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<NO,2> Color=9

NO,2 Color=9


相当綺麗な屋敷だ。

白い石の塀は続き、白い柱の門は大きい。優雅な黒アイアンに黄金の装飾が大きくなされている。

その門の中に広がる彫刻の施される白の優美な屋敷。

若い緑の芝生は整理し尽くされ広い。その屋敷までの道、前庭の他に、屋敷の横には更に美しくガーデニングされた広く優雅な庭が見える。

門を潜り、私道を進んでいく。

 どうやらアメリカ人嫌いらしいそのフランス人は、何故イングランドで起きた事件にあなた方が関係するのかと、冷たく言い放っては無下に扉を閉めさせた。

強く言って聞かせると、こうも乱暴だから嫌になる。私達の静かな生活を乱さないで頂きたね。そう言い、今度は自らが扉を閉め、気配が遠ざかって行った。

ブルジョア野郎が気取りやがって……と思いながらもねばる。とは言え、ブルジョア枠の築ける屋敷では無いとも思った。

「そうも煙たがるのは紳士的じゃねえんじゃねえのか?少しは協力位するってのがくたばった友人への」

「どうやら、自殺の線が有力らしいじゃないですか。我々だって、昨日の今日で混乱しているんだ。何故少しの間をそっとしておいてはくれない。妻も今傷心しているんだ。どうかお引取り願いたい。では」

まるでそれは人事だった。

何か隠しているからだろう。

 閉めようとする扉の間に肩を入れて家主の腕を掴み、その目を見下ろした。家主はぶしつけな青年をきつく睨み返して来る。

たまりかねたフィスターが止めに入り、家主はブレザーを正し2人を冷たい目で見た。

無言のまま落ち着いた調度品のエントランスホールの中へ引き返した。その男の息子なのか、甥っ子だろうか。白と乳白グレーの太柱の後ろから、ダイランを鬼でも見るような顔で見ては、舌を出して奥へと走って行った。

白、乳白大理石の磨き込まれた空間は、黒の差し色がなされ、銀のシャンデリアが明るく広いホールだ。

フィスターは見回し、笑顔になった。

「こら。はしたないぞ」

そう走って行った少年に言った男の口調には、もう2人の存在などまるで無いかの様で、普段の物だろう。穏やかな声音になっていた。

「この時間はシエスタの時間ですよね」

「おいジェーン。捜査は暇か。イタリアに飛んで行ってしまえ」

「えっと、アフタニューンティー……」

ニューン、と、ダイランは目を白黒させてオウム返しし、家主は冷たい横目で妙なカップルを振り返った。

「君は何が言いたいんだ」

「あたし、実はパリははじめてで本場の物に憧れていました。あの……お茶のお時間という物を……不思議の国のアリスだとか、あたし」

「それも英国の話では無かったかな」

「ああ、そうだったわ!お恥ずかしい、ジャムとビスケットの紅茶でしたわね」

「ロシアだ」

「………」

「キャフェは嫌いな様だね」

「貴方を愛しています」

ダイランは茫然とし、フィスターの背後でエントランスの柱にがっくりうな垂れた。

「Je t'aime」と面と向って言われた主を呪いたかった。

「コーヒーをだよな。ジェーン」

彼女はフレンチがガタガタで、下手だ。

「?はい」

「ジェーン。ジュテームって言うんだ」

「あ、はい。ジュテーム」

「………」

ダイランは瞬きし、珍しく項が真っ赤になっては淡い黄緑の彼女の瞳に俯いて口をつぐんだ。 本当はジュテームと自分にも言ってもらいたかった。

場違いな事を言って来たアメリカ女に、しばらく振り向いた家主は感情をうかがわせない様子で彼女を見つめてから、淡々と招き入れた。

彼女の雰囲気には男をそっと引き込んでくる何かがある。

 屋敷内のサロンドカフェの部屋を通りテラスに出ると、あの噴水のある優雅な庭園に出た。

白の大理石を芝生や木々の黄緑が引き立てる。屋敷はどこも優雅で、ダイモンは溶けてしまいそうだった。

紅茶などには独学でかなり詳しいというフィスターは、少しでもあのコーヒーや紅茶の会についての探りを入れたかった。

 どこまでも穏やかな風を装う事には長けた彼女は、横暴なダイランとは反し良心的で優しい女性である。新米でもある分、そういう主義に拍車を掛けた性格だ。

殺人事件では無い分まだ焦りという焦りはコーサーには見受けられないものの、少なからずの苛立ちを持っている事は分かっている。ライトアップによる色彩の線で調べ様にも、建物の形状自体も例のピンクの建物は引っかからない。それを今のこの時、何を聞き逃せというのか。

