第9話 一難去ってまた一難
「ダメです! すぐに師匠がいらっしゃいます。それまで逃げ回って下さい。」
逃げ回れって・・・。
そうか。湖の乙女はマーリンの意思疎通が出来るんだったな。だが俺が逃げ出してはワームが舟を追っていってしまう。それだけは避けたい。
「それは出来ない。そうだ。この竜の剣と宝剣をランスロットに渡して下さい。そして・・・絶対に助け来ないように・・・伝えて。」
うちの弟妹の中には遠距離攻撃ができる人間が居ない。自殺行為だ。絶対に来させてはダメだ。
俺は『箱』スキルから剣を3本取り出し、舟の中に2本投げ入れて、舟のヘリを掴んで押し出す。
「ダメですっ・・・。」
そう叫ばれても弟妹の命に関わることだ。これだけは曲げられない。
手許にはオリハルコンの剣だけか。『鑑定』スキルを使ってみる。
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名前:ブリタニアの聖なる剣
種類:聖剣Lv1
パッシブスキル:威力+100%、軽量化
トリガースキル:魔力50につき巨大化5秒
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この剣もチートだった。『威力+100%』も凄いが、今は『軽量化』が有り難い。倒せはしないだろうが手傷を負わせれば湖には向かわないに違いない。
しかも魔力を50投入すれば『巨大化』が5秒間。一撃向きだ。懐に入ったところで使えば重い傷も負わせられる。
振り返るとワームがあの男を捕食しているところだった。気持ち悪い。
ハッキリ言って逃げ出したい心を必死に押さえ込んでいる。1分が1時間にも感じられる。
タイミングは1度キリだ。ミスっても俺を捕食することで満足して貰えればそれだけで十分だ。そのときはひと思いに死ぬだけだな。
ジリジリッと湖から離れる。舟は既に遠くまで行っているから大丈夫だと思いたい。少しだけ迷いが生まれる。このままワームをひきつけて森に逃げ込むべきじゃないだろうか。
行くか。それとも留まるか。
必死に考えても答えは出ない。経験が足りなさ過ぎる。
考えていた隙をついて、補食途中だったワームが躍り掛かってくる。魔獣がフライングしてくるなんて思わなかった。卑怯だぞ。
しかも毒吐き攻撃に晒される。後ろに飛び、頭から毒を被ることは回避出来たが膝から下に掛かってしまった。
うっ。神経毒のようで足が重い。
このまま補食されるしか無いのか。ゾッとするな。
俺が動けないと知ったワームはジリジリと近付いてくる。
その時だった。突然、辺りが暗くなり雷鳴が轟く。近くの樹木に落ちたらしく周囲が焦げ臭い。
今だ。
何事かとワームが背を向けたところを膝の力だけでワームに飛びかかり、剣に魔力を投入しながら振り抜く。振り抜く。振り抜く。更に魔力を投入して振り抜く。振り抜く。振り抜く。振り・・・抜けなかった。ワームの傷口から漏れた体液で身体が身動き取れなくなってしまった。体液も毒物らしい。
これまでか。
『レベルアップしました。』『レベルアップしました。』『レベルアップしました。』
頭の中でレベルアップが鳴り響く。何とか倒したようだ。
しかし、『状態』スキルで確認する限り神経毒と細胞毒に侵されており、刻一刻と生命力が減り続けている。
最悪だ。このまま死ねるか。レベルアップしたんだ。
何かあるはずと必死に『状態』スキルによるスキルポイントで設定できるスキルを調べていく。
『毒耐性』というスキルがあった。
これだ!!
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名前:アルトゥス
種族:人族
職業:猟師Lv3
年齢:37歳
HP:4386
MP:1
称号:勇者
スキル:翻訳、鑑定、状態、箱、[賢]、毒耐性Lv1
状態:神経毒、細胞毒
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『毒耐性Lv1』がスキル欄に付いた。
加速度的に減っていた生命力が止まったが僅かずつだがまだ減り続ける。まだ足りないのかとスキルポイントを投入して『毒耐性Lv2』にしてみても変わらない。
どういうことだ?
『状態』スキルで確認すると神経毒も細胞毒も侵されたままだった。そうか毒状態を解除する必要があるらしい。
しまった!
これならば『毒耐性』スキルにスキルポイントを投入すべきじゃなかった。
どうする・・・『不死』なんてスキルは当然選べない。おそらくユニークスキルだろう。チートすぎるものな。
『魔術師Lv1』を取って毒を解呪するか・・・いや、レベル1でできると思えない。属性魔法か何かだろう。
後はできるだけ生命力を上げて、マーリンを待つしかできない。『騎士Lv1』を取りたいが弟妹たちの生命力が意外と低かったのを思い出す。ここは『猟師Lv4』を取るしか無いようだ。
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名前:アルトゥス
種族:人族
職業:猟師Lv4
年齢:37歳
HP:62496
MP:100
称号:勇者
スキル:翻訳、鑑定、状態、箱、[賢]、毒耐性Lv2
状態:神経毒、細胞毒
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想像通り、生命力が5倍になった。だが刻一刻と生命力が削られていることには変わりないのだ。
「大丈夫か?」
マーリンの声が聞こえた気がしたんだが、幻聴か?
「大丈夫じゃなそうだな。あのジャンボワームを倒したのか。流石は兄上だ。」
声のするほうへ視線を向けると居た。思わず目が丸くなる。
足元に馬の置物のようなユニコーンが居た。
動かない身体をゆっくりと動かして屈みこむ。
「マーリン?」
「そうだ。驚いたか。私は神獣だ。」
知ってる。
「ユニコーン?」
何かが引っ掛かる。
「そうだ。」
「ワームの毒に侵されているようなんだ。解毒できないか。そうだ。」
「兄上! 兄上!? 正気に戻ってくれ。兄上!」
俺はマーリンを掬い上げるとその角に吸い付く。確かユニコーンの角には解毒作用があるはず・・・あれっ・・・あれれ。
「ユニコーンの角には解毒作用があるんじゃないのか?」
もしかして俗説・・・いやいやいや、そもそもユニコーンは架空の動物だ。この世界のユニコーンの角にも解毒作用があるかどうかわからない。
「良く知っているな。兄上の知識には時々驚かされる。だが大人のユニコーンにあるのだ。だが私はまだ子供だ。もうちょっと待ってくれ。もう少しで元の姿に戻れる。そうすれば解毒の魔法を使ってやれる。」
周囲が明るくなると共に、マーリンが人間の姿に戻った。もしかして雷鳴は神獣ユニコーンの登場シーンの効果音だたのだろうか。まあそのお陰で助かったけど。
「さて生贄もやってきたことだし、取り掛かろうか。」
そのとき桟橋に舟が到着した。その舟に乗っていたのはヴィヴィアンさんとパーシヴァルだった。