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 ホテルの部屋に戻るとダイランにウィスキーのグラスを小さく微笑み渡した。

ソファーに座る彼は軽く受け答え受け取るとガラスのテーブルに置いた。

ファスターは前のソファーに腰を降ろした。

「実はその女性の事なのですが『魔女』と呼ばれているようで」

「……。魔女?」

「はい」

フィスターは頷きながら、テーブル上広がる書類を見回すとコンピュータの中の情報をピックアップした。

今FBI捜査官がその姉についての調べを送って来ているのだ。

「彼女はサディスティックさが凄まじい様で、特に王族、最上流貴族以下に対する扱いは悪魔的なようで」

「何?最低な女だな」

「おそらくは、老夫婦に至っても」

「あの女が招待主だとして、わざと5本の指に漸く入る老職人を招待して無理な要求をして自殺に追い込んだって言うのか?弟の友人とも知った上で、弟も共謀していたもしくは弟や他貴族共、職人達に何がしかをしらしめる為に」

「そうとも言えると思うんです。姉からしたら低いレベルの職人と付き合う弟との仲を引き裂く為」

「交流の上で何らかのトラブルがあったかもしれないと知った上でそう仕向けたと取った方が自然だ。あの家主は老夫婦に対して口で言うほどの友情は感じてはいなかった。弟も姉もあの宝石職人には始めからそこまで興味もなければ、本来友人でも無かったかもしれない」

ダイランは遺書のコピーを掲げて言った。

「自分の別荘で自殺されたも同然で、老夫婦があの場を選んだのは確固としたあの家主か姉への関連性を示すためだ。もしも2人がマークの主催者で無いとしてもその裏に隠れる人物に関しては、老夫婦も何らかの畏怖、または別の感情を持った上での事だ。その人物を知られない為でもあって、あの家主と派手な姉をそのスケープゴートにしてでも自分が受けた屈辱をどうにか知らせて趣味悪い宴を警察組織に告発する為にな。その老夫婦の考えを踏むなら、姉貴は確実に怪しい」

それを戻すとフィスターからパソコンを受け取った。

あのボンボンコーサーに連絡を取る為だ。捜査の時はコーサーは24時間起きている。自分の調査の邪魔をされる事は嫌う為にメールを送る。

「コーサーなら知っている筈だ。その噂に関して俺達よりはな。よく社交にも出席する」

ほどなく、返信が来た。テーブルに置き、フィスターも共に見下ろす。

 『彼女が魔女と呼ばれている事に関しては、崇拝的に熱狂的な女達から呼ばれている名称だ。影響力は確かに巨大だが、所詮女共のネットワーク上での事に過ぎない。旦那と婚姻を結んだ後に彼の有する伝で更なる力を得た。

 旦那は大富豪連盟元理事長だった時代からの支持が大きい。今現在は副理事として籍を置くが、元から王族にも友人が多い事で有名だ』

 『宴を張ることになるが、逃げられる可能性は高いのか』

 『無謀だ。俺が参加すれば多少は不振がられないだろう。どんな手を尽くそうが警察の人間と分かれば通常の宴以外には潜入不可能と見ていい。接触した後での作戦に寄る。宴の内容は事件下では本人自体との対峙と聞き込みに掛かる』

 『妖しい宴に出席した事は?』

 『彼女が派手に当たり構わず放蕩を始めたのは10年前の18からだ。俺はその時期は既に刑事だった』

 『現在の理事長は。なんでそんなに力有した有名な野郎が副理事で満足した』

 『今は選定中で不在だ。2年前の事件を知らない様だな。彼も満足しているわけじゃ無い。妻の兄が発砲事件で殺された事で、死亡した面子が政界のドンを含む15名だった。内6名が連盟人。 2人だけが現場で生き残った。集まりの内容は連盟財政案の定例会だ。ビルを出てリムジンに乗り込む前に発砲された。

 犯人は今だ捕まっていない。確固とした目的も掴めない事で、様々な憶測がなされたが結果的に連盟の連中は生き残った2人、理事長、もしくは夫人が仕組んだ事件だったんじゃないかと見た。この問題発覚の為に理事会は彼の失脚を恐れた。その事で副理事にどうにか留めたわけだ。

