第2話 旅立ち
だが待てよ。神獣ユニコーンならば自分の予言成就のために人殺しなど犯すはずもない。世界の理を知り、世界の理を説く神獣ならば予言など容易いのかもしれない。つまり末弟アーサーを殺す理由も道理も無いことになる。
魔法使いマーリンという人に化けた神獣ユニコーンは、その外見の胡散臭さとは対照的に非常に信頼できる人物ということだ。これは是非とも味方に引き入れる必要がある。
「あの魔法使いマーリン殿でしたか。ようやく思い出しました。どんな予言もピタリと当てるとは素晴らしい。では当家にはエクスカリバー復活の挑戦へ援助して頂けるためにいらしたのですね。ありがとうございます。是非ともお力添えをお願い致します。」
余りにも取ってつけたかのような褒め言葉になってしまった。
本当は近寄りたく無いほどの胡散臭さを放っているのだが、本心を押し殺して上座のマーリンに歩み寄り、その透き通るほど白い手を掴み取り握手をする。
そして畳み掛けるように頭を何度も何度も下げ続けると気を良くしたのか。それともその胡散臭い外見に対して礼を持って接してくれる人物が居なかったのか。
「わかりました。私に任せておいてください。」
ニヤリと胡散臭さが倍増する笑みを顔に浮かべて了承してくれた。
まあアーサーが死んだかどうか確かめに来たとは言い辛かったに違いない。
「では当家の竜の剣が何処にあるのか。既に予言頂いているのでしょうね。お教え頂きますでしょうか?」
今から予言すると言われて生贄が必要になっても困るので先回りした上で問いかける。竜の剣の場所など神獣ユニコーンならば場所を把握しておいでのはずだ。
まあ俺の想像通りならば、領地内の湖に竜の剣は存在するはずである。数多くのアーサー王伝説では湖の乙女という妖精から剣を授けられるシーンが多いのである。
「それはできぬ。私はそこまで案内するのみ。」
「わかりました。旅の用意は既に整っております。ご同行頂けますかな。」
パーシヴァルには悪いが神獣ユニコーンの接待係を引き受けて貰おう。本当に彼女が処女かどうか闇の中だが、少なくとも『清』スキルの恩恵で処女に見えるに違いない。
さらにマーリンは女好きだという記述もあり、誰にも嫌われない『愛』スキルを持つ次女エレインと交代で接待させるのが順当ではないだろうか。ついでに言えば騎獣を操る『操』スキルの持ち主である3女ユーウェインに馬車の騎手を務めて貰えば完璧だ。
☆
馬車は4人乗りなので俺も同乗する。実は情けないことに馬を乗りこなせないのである。
領地経営や僅かずつだったが農地の拡張、弟妹たちの才能を見抜き適材適所のための訓練先を見つけたり、訓練に掛かる費用を捻出したりとやることが沢山ありすぎて、騎士爵家の跡取りとして騎士としての基本訓練が疎かになってしまったのだ。
家のことは父親と息子たちに任せ、馬に乗った弟妹全員で出発した。もちろんマーリンは出発ギリギリまで離れに滞在して貰っており、事情を知る親兄妹以外には接触させなかったことは言うまでもない。
大人数なのは訳がある。領内は街道沿いにも魔獣が出没するのだ。戦える人員が多いほどいい。
『盾』スキルを持つ5男ボールスを前衛に『剣』スキルを持つ3男ガウェイン、『腕』スキルを持つ6男ケイ、『槍』スキルを持つ8男トリスタンが居れば殆ど無敵だろうと思うが守りも必要だ。
だが不思議にも2度の野宿を経ても1頭の魔獣さえも襲ってこない。2度、3度と遭遇はしているものの襲ってこないのである。神獣ユニコーンが居る所為なのかもしれない。
「あっちだ!」
なるほどマーリンが予言を教えられないと言った理由がわかった。分かれ道があるたびにあっちだのこっちだの、樫の木のロッドで方向を示すばかりで具体的にどのくらい歩くとか次の分かれ道のどちらを選択するとか説明できないのだ。
いわゆる方向音痴というやつだ。良く我が領地に辿りついたな。神獣ユニコーンだから空を飛んできたのかもしれない。
「ランスロット。あちらの方向に湖はあるか?」
ランスロットは領内に詳しい。これまでに何度か領内の探索を行なわせたことがあったからだ。特に領内の湖の位置に詳しいのは、今考えるとアーサー王伝説で湖の騎士と称えられたランスロットならではなのだろう。
「はい。2山ほど越えた向こうに舟で渡らなければ対岸に行けないほど大きな湖があります。ですが、この道のどちらからも辿り付けません。来た道を戻って分かれ道を右に行った後、交差路を2つ通り過ぎたあとで分かれ道を左に行く必要があります。」
来た道を戻るのはこれで4度目だ。マーリンの指示する方向へ分かれ道を選択していたのだが、2度行き止まりで断崖絶壁の山の向こうを指し示され、1度は馬車で進めない獣道に入り込もうとしたのだ。
道々マーリンに聞いた話では、これまで何度となくペンドラゴン王の血流を受け継ぐ侯爵・子爵・伯爵・男爵に至る24家に援助の手を差し伸べようとしようとしたらしい。
だが4分の3近くにあたる19家では、その援助の手を振り払われ、残り5家でも道案内途中で放り出されてしまったらしい。前者はその胡散臭さのためだろうし、後者はこの方向音痴さのためなのだろう。
当家も前世知識により、絶対マーリンが必要と判断していなければ援助の手を振り払っただろうし、『鑑定』スキルで神獣ユニコーンと知らなければ、トコトンまで付き合わなかったに違いない。
王になるために試練は付き物とはいえ、神は相当な我慢強さを王に求めているに違いない。