5.書庫番の小説
あれから2週間。
言葉通り、フェルナンドは書庫に現れなかった。
本の貸し借りは、側近を通じておこなっているようだとミラから聞いた。
しかも、ルーンのいない日や時間帯を狙っているそうで、徹底している。
ルーンはフェルナンドと顔を合わさずに済むとほっとする反面、全く仕事に身が入らなかった。
ずっと書庫でぼうっとしている。
もともとそんなに仕事量も多くはなかったが、仕事が滞り、ミスも頻発して、上司から小言を食らった。
存在感もなかったが、叱られることのなかったルーンのミスは、職場内ではちょっとした話題となった。
食事をしても砂を噛んでいるかのように味がしないので、自然と食事も減った。ただ命を繋ぐためだけに、口を動かすだけだ。
明らかに窶れたルーンを心配してミラが声を何度かかけてくれたが、それもルーンには全く耳に入らなかった。
それよりも、ずっと、フェルナンドの最後の言葉が頭から離れなかった。
どんな表情だったか、最後はずっと下を向いていたのでわからないが、きっと悲しい顔をしていたのだろう。いつも穏やかな微笑みを浮かべているあの人を、そんな表情にさせてしまったかと思うと、胸が傷んだ。
そういえば、と思い出す。
『王室の秘密の花園~薔薇の貴公子と花の番~』シリーズの最新刊の予約取り置き期限が今日までだった。
いろいろあったのだ。
あんなにも待ち遠しくて、ずいぶん前から読み直していたはずなのに、あれからすっかり忘れていた。
読む気にならなかったが、そのままにしておくのもファンとしてはダメな気がして、とりあえずのろのろと書店に向かう。
自宅から徒歩数分で着く書店は、この町でも有数の書店で、大衆向けから学術書までそろっている。
本館の1階は大衆向けの小説やハウツー本、雑誌などが揃い、2階が人文科学系、3階が自然科学系の学術書となっている。別館には子供向け絵本や文房具などのコーナーがあるが、ルーンが用のあるのは本館の方だった。
本館に向かうと、入り口付近には季節に応じた特設コーナーが設けられ、いつの間にか別の者に代わっていた。
それを通り過ぎ、旅行雑誌、スポーツ、クイズなどの娯楽雑誌のコーナーを抜け、カウンターに向かう。
そこでふと、ピンクや赤などで可愛らしく描かれたポップに目が留まった。恋愛指南や恋愛心理学のコーナーらしい。
今までは自分に関係ないと目にもしなかったのだろう。初めてそんなコーナーがあることに気づいた。
『人生が変わる!恋愛に出逢うには』『不器用なあなたのための最高の恋愛指南』などなど、なかなか刺激的なタイトルが並ぶ。
これまではなかなか食指の伸びないジャンルだったが、今のルーンにはとても魅力的に思えた。
帯を読み、よさそうなものを数冊手に取って藁にも縋る思いでカウンターに向かい、予約していた最新刊とともに購入して帰宅した。
最新刊の表紙は相変わらずバラが大量に散っていて、緻密な書き込みの惚れ惚れするような出来だった。
読み始めると、さすがの内容でとても面白かった。
今回は、最初に反目していた二人がこれまでの紆余曲折の中でぐっと距離を縮め、自分の気持ちに気づくというストーリーだった。自分の気持ちに気づくまでのそれぞれの煩悶、気づいてから相手の気持ちが気になって感じる不安や焦燥、そういった心の機微が丁寧に描かれていた。
以前であれば、切ないとか、両片思い辛い、とか悶えながら読んでいたと思うが、自分とフェルナンドのことが頭にチラついて、素直に読めなかった。最終的には二人は両想いであることが判明し、ハッピーエンドで終わるのはわかっているし、それを期待しているわけだが、現実はそうも簡単にいかない。
なぜ二人はお互いを好きになったのか。
そして、性別や身分などのハードルを乗り越えて結ばれたのか。
丁寧に描かれているものの、肝心なところが小説特有のご都合主義でぼやかされている。
まずルーンはフェルナンドが好きなのかどうかもわからないし、両想いだとしても周りの評価を考えると、そうも好意的に受け入れてくれる人も少ないだろう。
大好きなシリーズの、創作の世界にのめり込めないもどかしさを感じつつ、次に恋愛本を手に取る。
きっとこの中に、ルーンが探している答えがあるはずだ。
そう願い、むさぼるように本に没頭した。
最後の一冊を読み終えて窓の外を見ると、とっぷりと日が暮れていた。
どうりで空腹だし、腰や肩も凝り固まっているはずだ。
軽く伸びをして、本を机の上に戻す。
結論は――。
期待外れだった。
あれだけ様々な恋愛本があるのだから、需要はあるのだろう。しかし、今のルーンに最適なアドバイスは全くなかった。
今までルーンにとって本は、最高の知の結晶で、人生にとって必要不可欠なものだった。なぜなら、本さえ読めば様々な知識が得られ、ルーンが知りたいことで本に載っていないことなど何もなかったからだ。
おかしい、とルーンは思った。
歴史上で数多の人類が恋愛をしてきたはずなのだから、色恋についてなど、とうに研究し尽されているはずだ。相手が王子だから、同性だから載っていないのか。
ルーンのこの状況に適するアドバイスはないのか――。
絶望で打ちひしがれそうなとき、一つのアドバイスを受けたことを思い出した。
ありがとうございました。