 夫人はパリの政界人だった兄の死亡で連盟へのスポンサーが大きく一つ落ちた事を嘆いていたし、彼女は大いに兄に懐いては甘えていた面があった。あの歯止めの利かない女も兄の言う事だけは聞いていた風があったからな。だから、彼等夫婦が襲撃を計画する理由すら一つも無いんだ。

 連盟が居合わせただけにしては、政界の面子が定まらな過ぎた。財政案を組みなおす為にも連盟はその時代、全ての政治家と手を組んでいたからだ。あの事件があってからは変わったんだが』

 『お前なら何を目的で狙う』

 『そうだな。連盟の人間の性質は始めからよくは分かっていない。公務員の俺からは下手には関わりあいたくは無い分、今一手も出す気にもなれない場だ。善い点としては彼らが歴代から取り組む自然保護慈善事業に関してはいいが、メンバーの性質が謎過ぎる。だからその不明な連盟人の入れ替えぐらいかな。何しろ不透明だ。

 奴等の全体的な活動目的が今一謎に包まれていて、大きく分けるとチャリティー分野と企業助成の受兼与分野、王家、国家、政治家達との親善分野、多くの事業連盟毎の総括分野に分かれている。大富豪連盟のメンバーは全員他の連盟の理事長が集まって形成されているからな。

 新事業を立ち上げる場合、連盟に一声掛けるだけで全ては万事整う巨大な力だ。

 事実、連盟の理事長陣にはレガントの前地主が襲名していた時期がある。前地主は世界中で森林保護と動物繁殖・放流を行っていた自然保護団体のNGO会長の一面も持っていたんだが、そのスポンサー陣にも大富豪連盟の名が加わっていた。現在もばあさんがその面で猛獣園として一部公開しアヴァンゾン・ラーティカで猛獣繁殖をして各国に自然放野していることはお前も周知のことと思うが。

 NGOへのスポンサーは自分たちに連盟からサポートされた感謝や自発的な自然保護の気持ちからが多く、どちらも与え与えられる存在だ。

 その為大きな力を与えてくれる連盟を崩そうと思う富豪などはいない。不正を行ったとしても我々には何の損害も来ないからだ。だが、そうやって彼等だけが大きく良い思いをしようなんて、蹴落として泡吹かせたくなって見るというものだろう?その程度だ』

 『政治家に手を出すなら』

 『ドンが揃っていた分、連盟に手を貸すスポンサー達を敵視しただけでは済まされないだろうな。其々がその時代、何がしかの問題を抱えていたもの事実だ。それが集まって居たとなれば好都合というわけだろう』

 『組織的だな』

 『事件は闇に閉ざされている事だ。政界と連盟に喧嘩を売ろうなどという輩は、組織の存亡に繋がるんじゃないのか?それ程連盟は力を有していたからな。

 今回の自殺映像の件とは関係は一切無い。調べても無駄だろう』

 『だが、その犯人像は聴けるだろう。居合わせた2人がいるんだ』

 『欲張るな。FBIも彼等が富豪という事で連盟が保護に回り、執拗な取り調べも掻い潜った。今は昔の事件よりも今現在の裏に隠れるホシだろう』

 『用意しておけ』

 『ああ。お前達の方はどうだ。老夫婦の因果関係は見当たらないんだろう。

 こちらは国内は諦め今海外を当たり始めた。ああいった色彩を使用するのは南部が多いからな。洗礼された風もあったからリゾート地の可能性もある。サブの2人が明日には帰るそうだ。会場に向うまでに何か判明したら送る』

 『自殺した夫婦と怪しい夫婦と石油会社社長夫婦がマークの会員だという可能性が高いが、どうしても映像の分野は掠めない一方だ。今回サーベルコレクションの分野が判明した。

 映像、茶、剣。全く内容や顧客が異なる。予想以上にマークの分野は幅広いと見ていい。

 しかも、本気で世間一般にはお目見えし無い様な、アングラな面と反した高級志向の面。どちらも悪趣味で括ってる。そんな一面がありながら世間一般でしか知らない様な平凡な会もある。それを本当に主催者を定められると思うか?二面性以上を持ち合わせている。

