第189話 竜騎士の卒業旅行その1
「首相、それでは日本は金を出す気はない、ということですかな!」
「その通りです大使、貴国と以前に結んだ約束も反古にされた状況で資金を提供することは、国民の納得
も得られないでしょう」
某日の日本国首相官邸では、某南の国大使と吾妻の会談が行われていた。崩壊した北の立て直しに
多額の資金が必要なことに気づいた南は、日本に金の無心にやってきたのである。はっきりいうが借金
ではない。本当にせびりに来たのである。横でそのやり取りを聞いていた斉木も、さすがにうんざりした
表情だ。
「ふん、日本がこれまで我が民族にしてきたことを思えば、金を出すのは当然ではないか!」
「それも、貴国や中国の意を受けた新聞社が、故意に流したフェイクニュースだったということは、すでに
世界中で周知の事実ではありませんか」
結局、激高した南の大使は”このチョッ○リ共め、覚えていろよ”と、およそ外交常識どころか世間の常識
すらわきまえていないような、差別用語を捨てゼリフのように言い放ち官邸を後にした。
「斉木君、今のは録音しているか」
「はい、今日の夕方には公開し、彼には好ましからず人物として日本国外への退去を命じます」
こうして、追放された南の大使は暴言の動かぬ証拠もあってあちらの外務省を罷免されたのであるが、
国民の間からは、
”あのチョッ○リ共に、よくぞ言ってくれた!”
との称賛の声が高まり、ある財閥企業の顧問として目出度く天下りを果たしたのであった・・・・・
「吾妻殿、確か少し前に神奈川のどっかで”南の人間は差別主義者だ”とかいう落書きがあって、ヘイトだ
と大騒ぎした新聞があったな」
「ああ、姫さんその通りだ」
「あの新聞今度は、”苦言を呈した大使を追放するとは。今の政府は聞く耳を持たないのか”うんぬんと
書いておったが、日本の民の意見は全てヘイトで、あちらの方は侮辱ですら拝聴に値する意見になって
しまうのか、なんとも不思議な思考であることよのう」
異世界人であるイザベルの素朴な疑問に、吾妻や斉木も顔を俯けてしまう。極端なまでの自虐思考、
第二次大戦後の日本が陥ってしまった最大の悪弊である。もっとも、明治維新後の日本もこれまで自分
達が築き上げてきた文化を欧米と比べ、
”無知と迷信に固められたシロモノ”
として捨ててしまった歴史があるので、これは日本人の持つ宿痾かも知れない。
「まあ、その話はさておいてだな、姫さんも来年は警察官だな。これはささやかだが、私と斉木君からの
お祝いだよ」
「お二人の心遣い、感謝するぞ」
そう、イザベルは来年から目出度くキャリアとして、警視庁への入庁が決まったのである。試験結果は
過去最高に近い優秀な成績だったそうだ。普段がアレなのでなかなか想像がつかないのだが、彼女も
IQ200を誇る俊英なのであった。
「ところで、来月には綾香さんと卒業旅行に出かける予定なんですよね」
「うむ、斉木殿、年明けにいろいろ準備せねばならぬからな。年内に行くことにしたぞ」
綾香も大手企業への総合職が内定している。ということで、彼女達も人並みに卒業旅行と洒落込むこと
にしたのであるが・・・・・
「でも、行き先が中国なんて、よく決断しましたねえ、、、、、」
斉木の言う通り、イザベルと綾香は卒業旅行の行き先に、因縁浅からぬ中国を選択したのであった。
「・・・・・まあ、麗華からもずいぶんお誘いがあったからな」
「鳳グループの招待ならば大丈夫だとは思いますが、くれぐれも気は抜かないでくださいね」
「うむ、承知した」
高校時代のクラスメートだった鳳麗華、彼女の”ぜひ、私の祖国を見てください”との熱烈なお誘いもさる
ことながら、費用は全て鳳グループ持ち、ということで中国行を決めたのであった。
「中国じゃ、空港や駅で写真撮ってたらスパイ扱いされることもあるからな。十分気をつけてくれよ」
吾妻も斉木の言葉に補足する。実際中国では空港や鉄道は軍事施設と同等の扱いだ。鉄橋やトンネル
などにはトーチカがあり、日本からSLの撮影にきて、銃口を向けられたという話もあるくらいだ。
「そのあたりは私も知っているから、うっかりカメラを向けないようにはするぞ」
一見開放が進んでいるように見えて、その実は共産党一党独裁は堅持しているのが中国だ。時々日本
国内と同じ感覚でいて、拘束される観光客も少なくない。吾妻と斉木の心配は尽きないのであった。
「まあ、あんたも中国とはずいぶんやり合っていたからね。吾妻さんや斉木さんの心配もわかるわよ」
「それより、達夫とーさんと良枝かーさんの方が、、、、」
「・・・・・・2人とも、目が怖かったわよねえ、、、、、」
出発前日、準備をしていたイザベルと綾香が、思わず遠い目をしてしまう。達夫と良枝は2人を心配して、
「うふふ、ベルちゃんとアヤちゃんに何かあったら、中国更地にしちゃおうかしら~」
「良枝、それじゃまだ甘すぎるぞ。この地球上から痕跡すらなくしてやるからな」
本気と書いてマジと呼ぶ。イザベルと綾香は、穏やかな旅になることを心から願うのであった・・・・・
「ところで、やはり飛行機に乗らねばいかんのか・・・・・」
「あったりまえでしょ。4時間くらいで着いちゃうのよ」
イザベルの飛行機への苦手意識は、未だ直っていなかった。中国国内でのトラブル以前に、まず彼女は
無事向こうにたどり着けるのだろうか。こうして、竜騎士初の海外旅行は始まったのである。