第7話 残酷な結論、そして新たな提案
西暦201X年1月某日、日本 PM20:50
首相官邸前に急きょ設けられた記者会見場、そこにつめかけた大勢の記者たちは、これから行われる吾妻首相の
記者会見を今か今かと待ち望んでいた。
日本どころか世界中が驚愕した異世界からの来訪者、リアルタイムで目にした”魔法”という、これまではフィクションの
存在でしかなかった未知の技術。
世紀の瞬間に立ち会った記者たちの熱気は、冬の寒気をもものともせずヒートアップしていた。
予定より少し遅れて登場した吾妻は、イザベルたちが日本に現れた経緯を淡々と報告していく。ただし戦場での
大規模魔法云々のあたりは触れられず、たまたま発生した次元の歪みにより、という理由に差し替えられた。
それは、この国には戦争というと即座にヒステリー状態になる連中が存在するからで、そのような者たちの害意より
2人を守るための措置であった。
正直に発表したらそれこそ『人殺しに援助するのか』と大合唱されるのは、火を見るより明らかである。
「では、彼らは元の世界に戻ることを望んでいるのですね。それは可能なんですか?」
「現在、この現象のメカニズムを解明すべく、各方面の研究機関や物理学者に問い合わせを行っています。その返答待ちですね」
「今、騎士の少女とドラゴンはどちらにおりますか。また、取材は可能ですか」
「都内のある病院で検査を受けていただいております。取材についてはこちらの言語ができないこともあり、現在その予定はありません」
一部”日帝の謀略が~”などと異世界以上に訳のわからないことを聞いてくるところもあったが、おおむね平穏に記者会見は終了した。
この会見をTVで視ていた人たちは、『首相、疲れ切った顔してたね』『未曾有の事態で心労も半端ないんだろう』などと同情していたが、
真相は藪の中である。
さて、病院の検査から解放されたイザベルとヴィドは、都心部の某一流ホテルのスイートルームで過ごしていた。もちろんホテルの
周囲は機動隊が、内部も制服警官やSPが張り付く厳戒態勢だ。
転移現象の検証結果が出るまで、ここでカンヅメ状態で過ごすことになっている。
「うーむ、このような豪勢な部屋を提供してくれるとは、やはりこの身で対価を、、、、」
「イザベルよ、これ以上アヅマ殿の心労を増やすのはよせ。しかし、あのウォッシュレットというのには驚いたな」
「ああ、水洗トイレ自体は皇国にもあるが、あの発想はなかったな。しかも一般家庭にまで普及しているとは思わなかった。
これだけでもこの国が高い技術力を持っているのがわかる。皇国への帰還もきっとかなうであろう」
イザベルはそう自分に言い聞かせるようにつぶやいた。だが、彼女の望みは残念ながらかなうことはなかった。
「ここもダメ、あそこもダメか・・・・・・」
「ええ、著名な研究機関や物理学者に問い合わせてみましたが、全く見当もつかないと・・・・・・」
イザベルたちが日本にあらわれてから1週間後、転移現象に関するレポートを見て吾妻と斉木はため息をついた。
どこもかしこも、全然わからないという報告ばかりだったのである。
このことを2人に伝えたら、きっとショックを受けるだろうと思うと彼らの気も重くなる。
「検査結果の方だが、ウィルスなどは問題ないな。彼らから採取された微生物は地球に存在するものと同種か。
人体構造は2人とも地球人類と全く同じ、、、、ん、マナがとか言ってたよな。そういう器官は存在しないのか?」
「はい。”2人”ともDNAまで地球人類と全く同じ、という結果でした」
「ん、ちょい待てよ。まさかあのドラゴンの兄ちゃんも人類と同じだっていうのか!」
「はい。検査を担当した医師も、”うそだあ”とか叫びながら壁に頭打ち付けていたそうですよ。それからマナとか
いう物質は全く検出されませんでした」
そして吾妻と斉木はもうわかんないもんはいいや、とサジを投げた。時間は有限なのだ。そして今後の方針に
ついての協議を始めたのである。
ちなにそのサンプルと検査結果は吾妻首相の親書を添えてアメリカに送られた。ぶっちゃけ”こっちじゃ調べても
何もわからなかったからそっちでよろしくね。何かわかったら教えてちょうだい”ということだ。これでアチラさんへの
最低限の義理は果たしたことになる。
「そうか、この世界の技術でも皇国に帰ることはできなんだか・・・・・・・」
吾妻と斉木からの報告を受け、イザベルは嘆息した。薄々はそう感じていたが、はっきり突きつけられると覚悟は
していてもやはりショックは大きい。
そこで、吾妻が今後の身の振り方について提案を行う。
「そこでだ。君たちさえよければ日本の国民として暮らしてみないか。もちろん必要なサポートはさせてもらうよ。
何しろ現在は根無し草の状態だ。他の国に行くにしてもここで基盤を作ってからの方がよいとは思うが」
吾妻の提案はまずは日本語や日本の常識などを学び、イザベルは法的にはまだ未成年のため、政府が選定した
ホストファミリーに養子として入り学業に専念する。ヴィドローネには就職先を斡旋するというものであった。
それに日本国籍を手に入れてしまえば、怪しい動きをしている国々への牽制になる。
2人はしばし相談の上、この提案を受け入れることにした。そして、この夜の記者会見で異世界からやってきた
竜騎士とドラゴンが、日本に帰化することが発表された。
記者会見後、官邸の執務室で吾妻と斉木が話し込んでいた。
「首相、今回の件、ずいぶんとあの子たちに”情”をかけましたねえ、、、、、」
斉木がボソリとつぶやいた。本来、吾妻は情に流されることのない政治家だ。国益のためなら冷酷な判断もくだす、
場合によってはイザベルたちをサンプルとして、アメリカに引き渡すことすら厭わないのである。
「まあな、雪が生きてたら、あの姫さんと同じ年だと思ってしまってな。つい情に流されてしまったよ。首相としては
失格かな。ははは、、、、」
「雪ちゃん、ですか、、、、、」
吾妻の一人娘だった雪、彼は遅くして授かった子に惜しみない愛情をそそいでいた。そんな親子に悲劇が襲う。
交差点で飲酒運転による信号無視の車に母親とともにはねられ、わずか4歳の短い生涯を終えた。
愛する2人を失った吾妻の憔悴した姿は、斉木にも忘れられない記憶となっている。
「首相の養子にとは、考えなかったのですか」
「オレの養子になれば、どうしても政治の生臭い世界に関わりあってしまいそうだからなあ、、、、斉木君、あの姫さんと
初めて会った時気がつかなかったか。ほんのかすかに”血”の臭いがしたのを」
「血の臭い、、、、あちらの世界では戦場だったと言っていましたね」
「ああ、それと目をみてわかったよ。この子は相当な修羅場をくぐっているとね、、、、だからかな、この世界では
平凡でも幸せな人生を歩んでほしい、そう思っちまったんだよ」
斉木は、そう話す吾妻の顔が、久しく見なかった子を思う父親の表情になっていることに気が付いた。
個人的には、飲酒運転で人死なせたら殺人罪適用でいいと思うのですが、、、、
江戸時代に大八車で人をひき殺した男は、死罪になったと何かの本で読んだことがあります。