第8話 マーリンが家族になりました
「いただきます!」
クリームシチューを深皿に盛り付け、大皿に雁の丸焼きを載せる。肉の取り分けは家長の役目なのだが疲れた俺はランスロットに任せた。
味見はしたが改めて口に運んだクリームシチューは前世に作ったものに比べるとコンソメが無い分、物足りない気がするが、まあこんなものだろう。
「おかわり!」
真っ先におかわりをしたのはマーリンだ。食が細そうな見た目と違い、旺盛な食欲だ。
「2杯までだぞ。」
「えー。」
めちゃくちゃ不満そうだ。いったいどれだけ食べるつもりだったんだか。しかし、この男も普通の表情もできるじゃないか。いつもこの顔ならモテモテだろうに。
「あとは誰かと交渉しろ。こんなところで湖の乙女に師弟関係を持ち出すなよ。」
湖の乙女たちも美味しそうに食べてくれている。
肉の取り分けは平等に行われたようだ。普段なら俺やランスロット、ガウェインといった面々が遠慮してトリスタン、ディナダン、アーサーたちに多目に渡るようにするのだ。
「美味しいよ。兄ちゃん。」
珍しくディナダンから褒め言葉が聞けた。美味しいものには彼の『話』スキルも負けるらしい。
「何という馨しい香りだ。」
マーリンが肉が盛り付けられた皿を目の前にしてゴタクを並べている。上品ぶっているらしい。もう遅いと思うがなあ。
「弟たちが肉を狙っているぞ!」
俺がそう言うとマーリンはマッシュポテトを残して肉を口の中に放り込みやがった。弟たちも呆れ顔だ。幾つなんだガキみたいなことをするなよ。そういえばまだ12歳だった。この中で一番年下だ。
「旨、旨、旨~い。」
余程、美味しかったのだろう。空になった皿を見て悲しそうな顔をする。やっぱりガキだ。
「ほらマッシュポテトも味がしみてて美味しいぞ。」
俺は自分の分からマーリンの皿に肉を取り分けてやる。
「兄ちゃん狡い。俺にもちょーだい。」
ここにもガキがいた。いや餓鬼か。トリスタンが欠食児童のような抗議の声を上げる。コイツ20歳だよな。この世界では妻子を持っていてもおかしく無い年齢なんだがなあ。
「おいおい。トリスタンお前幾つになったんだよ。」
良くこうやってアーサーと肉の取り合いをしていたのは随分と前の話だ。そして大抵、口車の乗せられてディナダンに取り上げられる光景が良くあったのだ。
「だってアーサーが帰ってきたみたいで・・・。まずっ。・・・兄ちゃんゴメン。」
トリスタンが口を滑らした。全くお調子者なんだから。
「もしかして、アーサー君は・・・。」
「ああ亡くなっている。マーリン殿がいらっしゃる直前ことだった。」
もう隠しておけない。仕方がないか。
「それなのに私を迎え入れてくれたのか。」
「いや一時は疑った。あまりにもタイミング良く現われたんでね。だが高名なマーリン殿が弟を殺す動機は無い。単なる事故だったんだよ。」
ここは正直に言うべきだろう。
「私は「もう何も言わないでくれ。貴殿はもう既に行動で示して下さっている。お陰で騎士爵家を維持できる。ありがとう。」」
父親に聞いた話では10年ほど前に『予言』されていたそうだ。
「こちらこそ、ありがとう。こんなに歓迎して貰えたのは生まれて初めてだ。それに兄妹仲が良くて羨ましい。」
「なんなら家の子になるか?」
心底寂しげな表情に思わず口が滑る。トリスタンのことを笑えない。
今でも12人も居るのだ1人くらい弟妹が増えても大差無い。それにこれくらい出来が悪いほうが構い甲斐があるというものだ。
「いいのか?」
「いいぞ。末弟の席が空いている。但し兄妹の前ではニヤニヤ笑いは止めてくれると嬉しい。」
「師匠は微笑みを浮かべて接したほうが良いと言っていたが、皆離れていった。私の何処が悪いのだ。」
へえマーリンに師匠が居るのか。アーサー王伝説では殆ど聞いたことは無いが12歳のマーリンになら居てもおかしくはない。
「マーリン殿は笑わないほうが良い男だ。そうだ。エレイン。こっちに来てくれ。」
エレインを呼び寄せ。マーリンの真正面に座らせる。
「マーリンは決して笑わずに少しだけ左に顔を向けてエレインをしっかりと見つめて。そうそんな感じ。エレインはマーリンが笑ったら指摘すること。叩いても抓っても構わない。弟だからな。」
俺が見たところ、この角度が一番良い男に見える。エレインは『愛』スキルの持ち主だ。イケメンには耐性がありそうだ。
「そんなこと弟にしてないわよ。」
