第22話 気付きたくなかったもの
「アルトゥス。」
この女にこんなふうに情の籠もった声を掛けられる覚えは無い。会ったことも無い女のはずなのに、前世で嫌いだったはずの女なのに。揺さぶられるような感じがするのは、この世界の強制力が働くためなのだろうか。そんなはずは無い。俺はただのモブでしか無い男なのだ。
「アルトゥス。アルトゥス。気安く呼ぶな。とにかくお前のような女は嫌いなんだ。必要無い。それに俺には妻も子供も居るんだ。」
そうだ。俺にはモルゴースもモルドレッドも居るじゃないか。
「王は1人だが、王妃は何人でも構わない。好きな数だけ持て。」
そうだった。この世界は1夫1婦制じゃなかった。甲斐性があれば何人でも持つことが可能だ。王妃さえも第1王妃、第2王妃と結婚した順番で呼ばれるだけなのだ。
「そうよ。イゾルテのことも忘れないでね。」
何処まで本気なのかイゾルテさんが混ぜっ返す。
「アルトゥス。本当に忘れてしまったのね。貴方の前世ではあんなに愛し合ったのに。」
出た。頭のオカしい女。出た。転生輪廻を否定するつもりは無い。だけど俺の前世は日本の大学生だったのだ。
「アルトゥスというと竜の剣を見つけ出した伯爵家の次男のことか?」
バン辺境伯が驚きの表情で俺の顔を見つめる。
「そうよ。物腰も性格も顔もソックリだわ。」
無茶苦茶な理論だ。ただ似ているというだけで、この頭のオカシイ女と結婚しなければいけないのだろうか。
「ちょっと待て。物腰も性格も家庭環境で変わる。顔は同じ一族なら当然似ている。『アルトゥス』という名前だってブリタニア家では良く使われているんだ。お前の言っていることなんて、こじつけにすぎない。しかも何か・・・お前は愛する男から剣を奪い父親に渡したというのか?」
実際に剣を奪ったかどうかは解らないが、どう考えても首謀者はこの女だ。
「違うわよ。アルトゥスは王になりたくなかった。だから父を唆したの。アルトゥスとの結婚を条件に。全て上手くいったわ。上手くいったはずだった。父は条件を飲み、臣下となったアルトゥスに私をくだされようとした。なのにアルトゥスは拒絶したの。私のことは遊びだったんですって。」
そんな裏工作があれば、謀反の疑いを掛けられても仕方が無い。この女、本気で頭がオカシイぞ。
「何か? 全ては、この国の荒廃は男女の睦事の犠牲になったというのか?」
俺は辺境伯と顔を見合わせる。
「全ては貴方がアルトゥスが悪いのよ。今度こそ逃がさないわ。」
女は狂気に満ちた顔を向けてくる。いや実際に狂っているのだ。嫌だ。こんな女と結婚したくない。
「違う。違うんだ。俺は・・・私の前世は異世界の日本という国に生まれた『蜘條ユリイ』という女の子だったのよ。だから違うの。」
「異世界・・・では伝説の『勇者』か。」
しまった。言ってしまった。辺境伯にバレてしまった。逆効果だ。これまで以上に俺の王位に拘るぞ。過去にも『勇者』が居たらしく外敵を退けて伝説になっているのだ。
「兄貴が『勇者』で女の子。」
ランスロットがガウェインがガラハッドがボールスがケイがグリフレットがトリスタンがディナダンがこちらを向く。前世で女の子というのはそこまで衝撃的なことなのか。
「ちょっと待て。今は男だ。一緒にお風呂も入っただろうが。」
弟たちの視線がギラついて見える。前世では身長も高く化粧っけも無かったから、こういった視線を向けられることは無かったが可愛い女の子を連れているときに感じた。
女性は私を男の代わりのように扱う。
上百合学園という中高一貫校でエスカレーター式に上百合女子大学まで上がったからだろう。
同級生や上級生、女性講師やゼミの教授や女性副学長までもが刃傷沙汰まではいかなかったが、罵りあったり、平手打ちの喧嘩して、私を取り合った。だから学会開催なんてわがままが通ったのだろう。
だが大抵の女性はすぐに男の代わりにはならないことに気付くのだ。
アクセサリか何かのようだった。
性的に私はノーマルだったがこちらが愛情を向けると逃げられた。
捨てられるのは私のほうだった。
それが嫌になり、論文を書くという理由で1人外国に出たのだった。
だがこの女は何だ。この執念深さは何だ。今までどんな女性にも感じたことがなかった。
「やめなさい。お兄様の前世が女の子でも、お兄様はお兄様よ。」
パーシヴァルが皆の視線から庇うように抱き締めてくれる。
気持ち悪い。
自分が気持ち悪い。
自分の中にある執念深さが気持ち悪い。
あれは自分だ。グィネヴィアは鏡に映った自分だ。
裏切られキズつき自暴自棄に彷徨う自分なのだ。
だから俺の愛情は弟妹に向かったのだ。注ぎ続けても嫌がれることの無い相手にしか向かわなくなってしまったのだ。
アーサー王伝説の日本の学会の開催地が某女子大であったようです。
そのときに主人公の前世の性別が決まりました。
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