第206話 狙われた竜騎士
東京都新宿歌舞伎町、華やかな歓楽街のその裏には、底知れない悪意も潜んでいる。そして、今日も
そんな悪意に囚われた哀れな犠牲者が存在していた。
「いやっ! やめて! 私そんなつもりじゃなかったの!」
「なーにがそんなつもりはなかっただあ、テメエもアバンチュール楽しむ気満々だったじゃねえか」
歓楽街から少し入った所にある半グレ集団のアジト、手錠をかけられた女性が男達に小突かれながら
連行されてきた。広域暴力団ともつながりがある彼らは、こうして度々歓楽街を徘徊する少女を言葉巧み
に自分達のアジトに連れ込み、犯し、ドラック漬けにして売春を強要していた。それは暴力団の資金源
にもなっていたのだ。
「おう、今回はまた上玉だな」
「ええ、仕込めばずいんぶん稼いでくれそうですよ」
「へへ、じゃあその前に”味見”をしなくちゃな」
リーダー格の男は、震える少女を見て舌なめずりする。
「リーダー、後で俺たちにも味見させてくださいよ」
「おう、わかった。じゃあこっちにこい!」
「い、いや、やめてっ!」
少女は必死に抵抗するが、男の力には敵わない。奥の部屋へと引きずり込まれてしまった。閉じられた
ドアの向こうからは、ドッタンバッタンと大きな物音が聞こえる。
「おう、今日のヤツは結構抵抗しているじゃねえか」
「ははは、それぐらいじゃないとこっちもヤル張り合いがないぞ」
「静かになったな。どれどれ、どんな声で鳴いているかな」
男の1人がドアに耳を近づけた時、ドカンと大きな音がして彼はドア諸共壁に叩きつけられた。そして、
部屋の中からゆらりと現れたのは・・・・・
「ふむ、貴様らようやく尻尾を出してくれたな。タダじゃすまさんから、覚悟しろよ」
「て、てめえっ! リーダーはどうした!」
「ああ、あいつなら中で伸びているぞ」
「「「「「「っ!・・・・・・・・・・」」」」」
男達に戦慄が走る。リーダーは荒事ではこの界隈で、無敵といっても過言ではなかった。それを手錠を
かけられたままの少女が伸してしまったのだ。
「おい、、、、テメエ一体何モンだ」
「警視庁捜査一課の者だ。おとなしく法の裁きを受け入れるが良いぞ」
少女の正体はイザベルであった。以前から少女を食い物にしているこの集団の情報を得て、自らを囮に
したのである。
「久々に高校時代の服を着てみたのだが、貴様らが引っかかるようならまだまだイケるな」
「な、十代かと思ったら、刑事のババアだったのかよ!」
「あん、、、こんな可憐な女性にババアとは、何言ってんじゃゴラアァァァァァッ!」
男の言葉にイザベルは激高し、鋼鉄製の手錠の鎖をプチンと引きちぎってしまった。それを見た男たち
の表情は、ゾンビのように真っ青だ。
「不敬罪も追加だ! 覚悟しろ!」
男達の運命は決まった・・・・・
「イザベル、お手柄だったね。暴力団ともつながっている資料も押収できたし、これで捜査も進むわよ」
「いえいえ、任務を全うしただけですよ。つばさ先輩」
1時間後、アジトの前には何台ものパトカーが停まり、警察官が捜査に入っている。売春を強要されていた
少女たちも居場所が分かり次第、順次保護されているとのこと。
「しかし先輩、アレは一体・・・・・」
「む、コーイチよ、ちょっとしたお仕置きをしただけだ。あいつら、人をババア呼ばわりしおって」
コーイチとは、捜査一課に入った新人成宮光一である。一見、イザベルの義弟である聡を大人にしたような、
頼りなさげな外見だが、意外にも優秀な成績だったそうだ。そして、彼の視線の先にあるのは、ズタボロに
されアジトの外壁に逆さ吊りにされた、半グレ集団の男達であった。もちろん全員、局部は潰されている。
「でも、1人で乗り込むなんてずいぶん無茶しますね」
「はっはっは、あんなもん課長のセクハラに比べたら、どうということもないわ」
