4.書庫番の沈黙
自分の胸に手を当てて考えてみたって、わからないものはわからない。
自分のことを一番わからないのは自分だ、と言った作家がいたが、誰だったか。
まさに、そのとおりだ。
正直な気持ち、フェルナンドと会いたくない。
あんなに仲良くしていて、会って話すのが楽しみだったのに、今は何を話したらいいのかわからない。それどころか、顔を見れるかすら、わからなかった。
「ルーン」
思わず、肩がびくりと上がる。
「殿下」
平常心を装ったはずが、思ったよりもぎこちなく振り返ることになった。
「驚かせてごめん」
悲しげに微笑んだ気もしたが、それをルーンは気づかないふりした。
「ちょっと本を借りにきたんだけど。この前のこと、気にしてるならごめん。でも、ルーンのこと好きなのは本当で。これだけは信じて欲しいんだ」
一度言葉を切って、息を吐き、フェルナンドが続ける。
「ずっと隠して友達でいようと思ってた。あの本をルーンが読んでて、同性同士の恋愛に偏見ないってわかったら、どうしても歯止めが効かなくて。どうしても私の気持ちを知って欲しい、って思ってしまったんだ」
私のエゴだよ、と小さくフェルナンドは呟いた。
「本の好みと実際の嗜好は別物だよね。それなのに、私と恋愛できるだなんて聞いて悪かったね。君を困らせたかったわけではないんだ。本当ごめんね」
それを聞いて、ルーンは居たたまれない気持ちになった。
こんなに誠実な人を拒絶するために、沈黙を貫いて傷つけている。
自分が傷つかないために。
傷つかないために? それはどうして?
わからない、本当に自分の気持ちがわからない。
どうしたら、どうしたら……。
ルーンが黙っていると、いつもは穏やかに曲線を描く眉を八の字にしてフェルナンドが口を開いた。
「いや、やっぱり忘れてくれ。忘れろっていうのも一方的なわがままだけど、本当に君を困らせたいわけじゃないんだ。僕の隣じゃなくても、いい。ルーンには笑っていてほしいんだ。僕の存在が君を困らせたり悩ませたりするんなら、……僕はもうここには来ないから安心してほしい」
フェルナンドの言葉に、じっと下を向いてルーンは黙る。
きい、と小さく軋ませながら、扉を押してフェルナンドは去っていった。
最後はどんな表情をしていたのか、ルーンにはわからなかったが、最後の一言は少し震えていたようだった。
でも、どんな表情をして何を言ったらいいか、ルーンにはわからなかった。
ありがとうございました。