第8話 研修の日々
「うぅ~む、、、、、」
「これは一体、、、、、」
日本に帰化するための研修初日の朝、イザベルたちは目の前に運ばれてきた朝食を前にうなっていた。
ご飯に味噌汁、焼き海苔、納豆、鮭の塩焼きなどのいわゆる和朝食である。これまでは、ルーク皇国の料理が
ほぼヨーロッパと同様だと彼女らからのヒアリングで判明していたので、食事は洋食を出していたのだが、日本で
生活するのならば和食にも馴染んでもらおうと、このようなメニューとなったのである。
もちろん一流ホテルの朝食だけあって、ご飯は魚沼コシヒカリ、海苔は有明産の一番摘み、村上産の塩引き鮭、
鳥骨鶏の卵など高級食材がふんだんに使われており、お値段は軽く2千円を超える。す○家や吉○家あたりの
朝食とは、レベルが違いすぎる。
「どうしても食べられなかったら今までの食事にするから、無理しないでいいですよ」
そう話すのはイザベルたちの専属SPである西川めぐみ二十ウン歳、彼女は同僚の大山啓二とともに護衛にあたっていたが、
帰化するにあたって日本での常識や習慣を教える講師の役割も与えられた。
「いや、ニシカワ殿、ニホンでは朝食に紙を食べるのかと思ってな、、、、、」
イザベルはそう言って焼き海苔をつまみあげた。日本人には当たり前すぎる食材であるが、初めてみる外国人は
”ブラックペーパー”などとカルチャーショックを受けるようだ。酢飯を表にしたカリフォルニア巻きは、海苔に抵抗感を
持たせないために考案されたらしい。
「オレはこの納豆とかいうやつが何とも、、、、これ、腐ってないよな?」
「いや、確か似たような食材がローグ神聖教国にあったぞ。あそこは大豆が特産品だったな」
テンプレなことを述べるヴィドにイザベルがそう返す。ローグ神聖教国では他にも醤油や味噌のような調味料が
生産されていて、皇国にもわずかながら輸入されていたらしい。
「うむ、ヴィドよ食わず嫌いはいかんな。この納豆というやつ、生卵を混ぜるとより風味が増すぞ」
「げえ、卵まで生で食べるのかよ、、、、」
烏骨鶏のような高級品どころか、スーパーで安売りしてる卵まで生食できる国は地球でも日本くらいであるから、
ヴィドが顔をしかめるのも無理はない。一方イザベルはその生来の好奇心からか、未知の食材を次々と口にして
いった。朝食後は専門の講師による日本語の授業だ。本来なら平行して日本の地理や歴史、政治体制などの
講義も行いたいところだったが、現状英語のテキストも読めない状況のため、とにかく日本語の習得を最優先に
行うことになったのである。
「はうわ、、、、」「ぐうう、、、、」
午前中、最初の日本語の授業を受けたイザベルたちは、すでにグロッキー気味であった。フェアリーアイズの言語は
アルファベットのような表音文字だけで、表意文字は祭祀用の古代言語に残っているだけだ。基本的な講義を受けた
だけですでに脳内パンク状態であった。
「まあまあ外国人でも日本人以上に日本語に詳しい人もいますから、お二人とも頑張ってくださいねー。今日はお昼は
外で食べて、そのまま東京の町なかを見学いたしましょう」
西川がこの後の予定を告げると、死んだマグロのようにぐったりとしていた2人がガバっと起き上がった。
「おお、外出してもかまわないのか?」
「ええ、スイートルームといえど缶詰め状態じゃ気が滅入るでしょうし。それから私たちの側を離れないでくださいね」
もちろん、西川と大山以外にも大勢の私服警官が付かず離れずの護衛をすることになっている。イザベルは俗にいう
リクルートスーツに伊達メガネをかけ、就活中の学生といった趣だ。ヴィドは量販店のスーツ姿、日本人だと
くたびれたサラリーマン、という感じになってしまうが、イケメンが着るといかにもエリートビジネスマンな雰囲気を
醸し出していた。イケメン爆発しろ。
そして、最寄駅から山手線に乗車したイザベルは、小さい子供のようにはしゃぎまくっていた。
「おおっ、なかなかのスピードだな。みろ外の風景が流れているようだぞ! 乗り心地も素晴らしい」
彼女は両膝を座席に乗せ、窓にへばりついていた。子供が電車に乗ったときよくやるあの態勢である。
「イザベルよそうはしゃぐでない。周りの注目を浴びておるぞ、、、、、」ヴィドが嘆息した。
「ママー、あのお姉ちゃんなんか子供みたいなことやってるよー」
「しっ、指さしちゃいけません」
電車は10分ほどで上野駅に到着した。電車の利用も日本の生活に慣れるために、研修の一環として行われている。
しかしこのあたりから、西川と大山の様子がおかしくなってきた。
「ふふふ、うなぎ、うなぎ~~ 半年ぶりのうなぎさま~」
「オレなんか1年ぶりだ。ああ、夢にまで見たうな重がもうすぐに~」
そう、本日のランチは上野にある老舗のうなぎ屋でとることになっていた。SPの2人も護衛にかこつけて、ご相伴に
あずかる気満々なのである。
浮かれ気味の2人にうなぎとは何ぞやと尋ねると、スマホで検索して見せてくれた。これはフェアリーアイズにも生息
している魚だったのだが・・・・・
「えっ、こんなゲテモノ食べるのか。前に港町で食べたことあったが、脂っこくてのどを通らなかったぞ」
調理法を聞くと、ブツ切りにして串に刺し、塩焼きにするだけだという。さらに皇国の川でも捕れるのだが食べる者が
いないため、畑の肥料にしているらしい。
「な、なんというもったいないことを! うなぎ様を肥料にするなんて神をも恐れぬ所業よ!」
「あやまれ! うなぎ様にあやまれ!」
血涙を流しながら迫る2人にドン引いたイザベルとヴィド、とにかく蒲焼こそ神、異世界の真の力を見せてやるなどと
訳のわからないことを言い始めた西川と大山に引きずられるようにして、うなぎ屋の門をくぐった。
さて、このうなぎ屋は注文を受けてから調理する本格的なお店である。お新香や骨せんべいをポリポリとつまみながら
待っていると、厨房からかすかに香ばしい匂いが漂ってきて食欲を刺激する。
そして待つことしばし、本日のメインイベントうな重がしずしずと運ばれてきたのである。
「おほっ、これはこれは、、、、外側はパリッで中はふんわり、、、あのゲテモノがこんなに美味だったとは」
「食わず嫌いはいかんかったな。皇国にもこの調理方法伝えたいぞ」
「でしょーでしょー、蒲焼こそ神が日本人に与えたもうた調理法なのよ!」
そんなこんなでイザベルとヴィドの研修は、つつがなく進んでゆくのであった。ちなみに、このうな重代を必要経費として
申請した西川と大山が、「あ、君たちの分は自腹ね」と言われ崩れ落ちてしまったのは、また別の話である。
この稿を書くにあたり、以下の書籍を参考にしました。
「ベスト オブ すし」文藝春秋社刊