第200話 竜騎士、刑事になる
”パンっ!”
射撃練習場内に、乾いた銃声が鳴り響く。銃弾は的をはずしてしまったのだが、周囲からはなぜか拍手
が沸き起こるのであった。
「鈴木君、よくやったな! 弾が前に飛んだぞ!」
「うう、、、、これも教官殿の指導のおかげです」
弾んだ声の教官に、涙交じりの声で答えるイザベル。彼女は教官たちの指導の甲斐あって、ようやく弾が
前に飛ぶようになったのだ。本当に大変であった。イザベルの指導にあたる教官たちは、遺書をしたためて
家族と水杯を交わし、さながら死地に向かう特攻隊員のごとく、射撃練習場に向かったのである。
「ぐす、鈴木さん良かったね・・・・」
「本当に、よく頑張ったよ」
周囲の学生たちも、感動の涙を流しながらこの歴史的な光景をみつめていた。冷静に考えれば銃弾が
前に飛ぶのは当たり前の話なのだが、この場でそれにツッコミを入れられる者は存在しなかった・・・・
「確か、今日から姫さんも警視庁に配属されるんだったな」
「はい、警察学校でも極めて優秀(射撃除く)な成績だったそうで、警視庁でも期待しているそうですよ」
昼下がりの首相官邸、吾妻と斉木がイザベルのことを話題にしている。
「配属先は、捜査1課だったよな」
警視庁捜査1課、殺人や強盗など荒事専門の部署である。警視庁としてはイザベルにここで経験を積ま
せてから、組織犯罪対策部に配属させる意向らしい。
「この間本人に会った時、すごい張り切ってましたよ。”悪は全て殲滅する”って・・・・」
「斉木君、大丈夫だろうね・・・・」
「?、まあイザベルさんの腕前なら、凶悪犯相手でも問題ないでしょう。なにしろ北の特殊部隊でも相手に
ならなかったくらいですから」
斉木は吾妻の懸念に首をひねりながら答える。だが、吾妻が心配していたのはイザベルの方ではなかった。
「いや、姫さんなら大抵の凶悪犯は大丈夫だろう。問題は、裁判前に容疑者の首はねないか、とね・・・・」
「あっ・・・・・」
そこで斉木の吾妻の懸念に思い当たってしまった。以前フレルからも、イザベルがクレアブルで闇ギルドや
魔王軍相手に無双していたことは聞いている。
「ま、まあ、チャイニーズマフィアや北の時も、殺さないように手加減していたそうですから、大丈夫でしょう。
うん、大丈夫ですね」
「斉木君、自分に言い聞かせているようだぞ・・・・・」
吾妻と斉木は、イザベルがいきなり”悪・即・斬”を実行しないよう、普段信じてもいない神仏に祈るので
あった・・・・・
「三木課長、今日ですね新人が入ってくるのは」
「そうだねえ、なんでも異世界出身の騎士サマらしいね~」
そう机でパチンパチンと爪切りをしながら、部下と話しているのは警視庁捜査1課の課長、三木である。
ノンキャリアながら数々の難事件を解決に導き、実力で課長にまでなった叩き上げだ。
「騎士だかなんだか知りませんが、いっちょここの流儀というのを教えてやらないけませんなあ」
「ははは、あんまりやりすぎるとパワハラって言われるよ」
「その程度でつぶれるようなら、ここは勤まりませんよ」
そう談笑する捜査1課の面々、いずれも一般人が見たら、”その筋の人ですか”と思ってしまうコワモテ
揃いである。さすがは凶悪犯専門の部署だ。
「そーゆーことで、つばさちゃ~ん、後輩の面倒はまず君にまかせるよ」
「はい課長、ところで、”ちゃん”呼びはともかく私のお尻を触りながら指示を出すのは、セクハラだともう
何度となくお話しいたしましたよね」
「い、いぎぎぎ、、、、そう上司の首をナチュラルに締めるのもパワハラ、、、いや殺人未遂でないかい!」
「正当防衛です」
そうしれっと三木のセクハラを流したのは真野つばさ、捜査1課の紅一点である。彼女もまた空手三段、
合気道四段、剣道三段の猛者であった。ただし、もはやアラサーに近づいているというのに、彼氏のか
の字もないのが密かに悩みだったりする。
「ゴホっ、、そんなことしてるから男が、いやっ、なんでもありませんマム!」
「うふふ、三木課長、身内から犯罪者出したいのですか」
真野はいきなり三木のこめかみに拳銃を突きつけながら微笑んでいる。あれはマジな目だ。三木は慌てて
許しを乞う。周囲はそんないつものやり取りを苦笑しながらながめている。何ともなごやかな職場のようだ。
「はは、それより課長、そろそろ新人さんがくる時間で、、、えっ!」
「うっ、なんだこの殺気は!」
「ちょっとみんな! 警戒して!」
さすがは荒事専門の部署の面々だ。尋常でない殺気を感じて即座に警戒態勢をとる。ほどなくして、その
殺気の主が姿を現した。
「初めまして! この度警視庁捜査1課配属を命ぜられた鈴木イザベルです!」
気合が入り過ぎたあまり、つい戦場と同じ威圧を放ってしまったイザベルが、捜査1課のドアをくぐった。この
日から彼女の刑事ライフが始まったのである。
あまりの暑さに夏バテ気味です。今年はこれまでの常識が通用しない
暑さですので、皆様もご自愛ください・・・・