 ダイランの煙草の本数の増える中、完全に季節を終えたローズガーデンを背後に穏やかとは到底言い難い時間が続いていた。

フィスターの為にわざわざ最高級品の紅茶を出させ、完璧な英国風のティータイムだ。

家主の皮肉ったその演出にもフィスターは穏やかにかわしていた。

 相当敵対する風を家主は解かない。先ほどの男の子はフィスターを気に入ったらしく、あまり上手とも言えないフレンチに耳を傾けてニコニコしていた。

子供には大人の緊迫した雰囲気は伝わってはおらず、その事に家主は妙に安心している。

家主の姉夫婦の息子だという事を自らが説明し、フィスターの横で甘いミルクを飲んでは、スコーンに薔薇ジャムをつけ食べていた。

だが、フィスターに甥が懐いている風を家主は快く思ってはいないらしい。それをダイランに視線で示してきた。

当のダイランは話にこそ耳を傾けてはいるが、暇そうにもてなされた茶にも手を付けず庭園を歩いていた。

 薫り高く高級そうな紅茶葉の香り。

それに見合った甘すぎない菓子。

ゆったり流れる音楽。

糞高そうな銀の器の数々。

この日差し、シュチエーション、この庭園、この屋敷、この時間全て……ぶっ壊したくなって来る……。

こういったティータイムだとかの無駄な時間自体理解に苦しんだ。シガールームで株情勢を話し合うならまだしも、朗らかに庭園で優雅に話し合う事や、どうとか、大っ嫌いだった。捜査でなければ逃げ出したい。

だが、フィスターはそういう場所作りには大喜びで目を和ませた。言葉を慎重に選ぶ家主の仕草一つ一つにも目を光らせる。

 茶会。わざわざ豆の種類やチャだとかの種類にいちいちこだわり、健康に及ぶ癒しのスピリチュアル的なリラクゼーションの分野に至るまで、どうやらふんだんに学ぶ。

さじ一種類で済ませればいいだろうという食器にも、テーブル上に5種類は微妙にタイプの異なる物が揃っていた。

持ち島へ行き、気球に乗ってのティータイムやら、最高のサローンでの気楽な一時、昼のまどろみの時間、そういった中には会員に高価な食器などを詐欺同然で買わせる輩も多く、自己満足や見栄を張ってしまうあさましい女の醜い部分を容易に掴む。

あのマークの茶会の場合、そういった面は無い。

 さりげなく立派な骨董の食器の価値や出所を尋ねる。会員である可能性もある。

「きっと、代々から受け継がれる物なのでしょうね。とても風合いがあって、素敵ですわ」

これは目が高い、という目は見せずに、自分の持ち物を誉められる事に慣れた感じの家主はまだ慎重な口調を緩めずに、さらりと母方の曾祖母の時代からの物だ。と多少背筋を伸ばし静かに言う。

ダイランは柱が囲う石のベンチに転がった。

「毎回そんな大層なもん使うのかよ」

「友が亡くなった真相を捜査してくれている、方々へのもてなしの茶だ。彼等への弔いの意味も込め今回出させて頂いてね」

そう軽くあしらって来る。

「じゃあ、その友人ってのも相当チャだとかに詳しかったんだろうなあ」

挑発にも乗らずにつんとして言った。

「私達にとって、こういう時間は人生を謳歌する為の一つの醍醐味でね。それを愉しむために、君を一時お招きしたいものだが」

裏に出ている庶民ダイランへの棘が窺えた。大体こういう、のろくさしたやり方は一番大嫌いだった。

「結構だ。一生触れ合いたくない世界だね」

「そうか。それは残念な心を持ち合わせている」

嘲笑いこそ浮かべなかったが、その言葉にダイランはいい加減管を巻いて背後に腕を回し空を睨んだ。

 だが、時間が経過する毎に余りに慎重な風はダイランの体内信号を点滅させる。老夫婦の死にこいつは関与している筈だ。間接的な物として。

しかも、今こうやって自分達へ振舞っている風の空気を含め、老夫婦に対応していたのでは無いだろうか。それを再現しているかのように挑発を含め、今の時間をやり過ごしている。

要するに、己よりも下等の物を見ると言った目でだ。そういう腐った感覚に思えるのは何故かは不明だ。友人を語る彼の冷めた目や、事件を追及してくる彼等を疎ましく思いさっさと下がらせ、くだらない一件からは早く離れ忘れたいが如く雰囲気がそうさせる。

彼からしたら、その友人の死は興味も無い物なのだとダイランは感じた。

 仮説だが、影響力を利用し間接的に老夫婦を失脚させ、死へと導かせる方法も考えられる。何らかの怨恨を持ってかは不明だが、この家主か死んだ老夫婦があのマークの何がしかの団体に関連があった事は確かだ。

 その時、フィスターのポケットベルが鳴った。

家主に一言断ってから出る。

本署からの物で、直ちにイングランドヤードへ連絡をとの事だ。何かを掴めたらしい。


 何の証拠も掴めずに終わった家主にお礼をし、もてなされた紅茶の賞賛と感謝を述べると車に早々に乗り込んだ。

家主は帰り際の表情さえ何も変わらず仕舞いで、ただ甥っ子だけは今度は悲しそうに手を振るなどしてコロコロ変わった。ダイモンには最後まで見向きもしなかった。

彼等は去って行き、最後まで見送りもせずに甥っ子を抱き上げ門から離れて行った背を見てからダイランは言った。

「あの男は怪しいな」

「ええ。そうですね」


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