第186話 竜騎士、天に還る
「殿! 今なんとおっしゃられたのですかっ!」
「聞こえなかったのか、薩長に降伏する、と申したのだ」
「「「「「っ!・・・・・・・」」」」」
容保の敗北宣言に、居並ぶ家臣たちは絶句する。
「殿、我らはまだまだ戦えます! 必ずや薩長を打ち破り大義を貫いてみせましょうぞ!」
しかし、容保は家臣の言葉に静かに首を横に振った。
「そなたの目は節穴か、城の者たちがどうなっているのか、見えておらんのか。城内だけではないぞ。
長引く戦で市井の者たちも苦しんでおる。わしはこれ以上民に苦しみを味わせたくはない」
この言葉に、いきり立っていた家臣たちも一様に静かになってしまった。戦争のための重税で、すでに
民心は会津藩を離れてしまっている。中には新政府軍側につく領民も少なからず存在していたのだ。
これでは戦に勝てるはずもない。
「和議のための使者を、送る手筈を整えよ。繰り返すがこれは藩命である。皆の者よいな!」
「「「「「ははっ!」」」」」
降伏のための使者が新政府軍本陣に向かっていった。向こうの要求は間違いなく容保の首であろう。
すでに彼も覚悟は決めていた。そして、容保はイザベルたちの今後の処遇について、話を続けた。
「龍神殿、巫女殿、そなたたちがこれまで会津に尽くしてくれたこと、この容保言葉にできぬほど感謝
しておるぞ」
「容保殿、気にしないでくれ。私が自ら望んでやったことだ」
「それで、そなたらの今後だが・・・・・」
容保はイザベルとヴィドに、今のうちに会津を脱出して箱館に向かうよう提案した。
「幸いそなたらの容貌は西洋人と変わらぬ。箱館から外国に向かえば、さすがの薩長めらも追っては
こまい。些少だが、路銀も準備してあるぞ」
容保は城内の金子を全てかき集めて、イザベルたちに渡す算段であった。だが、彼女はこの提案に思案
する。そして、逆に容保に質問した。
「ふむ、それで降伏した後、容保殿はなんとするのだ」
「薩長はさぞかし会津を恨んでおるからな。まあ、わしの首一つで済めば不満はないぞ」
家臣たちから無念のすすり泣きが聞こえる。だが、イザベルはそれに不満そうな表情だ。
「うーむ、、、、それでは釣り合いが取れぬではないか。それなら相手の大将首も差し出してもらわなけれ
ば、五分五分とは言えぬではないか」
「巫女殿、一体何を考えておる・・・・・」
容保は言い知れぬ不安に襲われた。イザベルの表情、あれはロクでもないことを考えている顔つきだ。
そしてそれは、見事に当たってしまうのだ。
「なに、箱館に手ぶらで行くのも失礼だからな。手土産に総大将の首を持っていくぞ」
「巫女殿、会津は降伏すると・・・・・」
「ああ、私は会津とは関係ないからな。これは全くの私闘、容保殿の責任ではないぞ」
イザベルの言葉に容保は嘆息した。もはやどんな物言いも、彼女の決意を翻すことはできないだろう。
そうして城外に向かうイザベルとヴィドに、八重がスペンサー銃を構えてついていこうとする。
「八重殿、何をする気なのだ」
「はい、私もお供いたしま、、、、ぐっ!」
イザベルは八重に軽い雷撃の術式を放つ。スタンガンと同様の効果があるものだ。
「巫女さま、一体何を・・・・・」
「そなたは会津、いや、戦で荒れ果てたこの国に必要な者ぞ。簡単に死んでは皆が困るではないか」
そして容保の方に向き直り、
「容保殿もだ。そなたにはこの会津を復興させる責任がある。死んで楽をしようなぞ思うなよ!」
「ははは、これは手厳しいことを、、、、そうだな、生きることは死ぬよりつらいか・・・・・」
容保は去っていくイザベルとヴィドの後ろ姿を見送りながら、呟く。
「真の武士は、我らでなく巫女殿であったか・・・・・」
城外に出たイザベルとヴィドは、新政府軍の兵士がうようよしている中、悠然と本陣に歩を進める。
「あ、あれは龍神とその巫女っ!」
「何しに現れたんじゃ」
どよめく新政府軍の兵士たち、しかし彼女らはまるで無人の野を行くがごとく、彼らを歯牙にもかけようと
しない。兵士たちもその気に押され、ただただ2人を見送ることしかできなかった。
「やあお二人さん、久しぶりじゃな。一体どこに行くつもりなんか」
「おお、村田殿ではないか。いや箱館に行くことにしたのだが、手ぶらでは失礼かと思ってな。そちらの
総大将の首、手土産に持っていくことにしたぞ」
「ぶわっはっはっはっ! まさかとは思ったが、本気でやる気じゃな」
立ちはだかる村田の問いに答えるイザベル、それを聞いた村田は腹を抱えて爆笑してしまった。それに
イザベルは口を尖らせてしまう。
「むう、そんなに笑うことはないだろう」
「いや、失礼した。しかしこれだけの兵に囲まれとるというに、たいした胆力じゃ。だが、こちらもそう簡単
に、大将首渡すことはできんのう」
「では、この前の決着をつけるとするか」
双方の纏う気が変わる。先に仕掛けたのは村田だ。これまで相対した示現流の使い手とは違い無言で、
しかし誰よりも鋭い剣先でイザベルに斬りかかる。
「もらっ、、、くっ!」
「おっと、これを避けるとは、さすが龍神の巫女じゃのう」
一撃に賭ける示現流の使い手は、二の太刀がおろそかになりがちだ。これまでイザベルもこの隙をついて
いたのだが、村田の二の太刀は全くタイムラグを感じさせない鋭さであった。一旦距離をとったイザベルは、
村田に問いかける。
「一つ聞きたいことがあるのだが、よいか」
「ああ、わしに答えられることならばな」
「なぜ、そなたらは同じ国の民同士で争っておるのだ。外国の脅威もあるのだろう。それが私には不思議
でな」
これは内戦を経験したことのない彼女の、素朴な疑問であった。村田は一瞬表情を歪めながらも、その
問いに答える。
「巫女さんも、今この国が欧米列強の脅威にさらされとることは知っておるな。だが、徳川、会津の考えとる
国では、列強に対抗できん。身分にかかわらず広く人材を募り、産業を興し、富国強兵の道を進むことこそ、
日本が植民地にならぬ唯一の策じゃ」
「それが、武士という身分をなくすことになってもか」
「・・・・・ああ、そうじゃ、こん国の未来のためならば、身分なぞ廃止してもかまわん!」
村田の言葉を聞いたイザベルは、ふっと微笑んだ。
「そうか、そなたらも、そなたらの大義によって戦っているのだな」
「戯言はここまでじゃ、いくぞ!」
再び斬り合いを始めるイザベルと村田新八、しかし、村田の体格を生かした剛の剣を前に、イザベルが
次第に競り負ける場面も出てきたのである。
「巫女さん、避けとるだけじゃわしは斬れんぞ!」
「くうっ!」
イザベルの膂力が落ちてきた瞬間を、村田は見逃さなかった。彼は全身全霊の剣を、イザベルに撃ち
こんだ。
”キィン!”
