プロローグ
「アーサー! 死ぬなんてありえない!! 何故、死んだんだっ。」
1人の男がその胸に亡骸を抱き締め、心の叫び声を上げ続ける。
前ブリデン王が悪政のため、反乱軍に討ち取られて16年。王を失くしたブリデン国の治安は乱れ、天災が続き、魔獣までが徘徊するほどに荒んでいた。
前王に不老を与え支えていた神獣ユニコーンが失意のうちに亡くなり、ブリデンの大樹界から復活するまで4年の歳月が掛かった。
その後12年に渡り、竜を統べる・ペンドラゴン王の血流を受け継ぐ侯爵・子爵・伯爵・男爵に至る24家全てが即位の儀式に必要なエクスカリバーの復活に挑戦したが適わず、我がブリタニア騎士爵家にまで挑戦権が回ってきたのだ。
それもこれも末弟アーサーが賢者と巷で評判になったためであり、ペンドラゴン王の血筋の濃さから言えば当家が挑戦するのはまだまだ先だったはずであった。
伝説に拠れば王たる資格を持つものは自分の領地から竜の剣を探し出し、王廷の庭にある岩に刺さったままの不壊の鞘に差し込むと鞘ごと外れるらしい。
但し、半年の間に竜の剣を探し出せなければ爵位を1段階返上することとなっており、我がブリタニア騎士爵家の場合、お取り潰しとなってしまうのだ。
ブリタニア騎士爵家は大自然に囲まれた僻地に領地を持ち、働き手が沢山必要という理由からか37歳の長男である俺を筆頭に男子10人女子3人という子沢山な家系で、跡継ぎである俺も既に18歳の長男を筆頭に3人の子供に恵まれていた。
16歳になったばかりのアーサーは竜の剣探しに自信満々だったが、当家が挑戦権を受けてわずか1日で滑って河に落ち溺れ死んだという連絡を受けたのだった。
アーサーの亡骸を抱き締め悲しみに暮れていると突然、前世の記憶と共に異世界転生を神から薦められ、『翻訳』『鑑定』『状態』『箱』といった基本スキルとユニークスキルを貰ったことを思い出した。
本来は特出したユニークスキルが1つなのだそうだが品切れらしくミニスキルを好きなだけ持って言っていいと言われて沢山頂いたはずだ。しかし、『状態』スキルで自らを確認すると『賢』スキルただ1つが存在するだけだった。しかもグレー表示となっていて有効じゃない。
―――――――――――――――――――――
名前:アルトゥス
種族:人族
職業:猟師Lv3
年齢:37歳
HP:12500
MP:100
称号:勇者
スキル:翻訳、鑑定、状態、箱、[賢]
―――――――――――――――――――――
称号の『勇者』は異世界転生した人間なら誰もが持つということだった。
只の猟師か。モブキャラもいいところだ。きっと小遣い稼ぎに森の中で鴨の一種である雁を狩っていたため猟師になったんだろう。ガンは食用としてももちろん美味だが羽毛は多くの空気を取り込むことができ保温性に優れていることから、衣類や寝具の中綿として重宝されており高値で取引されているのだ。
俺の前世は西洋史を専攻する女子大の学生で教授に薦められたアーサー王伝説に嵌り、卒業論文を書くために訪れたイギリスでテロに遭遇し失意の内に死んだ。
唯一、同好の士であった女性学部長と女性教授を口説き落として、有名私立大学独占状態だったアーサー王伝説に関わる騎士道を研究する国際円卓の騎士学会の日本大会を所属していた大学で開催できたのが自慢だ。
最近でこそ漫画にゲームに映画にとアーサー王伝説がメディアに溢れているが海外に比べればマイナージャンルなのだ。
神はアーサー王伝説当時の歴史観に近い異世界に転生させてくれたんだろう。異世界転生の王道なら物心ついたときに前世の記憶を思い出し、冒険の旅に出掛けるのであろう。
しかし人生60年と言われる世界で既に37歳。父親は既に引退し、実質的な領地経営は俺が行なっており、嫉妬深い年上の嫁に3人の子供たちまでいるのでは人生が終っているんじゃないだろうか。
「兄貴。これからどうするつもりだ。」
俺の瞳に光が宿ったのを感じたのか次男のランスロットが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「ランスロット。とりあえず足掻いてみることにするよ。最悪でもレオ家のほうで引き取って貰えることになるだろうから焦ることも悲観することもないさ。それに君の能力なら引く手数多だろう。」
溺愛していた末弟アーサーの死を振り切るように告げる。悲しみに暮れていても、お家存続の危機は乗り越えられない。こんなことでは、あの金色の瞳のアーサーに笑われてしまう。
俺の妻は隣の領地のレオ騎士爵家の人間で結婚するときの取り決めで万が一、ブリタニア騎士爵家が没落した場合、働き手として引き取って貰えることになっているのだ。
ランスロットならば人の扱いに長けているから、近隣のバン辺境伯に高給で雇い入れたいとスカウトされたこともある。そちらに就職しても良いかもしれない。
そこでふと思いつきランスロットに『鑑定』スキルを使う。思った通り、職業は『騎士』だ。人を使うのが上手い『長』スキルをランスロットが所持している。どうやらミニスキルを欲張り過ぎて全て母親のお腹の中に置いてきてしまったようだ。
つまり『賢』スキルも末弟アーサーが持っており、亡くなったためグレー表示で元の持ち主である俺に戻ってきたに違いない。
もしかしてランスロットを殺せばスキルを奪えるのか?
