第182話 会津炎上
「いかんいかん! そなたらの参戦は一切認められんぞ!」
「容保殿なぜだ。私とヴィドの力があれば、薩長とやらを退けることできようぞ!」
白虎隊を見送った後、鶴ヶ城に戻ったイザベルは容保に、参戦の許可を願い出たのだが、それは容保に
頑なに拒否された。互いにヒートアップする2人を、八重やヴィド、周囲の家臣たちはハラハラしながら見て
いたのである。会津武士以上に頑固なイザベルの態度に、容保は”ふう”と息を吐くと、有無を言わせぬ
口調で最終決定を言い渡した。
「とにかく、これは我らの戦なのだ。”一切関係のない”そなたらの出陣を認めるわけにはいかん。ああ、
それから龍神殿と巫女殿の逗留は今日までとする。すぐに会津を出て、他の地へ向かうがよいぞ」
「なっ、それはどういうことだ。そのような命に従う道理はないぞ!」
「くどいぞ巫女殿、これは藩命である!」
そして容保は、傍らの家臣に当座の路銀などを用意するよう指示を出した。イザベルのこぶしは固く握り
しめられ、今にも血がしたたり落ちそうであった。
「巫女さま、殿のご指示に従ってください」
「八重殿、しかし・・・・」
言葉を続けようとするイザベルを、八重はかぶりを振って遮った。
「これは会津の戦です。殿はお二人をそれに巻き込みたくないのですよ」
長岡と二本松が墜ち、すでに列藩同盟側の敗色は濃厚であることは容保も理解している。これから行う
戦はもはや会津の意地を見せるだけのものだ。そんな負け戦に無関係のイザベルとヴィドを関わらせる
わけにはいかない。本音を言えば底知れない龍の力はのどから手が出るほど欲しいのであるが、武士と
しての矜持がそれを良し、としなかったのである。
「イザベルよ、八重殿の言う通りだ。皆の心遣いがわからぬそなたではなかろう」
「しかし、篠田殿たちが心配なのだ。私がいれば、、、、、」
「巫女さま、それはあまりにも失礼というものですよ」
イザベルの言葉は、再び八重に遮られた。
「白虎隊の皆様方は、”武士”としての覚悟をお決めになられてご出陣されたのです。今の巫女さまの
物言い、まるで子供の喧嘩にでしゃばる親のようでありましたよ」
「ぐっ・・・・・」
八重の言うことは正論だ。イザベルの出陣願いには白虎隊、特に篠田への私情もかなり交えられていた。
その事を遠回しに八重から指摘されたイザベルは、ただ唇を噛むことしかできなかった。
「早く橋を破壊せい! グズグズしておると薩長めが攻めてくるぞ!」
「間に合いません! もうやつらが!」
慶応4年8月23日、板垣退助率いる新政府軍は会津藩の防衛ラインを突破、怒涛のごとく会津城下へと
押し寄せた。戸ノ口原を守っていた白虎隊はこれを迎え撃ったのだが、折からの悪天候も彼らに災いした。
会津藩の旧式銃では雨天で使い物にならなかったのだ。
「はあ、はあっ、、、、」
「おいしっかりしろ、こんなもの巫女さまの鍛錬に比べれば、どうということもなかろう」
「すまん、そうだな、巫女さまにこんなとこ見られたら、また”一里追加”と言われるな」
「そうだそうだ、また城に戻ったらどやされるぞ」
全員息も絶え絶えの状況であったが、仲間の軽口に思わず表情も緩む。彼らは篠田儀三郎率いる一隊
の20人、戸ノ口原の戦いに敗れ本隊ともはぐれてしまい、悪天候の中を敗走中であった。彼らは敵の目を
くぐり抜けて飯盛山にたどり着いたが、そこで目にしたのは炎に包まれる城下の光景だった。
「皆さん、いよいよ薩長めが会津に攻めてきました。もし私たちが人質に取られてしまったら、お城の方々
もさぞ戦いにくかろうと存じます。覚悟は良いですね」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
城下の一角にある家老の西郷頼母邸、そこの一室では留守を預かる妻子が白装束に身を固め、それぞれ
辞世の句をしたためていた。彼女たちは戦いの足手まといとならぬよう、自決を遂げたのである。
「ここが家老の西郷邸か、抵抗するものは斬り捨てよ!」
「はっ!」
西郷邸に押し入った新政府軍は、そこで予想もしなかった光景を目にすることになる。血まみれの女性
たちが倒れていたのだ。その中に、まだ息のある女性が一人いた。
「・・・・お味方、お味方でございますか」
「ああ、、、味方じゃ、安心せい」
新政府軍の兵士は、とっさに自分を味方と偽った。彼女はそれを聞くと安心したかのようにほほ笑み、
彼に介錯を頼んだのであった。
「なんちゅう早まったことをするんじゃ、、、、、」
まだ子供と言っていい女性を介錯した兵士は、そう絞り出すように呟くと嗚咽してしまった。この時、会津
城下の各所でこのような悲劇が起こったのである。
「城下が、城下が燃えておるぞ!」
「お城は無事か!」
飯盛山から城下の様子を見ていた白虎隊の隊士たちは、眼下に広がる光景を見て呆然としていた。
彼らがこよなく愛した故郷が、新政府軍の手によって炎上していたのだ。
「ここから城までは遠いな、、、、皆の者どうする、討死覚悟で斬り込むか」
「自分で言うのもだらしがないが、もはや刀を持つ手にも力が入らん・・・・・」
隊士たちは、今後の身の振り方について議論をする。元より薩長への降伏は論外だ。かといって疲弊
しきった彼らには、戦う力も残されてはいなかった。
「もはやここまでか、、、、」
彼らはとうとう自刃を決意した。しかし、篠田はそれに複雑な表情をしている。
「おいどうした篠田、まさか怖気着いたのではなかろうな」
「そうじゃ、武士にあるまじき振る舞いであるぞ」
それを見咎めた他の隊士たちから、非難の声が上がる。だが篠田は、ゆっくりとそれに反論した。
「いや、別に怖気づいたわけではない。ただ、巫女さまとの約束、果たせぬことが心残りでな」
「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」
篠田の言葉を聞いた隊士たちは一様に押し黙ってしまう。”春になったら花見をしよう”、彼らがイザベルと
交わした大事な大事な約束・・・・・・
「あー、、、、これは、あの世で丸坊主にでもなってお詫びするほかないのう」
「はは、巫女さまのことだ。あの世まで追いかけてこられて、”罰として素振り千回”とか言われるぞ」
「うえっ、あの世でも巫女さまにしごかれるなんて、御免こうむります!」
絶望的な状況の中、イザベルのことを話題にする隊士たちの表情は明るかった。異世界の竜騎士と
過ごした日々は、彼らにも大切な思い出となって心に残っていたのであった。
「では、いくぞ!」
「おうっ!」
次々と自刃していく白虎隊の隊士たち、篠田もその胸に自ら刀を突き立てた。
「巫女さま、約束を違えてしまい、申し訳ございませぬ・・・・・」
彼は薄れ行く意識の中、イザベルへの詫びの言葉を呟くのであった。