 姉の人格も旦那の人格も噂で聞く分、多面性を有してる』

 『宴で探りを入れ次第になるな』

 『ハノスの野郎は呼べないのか?あの野郎は一番読心に長けてるんだぜ』

 『部長は署を留守に出来ない身分だ』

 『FBI捜査官のピザ・フィレオ・タバスコピッピーとかいう名前の捜査官について調べてく』

そこでフィスターは首を振り手を伸ばしてダイランの大きな手を退けた。

 『FBI捜査官ミザ・レティッオ・ラヴァスレッイリ氏について調べてく』

名称の部分を正しくしてからフィスターは引いた。

瞬きして「レティ……なんだって?」と、ダイランは項を掻いてから、調べを進めて欲しいという内容を打ち込んだ。ダイランはまだFBI捜査官とは面通しを済ませていない。

そして通信を終わらせた。

 ダイランは画面から顔を上げ、フィスターは相槌を打ってから背を伸ばした。

「怪しいですね」

彼女は難しい顔をしながらそう言い、ダイランは頷いた。

「連盟と政治家が狙われて理事長が生き残って、しかも今回の世界的な職人の自殺にその時の人物が関わっているなんて、その真犯人は完全にこの夫婦を恐怖に陥らせたいかの様。それか、脅威させ弱みを握り動かし易くする為」

「次に理事長になる人間の顔が楽しみだな」

「おおよそは決定していると思います」

フィスターは、自分のカップをテーブルに置くと肩をすくめさせた。

「連盟メンバーはあたし達の間でも話題になっている事なんです。それか、既に連盟では内定が決まっているとも思われています」

「トアルノ間でって事か?」

彼女は多少はにかみ、その先を続けた。

「連盟は長老会と壮年会と若年会で大きく分かれていて、俗に言う大富豪連盟というのは壮年会と若年会をあわせたものなんです。父が長老会の一員と友人でした。その友人は今この世にはいないのですが、彼の存在であたしも連盟については多少の知識があったもので」

「お前等友人間で噂になる位だから若年会から配役されそうだと思うんだろう」

「それが、連盟のメンバーは大して知られてはいません。その時代とはもう随分面子も変わったのでしょうし」

 ダイランは彼女がテーブルの資料に視線を走らせながら俯く髪を見た。

「お前の親父さんは老夫婦とは友人だったり関わりは無かったのか?」

「ええ。生憎……」

フィスターは視線を落としてテーブルの端に置かれた書籍を手にとって、ビロードの表紙を撫でた。

「やっぱり許せません……彼は心を込めてこれらの装飾品達を作り続けて来た。60年間もずっと。その報いがあの事件だなんて、あんまりだわ……」

 素晴らしい装飾品はどれも繊細で美しく、大胆でもあり伝統的でもある。重厚な輝きに職人の感性が光る。

「剣のデザイン装飾を依頼されでもしたんだろう。わざわざ装飾品コレクションでなく剣のコレクション時に多くの職人を募らせたのはその為の筈だ。被害者は純粋な職人気質だ。女を美しく見せその宴の華にする為に装飾品を扱って来続けた人間に、同じ人間を目の前で惨殺する光景を見せられて依頼なんかされても、絶対に頑として作りたがらないってもんだ。自分の創作したその剣が、殺人の余興に使われて血にまみれさせた美を女が見たがって止まなかったなら特にな。そんな事は辞めろと叱り付ける筈だ」

彼は信号を受信したページを開いた。簡易的なノートパソコンでは介入出来ないFBI捜査官の情報がコーサーから送り込まれた。

 Mica・Letio・Ravazreilyというらしい。今までの賞はこれといった物は受けていない。

半年前にまだFBI捜査官になったばかりだ。前の経歴は乗っていない。顔写真。25、6程の男だ。黒髪で人種不明の顔立ちをしている西洋系もしくは洗礼されたラテン系。目元は反射する眼鏡で見えない。

男は今一出方が不明だった。どう使えるのかも不明だが、情報量だけは多そうなイメージは持っていた。

 パソコンを見下ろすと内容を見てから閉じた。彼はグラスに一度口を付けてからテーブルに置き、ソファーを立ってシャワーを浴びに行った。

フィスターは書類を纏めてから新たな報告書を製作し始める。

実際、自殺に導いたのでは無いかという疑いでは何の罪にも成り得はしない事だ。自殺を見送り、ネット上に流した事に関しての犯罪は、それらの悪質映像流出違反で罰金が取られるのみ。場合によれば親族から起訴され、慰謝料を請求される。