「そうかな。始終トリスタンから苦情が入っていたけどな。」
トリスタンからの抗議はもっと過激に殴る蹴るだ。周囲に居た弟妹たちに聞けば悪さを働いていたけど、青あざが出来るほど殴るのはどうかと思うんだがな。
「それはトリスタンがお調子者だから・・・。」
お調子者だからって、イジって良いわけじゃ無いんだがな。姉に取って弟は奴隷か召使いみたいなものと思っているのだろう。俺にも身に覚えがある。
そのまま放置すると10分も立たずにエレインの頬がピンク色に染まっていく。流石のエレインもこれだけのイケメンに見つめられればそうなるか。
「ははは。そうそうそんな風で良い。エレインもそんな顔ができるじゃないか。」
「何よ。何の罰ゲームよ。これ。」
「もちろんパーシヴァルの件の仕返しだよ。決まっているじゃないか。これから毎日マーリンに付き合ってやってくれ。」
俺がそう言うとエレインはしぶしぶ頷いた。
遅めの昼食が済み。おそらく期間限定になるのだろうがマーリンが家族になった。これでしばらく寂しくないに違いない。
改めてヴィヴィアンさんにお願いして対岸に渡る。美味しい昼食が功を奏したのか始終笑顔を向けてくれる。対岸に到着すると馬たちがゾロゾロと集まってきた。皆、寂しかったみたいで、ブラシで毛並みを整えてやると恍惚とした表情を浮かべた気がした。
馬たちに聞いた話では何度か1人の男が近寄ってきたが威嚇したら逃げていったらしい。馬泥棒だろうか。
「もうすぐ帰るからな。しばらく辛抱してくれ。」
凝っているだろうと腰骨辺りを揉んでやるとそうでもない。馬たちは馬たちなりに発散しているようだ。それよりも腰を押し付けてくるのは止めて欲しいんだけど。全く俺は牝馬じゃないって。
一通り毛艶も見たが全く問題ない。
「ブルルルル!」
そのときだった。突然1頭の馬が威嚇する声が聞こえる。
「止めないか!」
ヴィヴィアンさんが男に羽交い締めにされ、剣を突きつけている。セクハラだぞ。
「ブリタニア家長男アルトゥスだな。竜の剣を持っているか?」
俺の顔を知っているらしい。しかも竜の剣のことも知っているらしい。只の馬泥棒じゃなさそうだ。
「ああここにあるぞ。」
俺は『箱』スキルから右手に竜の剣、左手に矢を取り出すと瞬時に矢をつがえて放った。
「ぎゃああああ・ぁぁぁ・・。」
うわっ。えぐっ。男の顔を見ていた所為か矢は眼孔に飛び込んでいき、男はのた打ち回り転げ回る。
ヴィヴィアンさんがこちらに走ってくることを確認しつつ、更に矢を放っていく。『命中率+50%』は伊達じゃないらしい。放った矢が全て男の身体に吸い込まれていった。
「何者だ? 何が目的なんだ?」
俺が剣を突きつけて喋らせようとしても黙りを続ける。
ブリタニア家の竜の剣を奪いにきたのか。それともブリタニア家が竜の剣を取得されては困る人々がいるのだろう。
男は懐を弄ると短剣を取り出し喉を掻き切った。俺は思わず退いたが血飛沫が顔に掛かる。男は事切れていた。
「救けていただき、ありがとうございました。」
ヴィヴィアンさんはお礼を言うがニコリともしない。
「怖がらせてすまない。俺は男に当てる自信があったんだ。」
ヴィヴィアンさんが羽交い締めにされた状態で矢を放ったことを言っているらしい。
俺が抱きしめるとヴィヴィアンさんの身体が小刻みに震えていたのだ。
「ヒヒーン。」
そこで馬たちが悲鳴を上げる。敵襲かっ。
一斉に馬たちが逃げ出すところをみると違うようだ。
森の奥の霧の中に何かが蠢いている。俺は対象に向かって『鑑定』スキルを使う。
―――――――――――――――――――――
名前:ジャイアントワーム
レベル:Lv3
攻撃:『毒吐き』『体当たり』『捕食』
―――――――――――――――――――――
魔獣だ。それも人の背丈の2倍はありそうな巨大なワームだ。
あの男の血が呼び寄せてしまったらしい。
俺の運も此処までらしい。コイツは猛毒を吐く攻撃が有名で誰かが餌食になっている最中に遠距離攻撃で倒さなくては勝ち目が無いのだ。
それに浅瀬なら湖も泳いでくる。到底逃げ切れない。
アヴァロン島は乾期に陸続きになるのだ。浅瀬を伝って渡ってこられたんでは弟妹たちも餌食になってしまう。
「ヴィヴィアンさんは舟に乗って! 俺はここで食い止める。」
もちろんブリタニア家には監視されるような何かがあります。
家族愛溢れる無難な人生には、残念ながらなりそうにもありません。
ブックマーク、評価をお願いします。