第32話 天然女だからこそ
「モルゴース。モルゴースが世話してくれるの?」
バッチーン。
その言葉に思わず手が出る。
「何するのよ。」
「お前は何を聞いていたんだ。ここには俺の第1王妃が住んでいると言っただろう。」
後宮でも一番立派な建物のクリスタルローズの間は以前グィネヴィアが住んでいたところだ。前ブリデン王には第1王妃が居ず、娘のグィネヴィアが後宮の主をしていたらしい。
「えっ。えっええええええ。嘘。私よりもオバさんのモルゴースが第1王妃。」
バッチーン。
モルゴースの顔に怒りマークを見た気がして再び手が出る。この女、天然過ぎだ。
「いい加減にしろ。正式な挨拶もできんのか。いまからでも遅くない。出て行けよ。」
慌ててグィネヴィアがモルゴースの前で腰を折り、正式な挨拶をする。さすがはここの主だった女だ。スマートにやってのける。
「グィネヴィア。よく来た。前王が倒れたときにレオ領に匿って以来13年ぶりね。」
「13年前アルトゥスを見つけたのに、なんでモルゴース・・・様が妻・・・。」
なるほど前ブリデン王が倒れ国内が混乱した折に匿っていたのがモルゴースだったんだ。そのときにグィネヴィアの目を付けられていたとは。良く今まで無事過ごせたよな。
その頃だよな。レオ領から随分条件の良い婚姻の申し込みがあったのは。
「随分と計画的だったんだ。」
全てはモルゴースがグィネヴィアの上位につくために計画されたことだったんだ。
「ごめんね。でも嫁いでから随分と性格が違うことに気付いたの。あの男は女性関係が派手だったわ。貴方も妹たちから愛されているようだったから、多くの女性たちが居るのを覚悟して嫁いだのだけど12年間幸せだったわ。」
「過去形なのか?」
また捨てられるのか?
何のために王になったんだ。
「違うのよ。愛しているわ。でも王と王妃となった。本当の意味で国に平穏が訪れ、王は国民の手本にならなくてはいけないの。グィネヴィアと子供を作りなさい。多くの女性を娶り子供を増やすのよ。将来は貴方の子供たちが不老の隠者として施政を運営していくの。この世界では絶対に必要なことなの。」
200年間、前ブリデン王の施政を見てきて実感していることなのだろう。
「そうなのか?」
「そうよ。貴方がやっている小さな政府作りは間違ってないわ。今は人手不足、地方に人を回すべきよ。でも10年後20年後を見据えて動き出さなくてはいけないの。後宮は別よ。こんなに閑散としていたんでは国に活気が戻らないの。お願い。人を雇って。多くの女性を娶って。子供を沢山作って。」
そこまで考えてなかった。
そこかしこにエンヴィーという組織の人間が蔓延っていたので排除しただけだ。王宮は官吏の試験があるせいかそれほど居なかったが、貴族たちの推薦により入ってくる後宮は酷かったのだ。
名目上は小さな政府を作り、国の運営にお金を掛けないようにするためだったが実情は違う。
「嫌だ。」
「なんでよ。」
うざい。グィネヴィアが口を挟んでくる。
「煩い。グィネヴィア。夫婦の会話に口を出すな。」
「何故か。聞いていい?」
今度はモルゴースが優しく聞いてくる。
「人間には管理能力の限界というものがあるんだ。優秀な人間でも300人が限界だ。俺はそこまでできない30人くらいが限界なんだ。弟妹たちと側近の貴族。3人の子供たち。この辺りが限界だな。子供が生まれれば、母親やその親族を全てを俺が管理しなくてはならなくなる。」
アーサー王伝説の円卓の騎士は最大で300人居たという。小さな会社なら100人規模なら全ての従業員をある程度管理することもできるだろう。
だがどんな大企業の社長でも管理できるのは30人が限界だという。そのために組織というものが存在するのだ。社長は重役を管理し、重役は部長を、部長は課長を、課長は係長を、係長は係員を管理する。
「違うわ。そのために私やグィネヴィアが居るのよ。後宮のことは私に任せてくれればいいわ。」
「えっ。私。」
「何を言っているのよ。後宮で問題が起きると何処からも文句が出ない采配をしていたじゃない。」
「あれは側近の言うとおり行動していただけよ。」
「えっ。でも貴方の傍にいた側近だけでも10人は代替りしていたよね。その誰もがあんなにキレイに物事を収めていたというの?」
その側近が問題なのだ。表向きはバラバラの貴族から推挙されて後宮に入っている。しかし、エンヴィーという組織で繋がっており、一見後宮内で敵対している女性たちでも双方に組織の人間が入っていたらしい痕跡が残っていた。
しかも新しい王妃を迎え入れるという名目で入れた人物の殆どが組織の人間だったから、何か企んでいたのだろう。その全てを排除するしかなかった。
「モルゴースも以外とバカだな。そういうのは組織立って動かないと収まらないものだ。裏で動いていた人間が居るんだよ。」
初めはグィネヴィアも深い繋がりがあるのだと思ったが、前ブリデン王を唆すために使われただけの関係らしい。前ブリデン王が弱味を握られ何処まで利用されていたのかは解らないが、この女は天然過ぎて組織に取り込めなかったに違いない。
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