「ガウェインとガラハッドはどうする。王廷に戻るか?」
『鑑定』スキルを使いながら、他の弟妹に顔を向ける。
剣の扱いに長ける『剣』スキルの持ち主の3男ガウェインは王廷警備隊に入隊しており、勉強すれば身につく『知』スキルの持ち主の4男ガラハッドは王廷宮使として税務官を担当し、独立し住まいを王都に移していた。
こちらも職業は『騎士』だ。なんか、へこむな。
例えスキルを奪えるとしても大好きな弟や妹を殺すなんてありえない。
「折角の半年間の有給だ。しばらくは兄貴に付き合うよ。」
代表してガウェインが答え、隣でガラハッドが頷いた。
王廷に勤める2人は当家がエクスカリバーの復活の挑戦権を得ると同時に半年の特別有給を貰い、実家に戻ってきている。
「養子先は良かったのか?」
2人の弟の才能を見抜いたのは無意識で『鑑定』スキルを使っていたのかもしれない。そして2人の師匠探しに奔走したのだった。
その甲斐あってガウェインは王廷警備隊随一の剣の腕を買われて軍閥ロット侯爵家に、ガラハッドは王廷宮使試験を首席合格した際にペレス侯爵家に請われてそれぞれ養子に入っている。
「もちろんだ。」
そこで俺は気付いた。弟妹は俺を除いて全てアーサー王伝説と円卓の騎士に由来する人物名ばかりだった。居ないのは魔法使いマーリンくらいのものである。
俺が研究していたアーサー王伝説はローマ帝国崩壊と前後されて建国されたイギリスつまりグレートブリデンの架空の物語であり、口伝で伝えられたものを幾多の写本に残されていたり、歴史書の一部に引用されていたりと戴冠に必要とされたエクスカリバーの記述だけでも何十通りもの物語があり、幾多の作家が独自の物語を作り上げているのだ。
源流の物語は失われていると言っていい。だから正解は無い。
しかも石に刺さっているのは剣じゃなく鞘だなんて、そんなのありかよ。
弟妹が円卓の騎士。なんて、ご都合主義な設定なんだ。まるでゲームのようだ。
それなのに世界観は王は神獣ユニコーンから永遠の命を与えられ政治を行なう。王が道に外れた行いをすると神獣が病み、神獣が死に至ると王も死ぬという運命が待ち受けているというファンタジーだ。
既にアーサーは死んでいる。これだけでも十分詰んでいると思う。
前世知識のアーサー王伝説は幾通りも物語があり役に立ちそうに無い。
この状況で俺が竜の剣を探し出して王に成り上がる?
どう考えても無理ゲーだ。
王に成り上がったとしても、アーサー王は円卓の騎士から次々と裏切り者が出て表舞台から去る悲劇の主人公でもあるのだ。おそらく死亡フラグだらけと言っていい。好き好んで王になる必要が何処にも感じられないのだ。
とにかく半年の間に何としてでも竜の剣を探し出して、お家を存続させるために神獣に認めさせるところまで頑張ることにする。
王が居ないことによるブリデン国の荒廃など知ったことか!
広大な自然にある我が領地では元々魔獣が跋扈していたし、その所為で農地拡張もままならずに僅かな農地から出る農作物だけで暮らしてきたのだ。
もちろん王になって外敵と戦争に明け暮れるなんて持っての外だ。兄妹でいがみあい、憎しみをぶつけ、裏切りに遭う必要が何処にあるというのだろう。
どう考えても俺は王の器じゃない。
この世界では円卓の騎士にも含まれていないモブ同然なのだから。
アーサー王伝説の原案は口伝・写本によるもので研究者による学会も存在するほど世界的に有名な物語です。
本作品は異世界を舞台にしており背景となる設定も全く違うものですが、この作品を切っ掛けにアーサー王伝説に興味を持って頂ければ大変嬉しいです。
沢山、沢山(笑)ブックマークをポチッとな、評価をして下さい。頂けると踊っちゃいます。