「そーねー、課長あいつら以上のお仕置きをしても、すぐ復活しちゃうのよ。まるで人外だわ」
そう談笑する2人に、成宮は”は、はあ、そうですか・・・・”と返すことしかできなかった。後日、彼らの裏に
いた暴力団員も芋づる式に捕まり、暴行、人身売買などの罪で死刑や終身刑の判決を受けた。
「組長、若頭が逮捕されました・・・・・」
「そうか、、、、、くそっ! あの警視庁のアマめ!」
そう悪態をついているのは日本最大の広域暴力団永野会の組長、永野である。イザベル達の押収した
資料を元に警視庁の組織犯罪対策部が動き、組織No2の若頭が逮捕されたのだ。いずれ捜査の手が、
自分にも及んでくるのではないかと彼は恐れていた。と同時に、ここまで自分を追い込むきっかけとなった
イザベルに、強い憎悪を抱いていたのである。
「あのアマだけは、生かしちゃおけねえ!」
「しかし組長、ヘタに手を出したら国から消されますぜ・・・・・」
警察は、身内に手を出した者には容赦しない。前に取り締まりの担当者を銃撃した組があったが、そこは
組長から末端の組員に至るまで、この世から忽然と消え去った。一般には報道されていないが、裏社会
では”一線を越えたらこうなるぞ”という国からの警告だと、捉えられている。
「ああ、だから他の手を使う。あいつらには借りを作りたくなかったがな」
永野は、とある組織のトップにコンタクトをとった。
「永野さんが私たちに依頼など、珍しいこともあるものね」
「魏さん、お恥ずかしい話だが俺たちではどうにもならなくてね、、、、あんたのとこの腕ききを借りて始末
したいヤツがいるんだ」
永野が会っているのはチャイニーズマフィアのトップである魏、普段は利権をめぐって対立することもある
のだが、自分の身に捜査が及ばないよう、彼らにイザベルの始末を依頼にしにきたのであった。
「ほう、永野さんが手こずるほどの相手ね、どれどれ・・・・・」
そして、資料に目を通した魏の表情が、険しいものになっていく。
「永野さん、悪いけどこの話は受けられないよ」
「魏さん、それはなぜだ。報酬ははずむぞ」
「お金の問題じゃないよ。この人に手を出したら、死神がやってくるよ。悪いことは言わない。永野さんも
これだけはやめた方がいいよ」
「わかった、、、、あんたらに頼んだのが間違いだったな」
永野は不機嫌を隔そうともせず、魏のオフィスを後にした。その様子を見ていた魏は嘆息する。
「永野さん、警告はしたよ、、、、」
そして彼は、ある番号へと電話をかけた。
「ちっ、魏の野郎怖気づきやがって!」
「死神って、一体なんでしょうね」
「知るか! こうなったらウチであのアマ始末するしかねえ。何かいい案はあるか」
永野は側近たちにイザベル暗殺の案を考えさせる。1人がこんな答えを出した。
「組長、それならそいつの家族を人質にとって、おびき寄せたらどうでしょう。家族を盾にすりゃあ、いくら
腕が立つといっても手も足もでませんて」
「お、そりゃいいな。おい新倉、さっそくあのアマの家族のこと調べてこい」
「はい、くみちょ、、、、」
だが、新倉の返事はそれ以上続かなかった。なぜなら、彼の首は胴体から離れてしまったからだ。
「なっ! 一体どうした! 殴り込みか!」
永野の問いに答えるものはいなかった。彼らは新倉同様、首と胴体が離れてしまったのである。その
代わりに、黒づくめの者たちかどこからともなくするりと姿を現した。
「うふふ、死神が参上したわよ。永野さん」
「えっ!」
突然の出来事に、永野も絶句してしまう。そんな彼を、死神の冷たい目が見据える。
「それじゃあ、お休みなさいね。いい夢を」
「はっ、、、、」
永野の疑問は続かなかった。彼もまた側近と同じ運命をたどってしまったのである。
「あの子の暗殺をあきらめていれば、警告だけで済ませてあげたものを。おバカさんね~」
死神はそう呟くと、配下の眷属とともに再び闇の中にその姿を消した。