「な、この剣を受けただと! どこにそんな力が」
村田の驚愕は更に深まる。イザベルは剣を受けただけでなく、彼を上回る膂力をもってその剣をはじき
飛ばしたのであった。
「くうっ、、、、」
「勝負、あったな・・・・・」
村田は脇差を抜こうとしたが、それより早くオリハルコンの聖剣”ガレル”が彼の首筋に当てられた。一瞬
でも動こうとすれば、その首はたやすく落とされるだろう。
「まさか、わしに力でも勝るとはなあ」
「とっておきは、最後に出すものだ」
そういうイザベルも、玉のような汗をかいている。彼女にとってもこれは賭けだったのだ。村田は脇差を
鞘に戻すと、地面にどっかとあぐらをかいて座り込んだ。
「わっははははっ! いやあ参った参った、わしの負けじゃ、さあ、この首持っていけ」
そう笑う村田には、すでに先ほどまでのヒリヒリするような殺気はない。イザベルもそれまで彼の首に
当てていた聖剣”ガレル”を引き上げる。
「本当に、かまわぬのか」
「ああ、武士として勝負をし、死ねるのだから本望じゃ。ささ、スパッとやってくれい」
そう話す村田の目には、何の曇りもない。全てを出しきってすっかり満足した表情だ。イザベルが黙って
ガレルを振り上げたその時、
「村田さん! すぐにそこを離れるんじゃっ!」
板垣率いる100人ほどの部隊が、イザベルの前に現れた。全員小銃で武装し、念の入ったことにガトリング
砲まで持ち出してきている。
「おお、板垣さんか。いやあ面目ないところを見せてしまったのう。今、巫女さんに首をやるからおんしの
用はそれからにしてくれるか」
「村田さん、何勝手に死ぬ気でおるんじゃ! あんたはこれからの日本に必要な人材じゃ。すぐその場を
離れんかあっ!」
イザベルは、彼らのやり取りを最初はきょとんとした表情で、やがて笑みを浮かべて聞いていた。
”全く、こいつらも頑固者だな”
村田などはいつの間にかイザベルを守るように、両手を広げて新政府軍の前に立ちはだかったのだ。
「どうしてもというなら、このわしを先に撃ていっ、、、、ぐっ!」
「村田さんっ! 貴様何をした!」
「心配するな、少し動けなくなるだけだ」
イザベルは八重と同じように、村田に軽い雷撃を放ったのだ。
「巫女さん、なぜわしの首を取らぬ、、、、」
「そなたはまだ、この国に必要なのだろう。ヴィドよ、こやつを安全なところに運んでくれ」
村田を家の陰に移すと、イザベルとヴィドは板垣たちに向かって歩き出した。
「すまぬなヴィド、付き合せてしまって」
「気にするな、そなたのおかげでなかなか愉快な人生、いや竜生であったぞ」
そう笑い合いながら進む2人に、板垣は必死の表情で降伏を呼びかける。
「2人とも降伏せい! 命は保証するぞ!」
しかしイザベルとヴィドは、その歩みを止めようとはしない。
「板垣さん、これ以上近づけたら味方に大きな被害がでます!」
「やむを得んか、、、、撃てぃっ!」
板垣の号令で、100丁あまりのスナイドル銃とガトリング砲が火を噴いた。絶対にはずすことのない距離
だ。もうもうと立ち込める硝煙が晴れた時、そこには無残に蜂の巣にされた2人の躯があるはずだった。
「あ、あれ、、、、2人ともどこにいった?」
「板垣さん、あれを見てください!」
兵士の1人が空を指差した。その先には、2つの光球が天に昇っていくのが見えたのだ。その光景を板垣
たちは呆然として眺めることしかできなかった。そしてそれは、鶴ヶ城からも確認できたのだ。
「あの光は、、、、」
「龍神さまと巫女さまが、天に還られたのですね・・・・・」
八重はその光を、涙を流しながら見送った。光が見えなくなった後も、いつまでもいつまでも・・・・・
この翌日、会津藩は新政府軍に降伏、1か月以上に渡る籠城戦は終わりを告げたのである。
幕末タイムスリップ編、次回エピローグで終わりです。