第38話 尊き平凡な日々・・・・
「あー、、、それで結局独りでいたいって、、、、イザベルも人いいよねー、さすがに私もあの子の事は
もう放っておこう、て感じだわ」
「ああ、だがせっかくの高校生活、二度と体験できない時期をこんな風に過ごすのは、少しもったい
ない、と思ってな・・・・・・」
「そんなの、あの子が選んだ道だからねー、そこまでイザベルが責任持つことないよ」
もう無関係でいいでしょ、という綾香の言葉に、イザベルが続ける。
「そう言うな綾香、私には今のこの高校での体験が、実に得難いものだと実感しているのだ。貴子も
せっかくそれを享受できる立場にあるのに、それを自ら捨てるなど、なんともったいないことか」
「うーん、、、、でもねえ、言ってることはわかるんだけど・・・・・」
「何しろ私が物心ついた頃はすでに隣国と戦争状態だったからな。昨日親しげに言葉を交わした者が
今日は戦で命を落とすことも日常的にあったのだ。だから、この日本での平和な学生生活が私には
とてもまぶしく見える。この世界でも戦や貧困で、悲惨な境遇に置かれている同年代の者も多かろう。
綾香、そなたたちは本当に恵まれておるのだぞ。そのことを貴子にもわかってほしいのだ・・・・」
綾香はイザベルの言葉に何も返すことはできなかった。現代日本の女子高生である彼女たちには、
ニュースで見る戦争のことも、どこか遠い世界の出来事にしか感じられない。だが、イザベルには
それはとても身近な現実だ。故に、誰よりも今のありふれた生活が尊いものに思えるのだ。
「はは、すまんな何か説教くさくなってしまって、、、、さ、皆も待っているし青春を謳歌しに行こうぞ」
「うん、おかーさんにも連絡するから、ちょっと待っててね」
「ああ、さすがにもう庭の木には吊るされたくはないからな・・・・・・」
そう話しながら、彼女たちは友人との待ち合わせ場所へ向かっていった。
「もしもし、アヤちゃん、、、うん友達となの? 場所はどこ? 遅くなっちゃダメよ」
「かあさん、綾香からか?」
「うん、友達とカラオケ行くって、、、、門限は破らないようによく言っておいたけど・・・・・・」
良枝の言葉に今日は非番の達夫が眉を寄せる。
「そうは言っても、いつも夢中になって時間忘れるからな、あのスカポンタンどもは、、、、、」
「場所は聞いたから、後で迎えに行ってきますね」
自宅でそのような会話があったことも知らず、イザベルたちはカラオケで盛り上がっていた。
「よーし、次はキヨシローの曲にするぞ」
「イザベルさん、選曲が渋いねー。ウチのパパが大大ファンだったさー」
「のぞみ殿の父上もよくわかっているではないか。キヨシローこそまさに”ロック”を貫いた漢の中の
漢よ」
その時、カラオケボックスの扉が開いた。皆が入口に顔を向けると、そこにはにこやかにほほ笑む
良枝がいたのである。
「よ、良枝かーさん、、、一体どうしてここに・・・・・」
「うふふ、あなたたちいつも門限忘れるから迎えにきたの。まだ時間はあるから歌っててもいいわよ」
そして、カラオケを再開するイザベルたちだが、保護者付きではどうにも微妙な盛り上がりである。
「う~ん、やっぱり最近の曲はわからないわねえ、、、これがジェネレーションギャップってやつかしら」
「おかーさん、まだ時間があるから何か歌ってみる? こうやって選曲するのよ」
綾香が良枝のご機嫌取りも兼ねて、カラオケを勧めてみる。こういうところは本当に如才ない娘である。
良枝は端末をいじくってみると、若かりし頃に夢中になったアーティストの曲もほとんど網羅されている
のに気づき、どことはなしにかつてライブで踊りまくった青春の記憶が蘇ってきてしまった。
「米米とレベッカ、あとバービーボーイズもあるのね。1曲目は”FUNK FUJIYAMA”にしよおっと♪」
そしてマイクを手に歌いだす良枝、歌っているうちに段々青春の血が騒いできたのか、次々と懐かしの
80~90年代J-POPナンバーをリクエストしていく。
「お、おい綾香、良枝かーさんなんかヤバくないか。もうすっかりのめり込んでいるぞ」
「うん、、、もうすぐ門限の時間だし、ちょっとおとーさんに連絡してくる」
綾香はそう言って部屋の外に出ていった。良枝は完璧に自分の世界に入り込んでしまい、「次は
プリプリの”M”ね~」などと言い出し始めた。ちなみに良枝と同年代の女性はほぼ全員、プリプリの
曲を歌えるそうな。
「ん、、綾香どうした。そろそろ門限の時間じゃないか。かあさんが迎えに行ったはずだぞ」
「それがおかーさん歌い始めたらのめり込んじゃって、、、、マイク離さないのよ」
「・・・・わかった。今から行くからそこで待っていなさい」
綾香と達夫がこんな会話を交わしていた頃、カラオケボックスはすっかり良枝の独壇場であった。
マイクを独占して延々と歌い続ける、まさにカラオケで一番嫌がられるパターンである。
「次は”マリオネット”ね。思い出すわあ『ライブハウス、武道館へようこそ!』ヒムロック最高! ううっ」
良枝が過ぎ去りし青春の日々を思い起こして、ついに涙まで流し始めた頃、カラオケボックスの扉が
バンっと大きな音を立てて開いた。そう、怒れる大魔王が降臨してしまったのである。
「良枝、、、、綾香たちを迎えに行ったはずだが、これは一体どういうことだ。今何時だと思っている」
「あ、あなた、、、、、いや、これは違う、違うの! 誤解だわ。あなた信じてお願い!」
良枝はすっかり狼狽し、まるで浮気がバレた主婦のような言い訳を始めた。その顔は完全に青ざめて
しまっている。いきなり始まった昼メロばりな夫婦の修羅場に、イザベルたちもドン引きだ。
「・・・・・・詳しい話は家でしよう。綾香、イザベルも帰るぞ」
「「はーい」」
こうして、カラオケは微妙な雰囲気の中でお開きとなった。
「とうさんはかあさんとお話しがあるから、今日はもう上に上がっていなさい」
「「はーい」」
達夫の言葉に、イザベルと綾香は素直に自室へと戻った。余計な口をはさむ必要はない。後は夫婦
で解決することである。その後・・・・・・
「だってアヤちゃんが勧めるから、つい調子に乗っちゃって、、、、、」
「ばっかもん! 娘のせいにするとはそれでも母親か! 反省しなさい!」
「あなたー、もうしませんごめんなさい許してくださいぃぃぃぃぃ!」
階下では達夫の怒号と良枝の号泣しながら謝る声が響いていたのだが、綾香と聡はヘッドフォンを
装着、イザベルは防音結界を張り、ひたすら我関せずを貫いたのである。
注:プリプリ=プリンセス・プリンセスの略
現在でも彼女たちを超えるガールズバンドは存在しない、と言われております。
ちなみにキヨシローは武道館で、「オレんちだと思って楽しんでってくれ!」という
名言を残しております。




