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竜騎士の日本見聞録  作者: ロクイチ
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第179話 戦火の足音


「でやぁっ!」


「ふんっ!」


裂帛の気合が響き渡る道場、他に聞こえるのは木刀を打ち合う音だけだ。


「どうした、ここまでかっ!」


「まだまだあっ!」


イザベルが白虎隊の鍛錬を請け負ってから20日あまり、隊士たちもようやく彼女と多少は打ち合える

程度には、その剣技も上達していた。


「とおっ!」


「やあっ!」


ここで稽古を行っているのは白虎隊だけではない。女性の掛け声も響いている。会津藩の婦女子で結成

された娘子隊の面々も、イザベルらと共に鍛錬を続けていたのだ。


「巫女さま、参ります!」


「よし、こいっ!」


”ひゅん”となぎなたの鋭い払いが、イザベルの首を狙う。彼女はそれをかわし相手の胴を狙うが、それは

柄によって阻まれる。


「巫女さま、御覚悟!」


「甘いっ!」


躊躇なくイザベルの頭を上段から斬りつけるなぎなたを、冷静に木刀で払い相手の首筋に手刀を突き

つけた。


「参りました、、、、、まだまだ精進しなければいけないようですね」


「いや、そなたのなぎなたも前回より鋭さを増してきておるな。私も慢心せぬよう鍛錬を続けるぞ」


イザベルの相手は中野竹子、娘子隊のリーダー的存在であり、幼少の頃から学問を学び、なぎなたも

免許皆伝を受けるなど、文武両道の女傑であった。


「八重殿、土方殿だけでなく女性でもイザベルと立ち合えるのがいるなんて、この国は一体なんだ、、、、」


「あら龍神さま、このくらいは婦女子の嗜みでございますよ」


「そ、そうか・・・・・」


八重の言葉を聞いたヴィドは顔を引きつらせ、、”この国の女性には絶対に手をださない”と、固く心に

誓ったそうな。


「よし、一旦休憩にしよう。皆で一服しようぞ」


「「「「「はいっ!」」」」」


イザベルの言葉で、白虎隊や娘子隊の面々も縁側に腰掛け、お茶でのどを潤した。当初は”戸外で婦人

と言葉を交えてはなりませぬ”という教えに、娘子隊との鍛錬に拒否感を示していた白虎隊の隊士たちで

あったが、そこは素はまだ思春期真っ盛りの男の子である。徐々にお互いの距離を縮めていった。


「巫女さま、こちらを見てくだされ。田も一面の緑でございますぞ」


「お、そうか篠田殿、確かに見事な光景であるな」


特に、イザベルと隊士の一人篠田儀三郎、2人の親密ぶりは他の隊士たちにも注目の的であった。


「おい見ろ篠田のヤツ、縁側から降りる時巫女さまの手を握っておったぞ」


「巫女さまも、満更ではないご様子ですね」


周囲の言う通り、篠田はイザベルに対する好意を隔しても隠しきれないほど、溢れさせていた。彼女もまた

それがわからないほど鈍感ではない。イザベルも竜騎士の鎧をはずせば、17歳の少女なのである。


「春になると、このあたりの桜は見事でございます」


「桜とは、絵草子でも見たがずいぶんと綺麗な花であるな」


そう呟くイザベルの横顔を見た篠田、”いえ、巫女さまにはかまいませぬ”という言葉を、かろうじて飲み

込んだ。その代り、


「ええ、春になりましたら、皆で花見と洒落こみましょうぞ」


「はは、それは楽しみだな。よし篠田殿、約束だぞ。皆で桜の花を愛でようぞ」


こうして、異世界の竜騎士と武士の間に約束が生まれた。しかし、戦火の足音はひたひたと、彼らの元へと

忍び寄っていたのである。これより時を遡ること2か月あまり、小千谷にて今後の会津、そして奥羽越列藩

同盟の運命を決定づける談判が行われていた。越後長岡藩家老、河井継之助と新政府軍軍監、岩村精一朗

による世にいう”小千谷談判”である。


長岡藩は河井の指揮の元、当時の最新鋭兵器であったガトリング砲を装備するなど軍の近代化に努め、

その軍備の質は会津藩をも上回るものであった。しかし河井は、欧米列強の脅威が迫っている中、日本人

同士で争っている場合ではない、旧幕府側との仲介まですると提案したのだが、岩村に一蹴されてしまった。


一説によれば、河井の大物ぶりに気圧された岩村が、虚勢を張ったためとも言われている。そして、この

時より越後長岡藩の長く激しい抵抗が始まったのであった・・・・・


「なんじゃ、今の銃声は!」


「長岡藩の奇襲です! ここは一旦撤退を!」


河井の指揮により長岡藩は、新政府軍に奪われた長岡城を奪還するなどの奮戦ぶりを見せた。だが、

すぐに新政府軍の物量に押され撤退を余儀なくされた。河井自身もこの時受けた傷が元で、会津塩沢に

滞在中息を引き取っている。もし彼が明治以降も生き残っていたら、間違いなく政府の要職で辣腕を

振るっていたことだろう。


時を同じくして、白河口でも動きがあった。列藩同盟側が白河城奪還に手間取っている間、板垣退助

率いる新政府軍の増援が到着、戦況は一気に新政府側へと傾いたのである。


「三春藩が、薩長へ寝返りました・・・・・」


「そうか、これで我が藩は、横っ腹を突かれる形になってしまったな」


二本松城では、丹羽一学を長として軍議が行われていた。普通なら大勢は決したと降伏するところなの

だが、二本松藩は元々尚武の伝統を守り、質実剛健を誇りにしていた藩である。


「ふむ、まず我が藩に勝ち目はありませぬな」


「しかし、薩長の奸族どもに下るのも業腹ですぞ」


黙って議論を聞いていた丹羽一学は、ゆっくりとその口を開いた。


「そなたらに尋ねたきことがござる。武士以外の生き方ができる者は、この中におるか」


「いや、それは無理でござろう」


「それがしも刀しか握ったことがありませんでな。いまさらクワや算盤勘定などできませんぞ」


丹羽の問いに、重臣たちは口々にそれはできぬと答えた。


「ふむ、だが薩長の目指している国は、突き詰めれば武士のおらぬ国だ。皆の者、どうだ、今降伏して

生きながらえたとしても、その中で生きることができるかのう・・・・・」


丹羽の言葉に、重臣たちは沈黙した。彼らもわかっているのだ。武士というものが時代に取り残されつつ

あることを・・・・・


「ならば、後世の者たちに、我ら武士の生き様がどのようなものであったか、歴史に残すのも一興だと

思うのじゃが、どうかな」


「はは、丹羽どののおっしゃる通りじゃ。武士の一分、奸族どもにも見せつけてやりましょうぞ」


彼らは実よりも”名”を取った。二本松藩は新政府軍に対して、徹底抗戦の構えを見せたのである。


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