第217話 竜騎士の揺れる想い
「ふむ、とりあえず10枚書いておいたが、これでよいか」
「はい、ありがとうございます。これで我らが聖女様信仰も、ますます盛んになるというものです」
フレル達の帰還の準備が進められている間、イザベルは色紙にサインを書いていた。これはイザベルの
肖像画を購入した者に対して、抽選で10名様に配布するそうだ。なんだか聖女信仰が生臭さを増して
いるようだが、こうした手法も日本の知識を参考にしている。CDに付いている握手券とかその類の・・・・
「ところで、その抽選は公平に行われるのであろうな」
「はい、各国の使節および大司教さま立ち合いのもと、厳正に行われます。王族、貴族、平民関係ありま
せん。もし平民に当たった場合、身分の高い者が無理やり奪おうとしたら厳罰に処せられます。もちろん、
いかなる理由があろうとも転売は禁止です」
「そうか、まあ、後は好きにしてくれ・・・・」
「なんだか、クレアブルに資本主義の悪弊が広まっているようですわ」
「格差って、こうやって生まれていくのですぅ・・・・」
その後、イザベルのサイン目当てで肖像画の売上は記録的なものとなり、王国はホクホク顔であったそうな。
更に肖像画も祈りを捧げていたり、天に剣を掲げていたりと何種類かのバージョンを発売、全種類購入する
マニアも現れ、これがクレアブルで初めて”オタク”という新たな種族が誕生した瞬間であったと、後世の歴史
に伝えられている。
「ふうやれやれ、次にあいつらがくるのは1年後か」
クレアブルに帰還したフレルとルレイを見送ったイザベルは、立ち上がって伸びをする。そして帰ろうとした
時、ふとラミリアが何かを思い出した表情でイザベルに質問した。
「ベルお姉さま、そういえばご同僚の成宮さんとやらは、その後どうなんですか」
「どうって」
「いえ、まだベルお姉さまに言い寄っているのかと」
「お姉さまにケガをさせたくせに、まだ性懲りもなくそんなことしていたら、細胞の一片も残さず焼き尽くして
さしあげるのですぅ」
剣呑な雰囲気の2人に、イザベルは慌てて否定する。
「いやいや、あやつもあの後上司や先輩からこってりと絞られたからな。もうそんな浮ついたことはせずに
公務に励んでおるぞ」
「そうですか。でも以前のお話しではずいぶん頼りなさそうな方のようですが、それで警察官が勤まるもの
でしょうか」
「ははは、それがな、先輩から厳しい指導を受けてずいぶんと刑事らしくなってきたぞ。もう聡と比べるのも
失礼だな」
「「えっ!」」
意外な高評価に、ティワナとラミリアは驚きの声を上げる。しかし更に、イザベルの次の言葉は彼女たちを
驚愕させるものであった。
「以前とは見違えるようにたくましくなってな、この間立てこもりの犯人を確保した時なぞは、私もつい
あやつの横顔に見入ってしまったぞ」
ティワナとラミリアは思わず顔を見合わせてしまった。
「あのー、、、ベルお姉さま、まさかとは思いますがその成宮さんとやらに恋愛感情は・・・・」
「ああー、、、それはないない、しかし同僚としてはずいぶん信頼できるようになってきたぞ。おっと、まだ
仕事があるからな。私は先に失礼する」
そしてイザベルが立ち去った後、ティワナとラミリアは深いため息をついていた。
「ベルお姉さまはああおっしゃっていましたけど・・・・」
「成宮とやらに、ずいぶんと惹かれている様子なのですぅ」
「達夫お父様と良枝お母様の激怒する様が、想像できてしまいますわ。血を見るようなことにならなければ
よいですけど・・・・」
最後に2人は、”なんでダメンズに惹かれてしまうのでしょう”と、先ほどよりも深いため息をつくのであった。
「え、私が移動ですか」
「うん、先方からもぜひイザベルちゃんに来て欲しい、って熱烈なラブコールがあってねえ~」
年も明け、そろそろ九州あたりからは桜の開花のニュースも聞こえてきた頃、イザベルは課長の三木より
