第3話 湖の乙女たち
到着した湖のほとりには、都合良く馬たちの牧草となる草が生え揃っていた。
「2日に1度は戻ってくるから、この辺りに居てくれ。」
馬の手綱を緩め、1頭1頭説得する。『翻訳』スキルにより通じているらしく。話しかけながら、馬の身体にブラシを掛けてやると馬たちが周辺に散らばっていった。
「本当に我が家の馬たちは兄貴の言うことを良く聞くよな。なんでそれで馬を乗りこなせないんだか。」
9男ディナダンが話しかけてくる。
「ほっとけ。」
コイツに口で勝てないのは『話』スキルを持っていたからなんだな。
本当の意味で馬を乗りこなすには心と心が通じ合う必要があるのだと思う。こうやって馬と話し合って説得するからトロトロとした動きになってしまうに違いない。
そのとき、桟橋に3艘の舟が到着した。各舟には漕ぎ手と女性が乗っているところをみると湖の乙女たちだろう。
「驚かないんだな。」
マーリンが俺の顔を覗き込んでいた。全く男の俺さえも嫉妬するほどの美貌の持ち主だ。これでニヤリと笑わなければ、女たちにモテるだろうに全く勿体ない。
周囲を見回すと兄妹たちは皆、突然現れた舟に対して警戒心を露わにしていた。平然とその光景をみていたのは俺とマーリンだけだったのだ。
「いや驚いて声も出せなかっただけなんだ。」
予測していたとは言えず、適当なことを言って誤魔化す。
「兄貴は臆病者で慎重なんだ。まずは危険が無いか見極めようと観察するのさ。いつものことだ。」
トリスタンが誉めているのか貶しているのかわからないことを言う。どう突っ込めばいいんだか。
自分ではわからなかったが観察する癖がついているらしい。
「危険は無さそうだな。彼女たちはマーリンが魔法で呼んだということじゃないかな。」
マーリンを観察してさえいれば、こんなことは誰でも思いつけることだろう。
「良くわかったな。その通りだ。湖の乙女という妖精だ。彼女たちの力が無ければ、湖は渡れないんだ。」
湖の乙女が居るする湖では舟を持ち込み湖を渡ろうとすれば必ず舟が沈むと言い伝えられている。つまりこの湖は彼女たちのテリトリーで何人たちとも立ち入ることができないということらしい。
彼女たち下船するとマーリンにピタリと寄り添う。妖精にはモテるらしく、抱き寄せても嫌がっていない。パーシヴァルなら蹴りの1つ入れそうなくらい親密だった。
「ヴィヴィアンです。」「ニムエです。」「モルガナです。」
皆、一様に白い薄布を1枚羽織った姿で身体の線が浮き出ている。全く目の毒だ。懸命に視線を顔に向けていないと嫌がられてしまうだろう。
ヴィヴィアンさんは黒髪で白い肌、ニムエさんは茶髪で白い肌。モルガナさんは黒髪でキツネ色の肌をしていてとても美しいのだ。アーサー王伝説に出てくる妖精は嫉妬もすれば愛情も示せるほど感情表現が豊かで人間とかわりない。
「アーサーだ。よろしく頼む。」
人間に対して警戒しているようだったので1人ずつ膝を折り、手の甲に口付けをして親愛の情を示すと若干表情が和らいだ。まるでキザ男のようだが、この世界ではこれが普通だから恥ずかしいなんて言っていられないのだ。
「私たちはマーリン殿を師と仰いでおりますので、何なりとお申し付けください。」
代表するように少し顔を赤くしたヴィヴィアンさんが笑いかけてくれた。この世界にはセクハラやパワハラという概念は無い。弱者は強者のどんな要求も応えねばならないのだ。
でもセクハラばかりしているとアーサー王伝説のマーリンのように罠に掛けられて何処かに閉じ込められてしまったりするからなあ。気をつけないと。
3艘の舟に数人ずつ分乗する。パーシヴァルもエレインもマーリンの傍に寄りたがらない。馬車のなかではイケメン俺様だったせいだろう。何を勘違いしたんだか。この世界のマーリンはパーシヴァルに殺されそうだ。
そんなことを考えているとゆっくりと舟が動き出した。
『鑑定』スキルを使って湖を見ていると結構、型の良い魚が泳いでいる。マスか。上手く調理すれば美味なんだよなあ。
「あの魚は採ってもいいのか?」
傍らにいたヴィヴィアンさんに聞いてみる。旅の途中は乾物ばかりだったから、マトモな食事を取りたい。
「構わないわ。採れるならね。」
ヴィヴィアンさんの返事を聞き、魔法の鞄から銛を取り出す。
「随分小さい魔法の鞄だな。中身も少なそうだ。」
マーリンが呆れた声を上げる。確かに財布ほどの大きさで中にはボストンバッグ1つ分の荷物しか入れられないものだ。
「ほっとけよ。これでも大金をはたいて買ったんだ。これくらいが我が家では精一杯なんだよ。」
冒険者ギルドで売れ残っていたんだろう。半額以下の値引きシールに思わず衝動買いをしてしまった。小遣いがスッカラカンになった覚えがあるのだ。
今は『箱』スキルの方が重宝しているが愛着もあるのだ。そうそう手放したく無い。
銛で魚を突き刺す。
「わぁ凄い!」
湖の乙女たちから歓声があがる。これぐらいの動きなら楽勝だ。いつも流れる河を登っている魚を捕っているのだ。奴らに比べれば大人しい部類だ。5匹仕留めた。これだけあれば皆に行き渡るだろう。
随分と広い湖だ。これでは泳いで渡れそうに無い。
「もしかして、島になっているのか?」
対岸に到着する。切り立った山の中腹に洞穴が見える。この洞穴が湖の乙女たちの住処のようだ。周囲を見回すと湖は奥のほうまで続いているのだ。
「いや地続きだ。乾期になれば道が現われるぞ。」
奥のほうに道が現われるらしい。アヴァロン島の候補でいうと外洋の島だがセント・マイケルズ・マウントが一番近いのかもしれない。