エピローグその2 竜騎士の里帰り
茨城県筑波研究学園都市、1985年に開催された科学万博をきっかけに発展し、現在は様々な研究機関
が活動するこの地で最も厳重なセキュリティが施されたラボが存在する。日本政府の肝いりで設立された
異世界への転移を研究している施設だ。
「ほう、ここがティワナが責任者になっている研究施設なのか」
「ええ、ようやくこの日を迎えることができたのですぅ」
見慣れぬ機器類をしげしげと眺めているイザベル、だが今日は見学にきた訳ではない。これまでの研究
がようやく実を結び、マナに頼らずとも地球世界の技術で、異世界フェアリーアイズへの行き来が可能と
なったのだ。そして今日はイザベルとその家族、更にはスペシャルゲストまで彼女の故国、ルーク皇国
へ訪問する歴史的な日であった。
「でもティワナさん、あれだけ苦労していたのに、今年に入ってからトントン拍子で研究が進みましたね」
「はい、以前光速を超える数式を考案したのですが、それを応用したら世界を超える技術が開発できた
のですぅ」
「ん、、、ティワナさん、今何とおっしゃいましたか?」
「世界を超える技術ですぅ」
「いや、その前に・・・・」
「ああ、光速を超えることが可能が数式ですぅ」
その言葉に、質問した斉木を始め日本政府の関係者が色めき立つ。
「あ、、、あのティワナさん、その数式はどこにあるんですか!」
「まだパソコンのゴミ箱に残っているのですぅ」
「ティワナさん、それ絶体に削除しないでくださいね! それから科技庁とJAXAにも連絡を!」
こうして、光速を超えることが可能な数式は、削除されることなく無事日の目を見た。その後ティワナは
その功績により、史上最年少でノーベル物理学賞を受賞するのだが、それはまた別の話である。
「ほう、さすがティワナはすごいな。この私も鼻が高いぞ」
「えへへ、お姉さまありがとうございますなのですぅ」
いきなりてんやわんやになる日本政府関係者をよそに、イザベルとティワナは今日も通常営業だった。
家族たちはそんな2人を苦笑しながら見守っている。
「それじゃ、行ってくるぞ」
「お姉さまたちも、お気をつけて行ってくださいなのですぅ」
ティワナや斉木の見送りを受け、転移室から一行は地球からフェアリーアイズへの旅路についた。
「ん、ここは、、、、」
「どうやら無事着いたようだよ」
一行は次の瞬間、ファンタジーものにありがちな中世ヨーロッパ風のお城の前に立っていた。この城は
イザベルにとっては幼い頃より見慣れたものであった。そう、ここがルーク皇国の皇城なのだ。彼女は
目の前に懐かしい面々が出迎えてくれていたのを確認すると、さすがに両目から溢れる涙を押えること
はできなかった。
「父上、母上、、、、このイザベルようやく皇国への帰還がかないました・・・・」
「うむ、よくぞ帰ってきてくれた。今日は久々に家族団らんと洒落込もうぞ」
「うう、、、良かったわ、また再び会えるなんて・・・・」
ひとしきり再開を喜び合うイザベルとダリウス、リーゼ、そして弟のユリウスである。なにしろイザベルが
日本に飛ばされてから、10年の歳月が流れているのだ。その喜びようも尋常ではない。同行したメンバー
ももらい泣きしている。
「吾妻殿、こうして直接顔を合わせるのは初めてだな。ルーク皇国への訪問心より歓迎するぞ」
「いやあ、まさか自分も異世界に訪問するなんて、今でも夢見てるようだよ」
日本政府はイザベルの里帰りに合わせ、吾妻を親善使節として送り込んだ。交互の訪問が可能になった
ことで、今後のつながりを強化する狙いである。更にスペシャルゲストも同行していた。
「いやあ、まさかこの年になって、別の世界に訪問できるとは思いませんでしたよ」
「余計な年寄りまで来てしまって、すみませんねえ、、、どうしてもこの人が異世界に行きたいと我がまま
を言ってしまって・・・・」
「いえいえ! とんでもございません。どうか皇国での滞在お楽しみください」
ダリウスが最敬礼で話しているこの老夫妻、先年息子に位を譲り、現在は上皇陛下と呼ばれている先の
やんごとなきご夫妻である。実は今上陛下も異世界に行きたかったらしいのだが、公務が立て込んでいて
泣く泣くあきらめたらしい。
日本側のメンツはこの他に、イザベルに続いて結婚したヴィドと綾香、達夫と良枝、旦那の成宮、そして・・・・
「「皇国のおじい様、おばあ様、初めまして」」
そうユニゾンで挨拶したのは桜と瑞穂、イザベルの双子の娘である。名前の由来は彼女が日本に転移
した時、最も印象に残ったもの、満開の桜と青々とした稲穂から名付けたものだ。ダリウスとリーゼも初孫
にその顔をだらしなくゆるめてしまっている。
「え-、どうも成宮です、、、ヒィっ!」
挨拶をした成宮を、ダリウスとリーゼは殺気のこもった目でにらみつける。
「貴様が、イザベルとたぶらかした男か」
「私たち、まだあなたのことを認めたわけではないですからね!」
「父上、母上、今さら何を言っておるのだ・・・・」
意外と大人げない2人をイザベルがなだめようとした時、桜と瑞穂がそれはそれは悲しげな表情で、
「おじい様、おばあ様はパパのことが嫌いなのですか」
「私たちはパパが大好きなのに、、、、そんな事言うおじい様、おばあ様は嫌いです!」
と言い放った。それにダリウスとリーゼは慌てて、
「い、いや、そんなことはないぞ。そなたらのパパは立派な男だ、うん」
「そうですよ、イザベルの選んだ男性ですから」
と、あっさり前言を翻した。本当にチョロい王族である。
「ふむ、これほどマナの溢れた地に来たのは、千年振りくらいかのう、、、、イザベルよ、礼を言うぞ」
「精霊殿とあの時交わした約定果たしただけのことだ。どうか皇国の地を楽しんでもらいたい」
日本側の訪問者はヒトだけではなかった。日本では妖、フェアリーアイズでは精霊と呼ばれる
人外の者たちも同行していた。豊富なマナを浴びて、彼らは一般の日本人でも認識できるほどくっきりと
姿を現している。
「カッパちゃん、本当にいたなんて、、、ぐふふ、アレを連れていけばいっせんまんえん・・・・」
カッパを見る綾香の目が¥マークになっている。不穏な気を察したカッパも警戒し、座敷わらしの後ろに
隠れてしまう。
「こら綾香! 精霊殿に無礼なことをするでない! 大体日本に戻ったらまた姿は見えなくなるぞ。そう
なったらそなたは詐欺師扱いだ」
「ぐっ、、、、イザベルわかったわよ」
綾香もヴィドと結婚し家計を預かる身になってから、守銭奴ぶりに磨きがかかっているようだ。彼女は
未だカッパを未練がましい目つきで見つめるのであった。
「ゴホン、、、ここで立ち話もなんだから、まずは皇城に入ろうではないか。ささやかだが歓迎の宴も準備
してあるでな」
「うむ、久々の皇国料理、楽しみだな」
こうして、竜騎士久々の里帰りが幕を開けたのであった・・・・