像は撮られている。それらはどうやって可能だ?」
「それは……我々もいろいろ試しては見た所だったんだ」
「へえ」
「CGを使わないああいった類の映像は特殊な機械が必要で、映像能力だけでは賄い撮れない。何らかの開発された大掛かりな物が関わって来るが、モノクロにこだわる我々には全くの別世界だ。MMならば確かに可能だろうが、うちみたいな銀幕専属の映画会社でなくとも情報は限られて来る筈だ。最新鋭の映画会社に当たってくれ」
「詳しい機関に知り合いはいないのか?」
「そうだな」
社長は何かをめくると眉を潜め、細い眼鏡を引き上げると紙に書き写した。
「だが、私の名は出さないでもらいたい。捜査は打ち切られた物を勝手に動いている君の状況を上に言われたくは無いんじゃないのか?」
「よく分かってるな」
それを受け取ると仕舞った。
「あくまでMMと関わる機関を知らないという事に間違いは無いんだな」
「間違い無い」
短く礼を言い出て行こうとしたが、一度身を返し、振り返った。
「その写真、もらっていいか?」
「え?」
社長は自分の頭上を振り向き見上げた。
歴代のこの社の銀幕俳優達のモノクロ写真が掲げられているのだ。もちろん、今回死亡した男優の美しい物も。
社長は渋々リカーの物を下ろすと彼に渡した。まだ他にも写真は多くあるからだ。
彼は通路に出て脇腹に抱え、口笛を吹き歩いて行った。何故だか、何だか嬉しかった。