だから、確固とした犯罪には結びつかないのが現状だ。

 彼女は、3つの映像を再び検討する。

この映像が、何を明らかにしているのかというと、完全な自殺であるという事だ。殺人めいた部分が一切無い事を完全に提示してきている事だった。

犯人は殺人を犯さずして、レンズから死を見つめているという点。その前工程に何か起こした筈だ。

犯人像は冷徹一貫。死への興味というよりも、死への屈折した概念がある。もしかしたら重度の自殺未遂癖があるのかもしれない。

それを思うと、噂の姉はしっくり来ない。彼女はあくまでそれらを提供され愉しむ側なのではないだろうか。彼女は受容型の女性。

その姉の友人リストはやはり一般人には探れなかった。

 次に彼女はマークを見た。テーブルの上に置き、見下ろす。

彼はコーヒーのドロップする時の形だと言っていたけれど、首を傾げる。ティーのTとドリップのDとSはスリランカの豆と……と、続けていた。

全くそんな風には思えない。彼女の友人達も、マークを知らないと言った。

富豪のコーサーが知らないマークというのは信じ難い。確かにあの家主も知らなかったとは口では言ったが、みんな、口だけでは「知らない」存ぜんを取り繕っているのでは無いだろうか。

 名前と正体を明かさないメンバー、貴族王侯達の宴は男性的だ。

公な一般庶民のお茶会は女性的な物。

ネットで購入するカウントカルチャーな自殺映像。

 あの家主、または姉の旦那がマークの男性的な面、家主の姉がマークの多少不真面目な女性的な面を担って?

快楽主義者な姉は確実な享楽者だ。伝の巨大さ。富豪達の頂点に立つ大富豪連盟を操れる旦那。

でも、悪魔的な低俗嫌いの女性がそんな一般に溶け込む事は意地でもしないだろう。でも、本当は打ち解けたい心理で正体を秘密に?

長老会の友人がまだ生きていればよかったのだが。少しは聞けたのに。

「3人には関連性が無い……。どこかのサークルで共に会った事でもあればいいのに」

第一、2人の自殺者の身元が不明なままだ。あの少女や女性にも家主が親交有りとは思えない。

 自殺者の映像を流しただけの利益と快楽目的だけなのだろうか。本当に。それならば、映像を美しく此処まで静寂に仕立て上げようとするかしら。

そうというのならば、犯人はここまで客観的には撮らない筈だ。

『思い入れ』

不思議と、それを感じる。

哀しむ少女の身を包むピンクの優しい世界。

女性の心に浸蝕する清々しい青。

彼等の優しさを現した鮮やかな黄緑。

「これは犯人の、自殺者への優しさ……?」

まさか。そんな事あるわけは無いわ。死を金に変えているだけですもの。

どんどん爆走して行きそうになった為に彼女はソファーを立ってメイクを落とそうとドアを開けた。彼はふと肩越しに背後を振り向いた。

「………」

「………」

バタンッ

フィスターは顔を真っ赤っ赤にして部屋のドアからも出て走り、ラウンジに駆け下りて絨毯でずっこけた。

「きゃあ!」

「マドモアゼル?」

「あ、だ、大丈夫です、」

コンシェルジェが来て彼女を引き起こし、フィスターは真っ赤な頬を抑えて温かいミルクは無いかと聞いた。「少々お待ちを」と言い、フィスターは微笑んでからラウンジのソファーに腰掛けた。

ミルクを飲んでほっと息を付き、それをテーブルに置いた。部屋には戻る勇気がもてなかった。

ピアノが軽やかに鳴り響き、他にも小さな庭園のセットの中から、月光が池に反射する夜を見つめながら、流れるような美しいピアノの演奏を聞いている人達が多い。

フィスターはソファーの背にこめかみを持たれて、透明なガラス窓の向こうから、床に流れ込む風、伸びる青白い光りを見つめていた。

まだドキドキしつづけていた。両手でミルクを持っては温かさにうとうとし始め、そのまま彼女は10時の眠りについた。

コンシェルジェはピアノの演奏に眠ってしまったゲストの肩を軽く叩き声を掛けたが、彼女はぐっすり眠ってしまっていた。毛布をそっと掛けてあげた。

 ダイランは真っ赤な顔を覗かせ、彼女が尻尾巻いて逃げていた。テーブルの上の書類は調えられ、ノートパソコンは閉じられてペンがその上に揃え置かれている。グラスはそのままだった。