移動の内示を受けた。移動先は組織犯罪対策部、これは永野会壊滅のきっかけを作った彼女の手腕が
評価されたものであった。
「GWの特別警戒が終わってから正式に移動となるけど、引継ぎの準備は早めにしといてね」
「はい、わかりました」
「あ、ちょっと待って」
職務に戻ろうとしたイザベルを、三木は呼び止める。
「む、またセクハラをする気なのか。もう容赦せぬぞ」
「違うよ、成宮ちゃんのことなんだけどね」
「コーイチが、何か?」
イザベルに疑念の目で見られる三木、まあ自業自得である。
「彼のこと、イザベルちゃんはどう思っているの」
「どうって、、、まあ弟分のようなものだと・・・・」
前にラミリアからも同じようなことを問われたイザベル、やや不快な表情でそう答えた。
「そうか、でも彼、以前とは見違えるように成長したけどね。最初はイザベルちゃんに認められたいという
不純な動機だったけど、今は刑事としての職責も理解できているよ」
「三木課長、何が言いたいのですか」
「いやさ、イザベルちゃん、本当に成宮ちゃんに弟以上の感情はないの」
苛立ちを含んだイザベルの言葉に、三木はそう答える。
「ありませんね。一体何を根拠にそんなことを。さすがにこうプライベートなことにずけずけと踏み込むことは
いくら課長とはいえ、許せぬぞ」
「いやいや、でも最近のイザベルちゃん、成宮ちゃんのことよく目で追ってるからさあ。もしかしたら無意識
なのかも知れないけど」
「・・・・・・・・・」
三木の指摘にイザベルは沈黙した。確かに、気づけばいつの間にか成宮のことを見つめていることに、
改めて自覚するのであった。
「ま、プライベートなことに踏み込んで悪かったね。でも移動したらもうちょくちょく顔を合わせることもない
からさあ、老婆心ながら自分の気持ちをよく考えてみた方がいいよ。オジサンからのアドバイスだ」
そう言って珍しくセクハラ行為もなく、手をヒラヒラと振りながら退出する三木。イザベルは何とも言えない
複雑な表情でそれを見送るのであった。
「オヤジ、組を解散するって本当ですか!」
「ああ、お前らも永野会の末路は知ってるだろう。もうここらへんが潮時だと思ってな」
気色ばむ男達を前にそう話すのは、永野会に次ぐ日本ではNo2の広域暴力団崋美組のトップ、深山で
あった。彼は以前黒崎や唐野の暗殺をイザベルに阻止され、”教育的指導”を受けた人物だ。
「今の警察、いや国は容赦ねえ。お前らよく考えてみろ。永野会の幹部連中が全員同時に変死するなんざ
有り得るか。オレは国に始末されたと思っているぞ」
沈黙する幹部を前に、深山は続ける。
「俺たちはやりすぎた。昔のように裏社会だけで斬った張ったしているだけならともかく、オレオレ詐欺など
で表に大きな影響を及ぼし過ぎた、てことだ。永野会の次はウチが標的だぜ」
大多数の幹部が深山の意見に賛意を示したが、それに一人だけ反発する者が存在した。華美組傘下の
中でも武闘派な組織、佐々木会の組長だ。華美組が組織の規模では倍以上の永野会と互角に渡り合って
きたのも、佐々木会の存在が大きい。
「深山さん、ウチは解散命令には従えねえ。オレらにも極道の意地がある。まずあんたが弱腰になった
きっかけを作ったあの警視庁のアマ、始末するぜ」
「佐々木のやめとけ、あれは人間じゃねえ。魔女、いや死神だぜ」
「ふん、死神が怖くてこの商売がやってられっかよ。俺たち佐々木会は今日をもってあんたらの傘下から
独立する。後は好きにやらせてもらうぜ」
そう息巻いて会議室を後にする佐々木、それを深山は咎めることもなく見送るのみであった。
「オヤジ、あれだけ言わせといていいんですかい」
「ああ、かまわんよ。佐々木の、忠告はしといてやったぜ・・・・」
この翌日深山は警視庁に組織の解散届を提出した。そして、佐々木会の面々は地下に潜りその牙を
研いでいたのであった。




