第30話 天の岩戸作戦
「どうだランスロット。」
グィネヴィアを拉致しメルワスの要塞に籠城したまま1ヵ月が経とうとしていた。周辺の村で情報収集したところ、元グランス家30人の剣士を含む約50人が要塞に居るらしい事まで解っている。
籠城戦の常道からすると剣士たちだけを相手にするとしても3倍以上100人の兵士は必要となる計算だ。実際に連れて来ている兵士は弟たちを含めても50人足らずだった。
ランスロットには兵糧攻めを指示してあった。この要塞は国境付近にあり、南側は何もないため北側を封鎖して補給を絶っている。もうそろそろ生鮮食料品の備蓄は粗方消費したはずだ。後は乾物などしか無いのだが1年間は籠城できる備蓄が揃っているから厄介だ。
要塞には川が通っており排水口は塞ぎ水攻めも行いたいのだが地下水が湧いており効力が少ないので控えている。自分の血液という毒物を流し込みグィネヴィアだけパーシヴァルに解毒させようという手段も考えているが最終手段だ。
「王。昼間は殆ど動きはありません。夜には松明を持った人間がこちらを監視していました。」
衆人の中では兄貴と呼ばせてはダメだと思っていたがTPOを心得ているのか特に注意する必要は無さそうだ。
「そうか。予定通り、天岩戸作戦を実施しよう。」
そうは言っても要塞の外で踊るわけではない。駐留している北側は風上にあたり、こちらから要塞へは風が流れている。その風に美味しそうな食べ物の匂いを乗せて精神的ダメージを与えようという作戦だ。
王都には結構な数の香辛料が集まってきており、クミン、コリアンダー、カルダモン、オールスパイス、ターメリック、チリペッパーを見つけた俺は伯爵邸滞在中に好みのカレー粉作りに勤しんでいたのである。
今回はその中でも香りを上手く引き出せたレシピを使用する。
材料は王都の市場で買い求めた食材で、下処理がされており、簡単に作れそうだ。
夕食の時間に合わせてできあがるのがベストだ。乾物だけというさもしい食事内容のところへカレーの強烈な香りが流れ込んだら、さぞかし悔しいに違いない。中には香りだけでご飯3杯はいけますという人も居そうだが。
まずはクミンとコリアンダーとオールスパイスだけで作った漬け込み専用のカレー粉としょうがやニンニクと共に塩をまぶして鶏肉を漬け込んでいく。
味が染み込むまでの間に土鍋でトマトを煮ていく。ヘタを取ったトマトをざく切りにして煮込んでいく。この世界にはカットトマトの缶詰は無いから仕方が無い。
「パーシヴァル。ダメだ。トマトを煮るときは土鍋を使うんだ。寸胴鍋なんか使ったら鍋の成分が溶け出して真っ黒になってしまう。」
用意してあった寸胴鍋にトマトを放り込もうとしているパーシヴァルを止める。大雑把だな。だから大量の土鍋を用意したんだがなあ。
沢山の土鍋で煮たトマトビューレを漬け込んだ鶏肉を炒めた寸銅鍋に放り込み、特製カレー粉で味付けを行い、生クリームや水を投入していく。塩は鶏肉を漬け込んだ際に使っているので調整だけだ。
「なあ兄上。この残りの肉はどうするんだ?」
味見をしながら調整をしていると、にょきっと鍋に顔を寄せて香りを嗅ぐ人間が1人・・・。
「驚いたぞマーリン。この肉は明日の夕食分だ。これを焼けば格別な香りが漂うはずだ。」
「えええっ。今日食べないのかっ。」
煩いな。
「上空からの偵察では何も無かったんだろ。ご苦労様。もう王宮に戻っても構わないぞ。」
要塞の屋上の構造と監視している様子をユニコーンの姿で見に行かせたのだが昼間は人っこ一人居ないらしい。要塞内部から監視できるところがあるということだろう。
それなら確実にこの良い香りが要塞内部へ流れこんでくれるはずだ。
「食べさせない気かよ。」
「お前。夜は飛べないとか言ってなかったか? 帰れなくなるぞ。」
滅多なことでは死なないだろうが王の弱点とも言うべき神獣は安全な王宮で待っていてほしい。
「意地でも食ってやるからな。」
失敗したな。食い意地ハリの助だからな。こうなったらテコでも動かないぞ。伯爵邸でも散々味見といっては食ったくせに。チリペッパーを足してやろうか。
「わかった。わかった。ガウェインとボールス。マーリンを守って・・・お前らなあ。まだ夕食じゃないって。」
ガウェインとボールスどころか弟妹たち全員が大きな食卓に陣取って皿やスプーンを用意して待っていた。何処の欠食児童だよ。兄さんは恥ずかしいぞ。
「じゃあ肉を焼くのを手伝う。」
それはお前が食べたいだけだろトリスタン。そう思ったが意外と器用に串に刺していく。まさか『槍』スキルの威力?
そんなことは無かった。他の弟たちも手分けして串に刺していった。仕方が無いので、炭を起こしてバーベキューグリルコンロに火を入れていく。後は焼き網ををセットすればできあがりだ。
カレーにはもちろんご飯だ。日本人としてこれだけは譲れない。ナンを焼けばいいのかもしれないがタンドール窯が必要だ。こんなことを言うとマーリンが造ってしまうから言わない。
バーベキューグリルコンロで漬け込んだ肉にターメリックをまぶしたものを焼いていく。やっぱりタンドール窯があったほうが良かったかな。それでは香りが外に流れ出さない。
今回は美味しいもの作りじゃなくて、美味しそうな香り作りだった。
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