第15話 道場主はお嬢さま
「イズー!」
屋敷に案内される道でトリスタンと合流した。
「こらトリスタン。いつも言っておるだろうが師匠と呼べ。」
師匠?
「トリスタン。この綺麗なお嬢さんが槍術の先生なのか?」
「つい先日イズー流を受け継いだばかりのイゾルテさんです。バン辺境伯の騎士団では槍術を貴族女性相手に護身術を教えてらっしゃいます。」
言動や態度が男勝りに思えたのはその所為だったのか。赤茶けた金髪を緩めに三つ編みにした普通の女性にしか見えない。やや眼光が鋭いくらいか。
「トリスタンは凄いんだぞ。この年齢で私と互角に戦いやがる。騎士団でも1・2を争う槍術の使い手だ。だが槍術自体がマイナーな剣術だから王廷警備隊に推薦してやれんのだ。」
槍は戦いの後、鎧の隙間からトドメを刺すために用いられており誰でも扱える。1対1で戦う剣術とは一線を引いている。だが上手く使えば馬上の騎士相手にも戦える貴重な戦力になるはずで、槍術として修行を積めば短剣を扱う騎士にも勝てると聞いている。
「トリスタンはどうしたいんだ。王廷警備隊に入りたいのか?」
ガウェインも頭角を現しているとはいえ、コネと言えるほどのコネを持っている訳ではない。侯爵家の力を使えば入り込むことは出来るだろうが、それは飢饉など領地に問題が発生した際の最後の一手として取って置きたい。
それがトリスタンの夢ならば叶えてやりたいというのも本音だ。
幸いにも今すぐ使える手段があるにはある。竜の剣であることの証明をしたあと王位争いから退く条件として一定の地位を要求すればいいのだ。ガウェインは嫌がるかもしれないが彼を王廷警備隊の隊長か副隊長にトリスタンを隊員にする事くらい容易いだろう。
「僕はイズーのお嫁さんになりたいんだ!」
相変わらずトンデモ発言をするやつだ。男としても、かなりごついトリスタンの花嫁姿を想像してげんなりしてしまう。
「おい。それを言うなら、お婿さんだろ。」
「そうだった。お婿さん。」
間違うなよ。
「ダメだ。10歩いや100・・・1000歩譲ってトリスタンのお嫁さんがイゾルテさんというのならいいが。2人でイズー流槍術で喰っていこうというのだろう。ブリタニア家にはお抱え剣術家を雇う余裕は無いぞ。」
男勝りはパーシヴァルで十分間に合っている。今でも散々母とパーシヴァルは喧々囂々と遣り合っているのである。イゾルテさんを母が見たらなんと言うか。間違いなく反対されそうだ。
「なんで1000歩・・・。」
俺が言った言葉が気になるのかイゾルテさんが下を向いてしまった。
「兄貴。それは大丈夫だ。」
「ランスロット。何か情報があるのか?」
「イズー流槍術と言えば、バン辺境伯のお抱えだ。それに大きな声では言えないんだがイゾルテさんの母上は辺境伯の愛人だった女性だ。イゾルテさんも認知されておいでだ。」
「逆に拙いんじゃないのか? 辺境伯のご息女に手を出した・・・のか。」
ブリタニア家の寄り親である辺境伯のご息女と無位のトリスタンでは身分が違いすぎる。
「それは無い。聞いた話では自分よりも強い男にしか嫁がないと宣言されたとか。師匠と呼ばされているようではまだまだだろう。」
イゾルテさんのお宅に到着する。
真新しい道場と古ぼけた邸宅がミスマッチだ。聞いた話では古い道場を潰し、新しい道場を辺境伯が建てて与えたらしい。