第194話 竜騎士の卒業旅行その6(もふもふパラダイス)
翌朝、早めに朝食を済ませたイザベル一行は、鳳グループのチャーターしたマイクロバスに乗り、成都
郊外にあるパンダ研究保護センターへと向かった。
「いよいよ、長年の夢がかなうな」
「イザベルさん、あちらの世界ではパンダはいなかったのですか」
「ああそうだ、パンダの存在を知っただけでも、この世界に来た甲斐があったぞ」
イザベルと麗華は、これから出会う愛らしい生物への期待で、わくわくドキドキ状態であった。その一方、
禁酒状態の綾香は・・・・・
「うう、、、ああ、、、お願い、酒を、酒をちょうだい・・・・」
麻薬中毒患者のごとく、アルコールの禁断症状に苦しんでいた。
「ああ、屋根から大量のムカデが・・・・・」
「やめんかあぁぁぁぁぁぁっ!」
幻覚症状まで現れているようで、もはや末期状態だ。
「イザベル、お酒を飲めばこれは納まるのよ」
「そうか、では仕方がないな」
はあっ、とため息をつくイザベル、綾香はついにお酒が呑めるのかと、期待に満ち溢れた目をしている。
「バインドっ」
「うっ、ぐむむむっ・・・・・・」
イザベルは、拘束魔法で綾香をがんじがらめにした。かつてフェンリルの王ジークリフトをも拘束した術式
だ。さすがの綾香も身動きがとれなくなってしまった。
「まあ、酒が完全に抜けるまでこの状態でいろ。本当に肝臓やられて早死にするぞ」
「ぐ、ぐもももおぉぉぉっ!(おにー、あくまー)」
こうして、静かになったマイクロバスはただひたすらに、パンダ保護研究センターへと向かっていった・・・・・
「やれやれ、ようやく憧れの地へと到着したな」
「ぐもももおっ!」
「あのー、綾香さんもそろそろ拘束を解いた方が・・・・・」
「甘いぞ麗華、こやつの酒に対する執念は邪神以上だ。パンダを目の前にするまでこのままにするぞ」
イザベルは拘束状態の綾香を引きずったまま、センターへと入場した。ここは四川の山奥の環境を再現
しており、野生に近い状態でパンダを飼育している。イザベルもごろごろまったりと過ごしているパンダを
見て、すっかりご満悦の表情だ。
「ハァハァ、、、パンダ可愛い・・・・」
「イザベルさん、なんか危ない人みたいですよ・・・・・」
「ぐもももおっ!」
パンダを見て怪しい目つきになったイザベルと未だ拘束されたままの綾香、そして呆れ顔の麗華といった
一行を、秦は苦笑しながらセンター内を案内していく。
「はい、ここがパンダ幼稚園ですよ」
「おお、これはっ!」
「か、カワイイっ!」
「これは、予想以上ですね・・・・・」
イザベルたちの目の前では、子パンダたちがコロコロと遊び回っている。その愛らしさに彼女たちの目は
釘付けだ。子パンダとツーショットの写真が撮れるのがここのウリなのだが、今回は鳳グループの伝手を
利用して、更に素晴らしいイベントが待っていたのだ。
「はい、それでは10分間だけ子パンダたちと触れ合えますよ。それ以上はストレスになるので、時間厳守
でお願いいたしますね」
なんと、子パンダを10分間だけもふれるという、権利を得たのであった。
「今、確信したぞ、、、私の生涯はこの一瞬のためにあったのだ。光の神よ、感謝いたします(号泣)」
「ああ、、、もうお酒もオトコもいらないわ。パンダちゃんがいればそれでいい!」
「まさか、この世にこんな萌えが存在していようとは、、、、この麗華一生の不覚」
許された時間内、彼女たちは子パンダを一心不乱にもふもふしている。”キュイ”と小首を傾げながら気持ち
良さそうにしている子パンダを抱いたイザベルは、これまでの人生の中で最高の笑顔になっていたのだ。
「うう、、、楽しい時はあっという間に過ぎてしまうものよのう・・・・・」
「子パンダちゃん、また遊ぼうね。I shall return!」
至福の時間は過ぎ、イザベルたちは名残をものすごく惜しみながら、子パンダたちに別れを告げたの
であった。綾香もすっかり酒のことは頭から抜け落ち、某マッカーサーのようなセリフを吐いている。
「うむ、綾香よ私は決めたぞ」
「イザベル決めたって、何を」
「ああ、この研究センターに就職することにしたぞ。警察は辞退しよう。今後の余生はパンダとともに暮らす
のだ!」
「あら、私も内定辞退して、こちらに就職活動しようかしら」
「お二人がその気なら、鳳グループも後押しいたしますよ」
こんな話で盛り上がる帰りの車中、後にこれを聞いた吾妻と斉木が仰天して、何とか翻意するよう説得に
苦労するのだが、それはまた別の話である。
「ところで、帰りは飛行機なのか、、、、」
「そうよ、もうスケジュール厳しいんだから、覚悟決めてちょうだいね」
さすがに帰りも夜行列車では日数がかかりすぎるので、成都から上海までは飛行機利用だ。楽しい時間
の後には必ず憂鬱な時間がやってくる。イザベルは子パンダと触れ合っていた時とは正反対の、まるで
お通夜のような表情になってしまうのであった・・・・・