第195話 竜騎士の卒業旅行その7(後日譚)
「うう、、、イザベルさん、綾香さん、また会いましょうね」
「ああ、麗華も息災でな」
「また一緒にパンダ見に行こうね」
こうして上海の空港で別れを惜しんでいるのは、イザベルと綾香、麗華のご一行である。思う存分パンダ
と触れ合った彼女たちはその後、成都から飛行機で上海に戻り一泊、そして今日は日本に帰国すること
になっているのだった。
「お二人とも、またぜひ中国にいらしてくださいね」
「うむ、秦殿にも大変お世話になったな。このイザベル礼を言うぞ」
本当に、夜行列車の中で泥酔した綾香と麗華の対応と、彼女にもずいぶんお世話になったものだ。
「では、再見!」
「イザベルさん、綾香さん、一路平安!」
そしてイザベルと綾香は出国ゲートの中へと入っていった。
「はい、これは機内には持ち込めませんよ」
「ええっー! どうしてなのよぉぉぉぉぉっ!」
「機内に勝手に液体は持ち込めませんので。これは没収です」
出国時での検査でも一悶着あった。綾香が密かに購入していた白酒が引っかかったのだ。例の
同時多発テロ以降、機内への液体物の持ち込みは厳しく制限されているのである。
「綾香よ、、、、そなた本当に懲りない女だな」
「うう、、、仕方がないわ、高いけど空港のお店で・・・・・」
「ダメだ。達夫とーさんと良枝かーさんからも、もうそなたに酒は飲ますなときつく言われておるからな。まあ、
パンダグッズで我慢しろ」
「そ、そんな殺生な!」
イザベルの断罪に、空港内で綾香はリアルorz姿勢となってしまった。他の乗客が何事かと見ているので、
本当にやめて欲しい。
「ふう、やれやれやっと日本に着いたな」
「ええ、おかーさん達も出迎えに来ているわね」
緊張のあまり機内食もロクに喉を通らなかったイザベルと、CAに酒を頼もうとしてはイザベルに止められ
ていた綾香、2人の珍道中もようやく終わりを告げようとしていた。
「イザベルさん、綾香さん、お帰りなさい。中国はどうでしたか」
「む、斉木殿も迎えに来てくれたのか」
「ええ、、、鳳グループの招待とはいえ、いろいろ因縁のあった国ですからねえ。吾妻首相も心配していた
のですよ」
中国も広い国である。中央の統制もあまり効かない所も存在しているので、吾妻や斉木も万が一を心配
していたそうだ。
「ところで、中国旅行や楽しめましたか」
「その事なのだが、私は竜騎士として、この旅行で真の使命に目覚めたのだ」
「・・・・・イザベルさん、なんか嫌な予感しかしないのですけれど」
さすが斉木の予感は的中した。
「うむ、私は中国のパンダ保護研究センターに就職するぞ。残りの人生はパンダと共に過ごすのだ!」
「そーねー、私も内定辞退するわ。麗華さんも後押ししてくれるって言ってたし」
「ちょっとおぉぉぉぉぉっ! 2人とも一体何言ってるんですかあぁぁぁぁぁっ!」
成田空港に斉木の叫びが木霊する。良枝や聡、ラミリアもあっけにとられた表情だ。相変わらずパープー
で賑やかな2人である。
中華人民共和国 上海
およそ人間世界に存在するありとあらゆる欲望が渦巻くこの魔都で、今、余人の目の届かぬ場所である
弾劾裁判が行われようとしていた。
「同志麗華、なぜこの場に呼ばれたか、あなたは理解していますか」
「はい・・・・・」
中国政府当局が躍起になって追っている腐った組織、”鋼鉄の乙女”のアジトでは、麗華がまるでKKKの
ようなコスプレをした幹部達の前で、小さくなって座っていた。
「同志麗華、あなたはせっかく異世界の竜騎士としばらく一緒に過ごしながら、何ら萌えネタを掴むことが
できませんでした。その理由も酒に飲まれてしまったためだとは、、、、恥を知りなさい!」
「でも、でも、それは綾香さんが無理やりに!」
「言い訳は聞きません。そのことについては証人がおります」
「っ!」
麗華は現れた証人を見て絶句してしまった。その人物は、一行のガイドを勤めた秦だったのである。
「秦さん、あなたまさか、、、、、」
「うふふ、麗華お嬢様、私も”鋼鉄の乙女”会員なのですよ」
同行している間、そんな様子は微塵も感じさせなかった秦、その擬態スキルは麗華をも上回るもので
あった。
「同志秦、先ほど同志麗華は無理やりお酒を飲まされたと話していましたが、それは事実ですか」
「はい、初日はそうでしたが、夜行列車の中では自ら進んで白酒にビールなどを混ぜ、飲まれておりました」
秦の証言で、徐々に麗華の偽証が明らかにされていく。
「パンダ幼稚園では、”この世にこんな萌えが存在しているとは”、との発言もございました。麗華お嬢様
がBL、GL以上の萌えを、パンダに感じていたのは間違いございません」
「よくわかりました。証人は退室してください」
秦が下がった後、幹部達は麗華に断罪を下す。
「同志麗華、あなたは我らの崇高な使命を酒でつぶし、パンダに心変わりし、あまつさえそれを偽証して
いました。これは”鋼鉄の乙女”に対する重大な裏切り行為です」
「そうだ! 裏切り者に罰を!」
「罰を与えよ!」
周囲の断罪ムードに、麗華の顔は真っ青だ。しかし、そんな彼女に救いの手が差し伸べられたのである。
「まあまあ、皆さんそういきり立つものじゃありませんよ」
「ゴッドマザー!」
「おお、我らが偉大なる舵取りゴッドマザー!」
そう呼ばれる人物、”鋼鉄の乙女”の首領らしい。仮面を被っているが、声の調子から初老の女性のようだ。
「同志麗華、今回のあなたの行為は許しがたいことです。しかしあなたはまだ若い、若さゆえの過ちを即座に
弾劾することは、忍び難いことです。今回は特別に不問とすることにいたしましょう」
「おお、こんな私の大罪をお許しいただけるのですか」
「ええ、この事を糧として、組織の一員として貢献してくださいね。あなたには期待していますよ」
「ははっ! この麗華、生涯”鋼鉄の乙女”に尽くすこと、ここに誓います」
慈愛に満ちたゴッドマザーの言葉に、麗華は感激の涙を流しながら組織への忠誠を誓うのであった。
「ゴッドマザー、同志麗華への処置、少々甘くありませんか」
「ええ、本来なら最低でも通常会員への降格が妥当かと」
麗華が退室したあと、幹部たちは麗華への処遇が甘いのではないかと疑問を呈する。それにゴッドマザー
と呼ばれる女性は、先ほどとは一転し冷徹な口調で答える。
「あなたたち、同志麗華はあの鳳グループの跡取りなのよ。彼女の伝手は、我々の悲願達成に向けて
大きな力になるわ」
「我々の悲願、13億の人民を、、、、、」
「そう、13億の人民を萌え死にさせる、我らの悲願達成のために彼女は必要なコマだわ」
「さすがはゴッドマザー”文玉”、我ら一同その悲願達成のために全力を尽くします!」
何と、”鋼鉄の乙女”首領の正体は、隆主席の妻文玉であった。すでに中南海の最高権力の隣りまで、
腐臭は及んでいたのである。
本当に、腐ってやがる・・・・・
筆者は中国の国内線で、ウォッカを機内に持ち込もうとして没収されていた
ロシア人を目撃しました。
あれは可燃物扱いですからねえ・・・・