溜息を漏らしてレセプションに電話をすると、どうやらラウンジで眠ってしまったらしい。一度詫びてから下へ向った。

 彼女は一人掛に子羊の様に膝を折り曲げ眠っていた。

「悪かったな」

そう言い、彼女を抱き上げて2階へ戻った。彼女をしっかり横たえさせるとシーツを掛けて髪を整えさせた。

 ダイランは横の部屋のソファーに座り、パソコンを開き、マークを取り込んだ画像を見下ろした。

白地に白のマークだ。

円盤の上下にレーダーのような物が放射されているマークだ。

それを、T,D,S,Nが上下左右を囲っている。

線で出来上がった簡素なマークで、貴族特有の紋章で見られる要素は無い。百合の紋章や剣、蛇、盾、獅子、ドラゴンなどが使われる優雅な紋章では無いのだ。

たんなる楕円、直線、上下に白塗り三角とローマ字で出来上がっただけのマーク。

逆にそれは、人間的では無い様に思えた。紋章は限りなく人間社会的だ。そうというよりは、無機質的、……宇宙的?

森羅万象を司る様な。

この三角な何を示しているんだ。4つで形成されるこのローマ字は何の頭文字なんだ?何語なんだ?最後のNは何を表した物と言おうと?アフタ、ニューン……なんてな。

……。馬鹿か俺は。

「………」

 ダイランは肩越しに好きな女のいる方向を見てから、向き直った。今回出張が多くて経費が下とせなかったという名目で一部屋。しかも捜査を隠し夫婦という名目だからベッドは一つ。

しかもパリ。ダイランが自分の銀行から下ろして無理したから少しいいホテル。二人きり。最高だ。ダイランは大喜びしてドアから顔を覗かせた。

だが、自分の事を思い出し気落ちして引き返した。この3年は精神的な物から来る不能だ。女と関係を持つ事への限りない恐れ。優しく抱き寄せ愛する事への恐怖。笑う顔筋肉も麻痺していた。

良い部屋用意して釣りたいわけでも無かったが、なんだか自分が哀れになりバーボンを煽ってさっさとソファーに転がり眠りに就いた。

 フィスターは寝苦しさに起き上がると、ネクタイを解いた。顔はファンデーションとグロスが引かれたままだ。

ドアを開け、ちらりとソファーを見ると、長い足が2本うつ伏せでアームに掛けられているのが見える。

そこまで行き、彼はクッションに頬を乗せ眠っていた。睫が短くくるんとしていて可愛い。

彼女は寝室に戻り、毛布を持って来て恐る恐る掛けてあげた。しなやかで綺麗な体の線をしていた。脚がまっすぐ長くて、広い背と肩はすらりとしてしっかりした腕は長かった。完全なる野性的美しい肉体だった。

その身で全てを受けて来た、苦も辛さや人生もだ。研ぎ澄まされた感覚で生きて来たという、そんな、芸術品のような。

 シャワールームのドアに駆け込むと、鏡をそろそろと見てからメイクを落とした。シャワーを浴び、なんだかキラキラ光ってて金粉の練り込まれた黄色く透明の石鹸を見つめた。ダイランのコラーゲンロイヤルゼリーモイスチャー石鹸だ。

シャンプーで綺麗なボブを洗い、トリートメントを済ませてからその石鹸で泡を立てて洗ったら3分の1の大きさになってしまったがまあホテルの物だからいいだろう。

ユニットに湯を張り終えたのでつかる。滑らかな真っ白な肌に湯をかける。その縁にエッセンシャルオイルを見つけた。草原のハーブエッセンスだ。フィスターはこのホテルは用意がいいわねと微笑み、それをぶんぶん振ったらユニットの中に入ってしまった。慌ててそれを取り出した時には、全て溶け込んでしまっていた。ダイランのものだった。

彼女はエッセンスの充分溶け込んだ湯を半分流し、再び湯を張ってからユニットに浸かった。うとうとし始めた為に上がり、体を拭いてからドライヤーで乾かすと髪をとかし、ドアを開けてからリビングに来た。

 彼がソファーから落ちていたから驚いて肩を叩き起こした。

「警部。ベッドをお使いください。あたしがソファーに寝ます」

寝ぼけたダイランは起き上がって頷きながら歩いて行った。その背を見つめていたら、彼は振り返ってフィスターの手を引きベッドに入ってうつぶせになって眠りに落ちて行った。

フィスターは心臓が飛び跳ねながら天井を見つめていて、全く目を閉じる事が出来なかった。顔をあちらに向け眠るダイランも見れなかった。


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