第176話 竜騎士、白虎隊と対峙する
「でやぁっ!」
「とおっ!」
裂帛の気合が響き渡るここは、会津藩校日新館に併設された道場内である。薩長との決戦も近づいて
いる中、おのずと木刀を握る手にも力が入るというものだ。
「おお、ここがこの国の剣士たちが鍛錬をする場所なのか」
「模擬刀を使うのは、皇国と変わらんな」
イザベルとヴィドは、道場内の稽古の様子をしげしげと見つめていた。と、その時、イザベルは道場の一角
で、自分と同年代か年下の少年たちが、木刀を振るっているのに気がついた。彼らの腕前は、まあ初心者
レベルというのがイザベルの見立てである。
「八重殿、あそこにいるのは会津藩の子弟たちか」
「はい、白虎隊の方々ですよ」
八重の返答に、イザベルは訝しげに首を傾げた。
「む、八重殿、隊ということは、彼らも会津藩の戦力なのか」
「・・・・・はい、薩長との戦には、あの方々も出陣いたします」
八重は一瞬言いよどんだが、彼らも戦場に出ることをイザベルに告げた。だが、それを聞いたイザベルは
その顔色を変えた。
「それはさすがに笑えぬ冗談だぞ。どうみても彼らの腕前は素人に毛が生えたようなものだ。戦場に出たら
瞬殺されるぞ」
「八重殿、イザベルの言う通りだ。あんな年端もいかぬ子供を犬死にさせる気か」
イザベルの言葉にヴィドも同調した。実際彼らはホラズムとの戦争で、白虎隊の面々と変わらぬ年代の
少年兵を、その手にかけてきたのだ。いくら戦場とはいえ、ロクに訓練も受けていない子供を相手にした
ことは、イザベルとヴィドにも心の痛みとして残っている。
「でも、そうしなければ会津は・・・・・」
八重は何とか言葉を絞り出そうとするが、途中で顔を俯けてしまった。元服したばかりの少年を戦場に
送り出さねばいけないほど、会津藩は追い詰められていたのである。
「そうか、よし八重殿、容保殿のところへ行くぞ」
「巫女さま、一体何をなさるおつもりなのですか」
「決まっておろう。あんな子供を戦場に出すのはやめろと、談判しに行くのだ」
そう言って城に向かおうとするイザベルとヴィド、八重はそれを引き留めようとして道場内はちょっとした
騒ぎとなる。そして彼らの問答は白虎隊の面々の耳にも入ってしまった。
「お待ちくだされ、龍神さまと巫女さまとお見受けいたしますが、今我らを戦に出すなと言われておりました
な。それは一体どのような理由でありましょうぞ」
「ああ、それはな、そなたらの腕前では戦場で通用せぬからだ。いや、むしろ味方の足を引っ張る恐れも
あるぞ」
「「「「「っ!・・・・・・・」」」」」
イザベルの歯に衣を着せぬ物言いに、白虎隊の隊士たちは思わず絶句する。彼らの会津を想う気持ち
は本物だ。それをイザベルに否定され、隊士たちはいきり立つ。
「な、なんと、我らが足手まといだとおっしゃられるのか!」
「いくら龍神さまの巫女さまとはいえ、言って良いことと悪いことがありますぞ!」
「我らのことを、愚弄されるおつもりか!」
しかし、彼らの怒りを受けてもイザベルは平然としている。そして、彼らの怒りに油をそそぐような物言いを
してしまうのだ。
「あん、自分の実力もわからぬのか。だから戦場には出せぬと言うたのだ。さ、八重殿、容保殿のところ
へ向かうぞ」
「待てっ! さすがにこれ以上の侮辱は許せぬぞ! そこまでほざくのなら巫女さまの腕前とやら、見せて
もらおうではないか!」
道場を出ようとしたイザベルの前に、白虎隊の隊士たちが立ち塞がる。一触即発の状況に八重はオロオロ
し、ヴィドはため息をついた。
「そうか、なら貴様らに現実というものを、思い知らせてくれようではないか」
隊士たちの剣幕にも臆することなく、イザベルはその口角を上げた。そして着物から動きやすい稽古着に
着替える準備に入ったのである。
「龍神さま、あんな挑発するようなことをして、本当に大丈夫なのですか」
「八重殿、あやつの剣技はフェアリーアイズに並ぶ者がいないほどだ。むしろ、あの子たちに大ケガさせ
ないかどうかが心配だぞ・・・・・」
そうこうしている内に、稽古着に着替えたイザベルが木刀を持って、道場に現れた。
「さて、最初は誰が相手なのだ」
「よし、わしが行くぞ!」
「おおっ、飯沼、我らの力存分に見せつけてやれ!」
そして、お互いに向き合うイザベルと飯沼、審判役が”はじめ!”と声を上げた瞬間・・・・・
「かはっ・・・・・・」
「なんだ、私が女だからと油断でもしていたのか。戦場ではそれは命取りになるぞ」
予想もしない展開に、周囲は凍りついた。飯沼は一合も打ち合うこともできず、道場の壁まで吹き飛ばされ
たのであった。
「よし、次はオレが!」
だが、彼らも武士の子だ。ひるむことなくイザベルに挑戦する。しかしいずれも相手にならず、飯沼と同じ
ように吹き飛ばされた。
「はあ、、、、なんだ貴様ら、この程度の腕で戦に出る気であったのか。戦場を舐めるのも大概にしろ!」
「「「「「「くうっ、、、、、」」」」」
イザベルの呆れたような言葉に、ぐうの音も出ない隊士たち。そして最後の1人がイザベルに立ち向かう。
「ほう、少しはできるようだな」
「篠田! 頼むぞ、我らの仇を討ってくれ!」
篠田という少年は、確かにこれまでの相手よりも鋭い剣先でイザベルに襲いかかった。だが、それでも
数多の激戦を潜り抜けてきたイザベルの敵ではない。一合打ち合ったあと、篠田もまた道場の壁に叩き
つけられたのである。
「す、すごい、、、、まさかここまで相手にならないとは・・・・・」
「ああ、それでもあいつ、普段の半分も力出してないな。死人が出なくて良かったぞ」
イザベルの予想外の強さに驚く八重、この試合を見ていた周囲の者も同様の反応だ。そしてイザベルは、
完敗に俯く少年たちに戦場仕込みの殺気を放つ。
「どうだ、己の実力がわかったであろう。この程度の気でひるんでいるようでは、戦場では立つことも
できぬぞ」
「ううっ、、、、、」
「くっ、、、」
イザベルの殺気に当てられた彼らは、もはや言い返すこともできなかった。その時、道場内に男の声が
響き渡った。
「なんだあ、結構な殺気出してるのがいると思ったら、龍神さんの巫女さんじゃねえか」
「先生!」
「土方先生!」
新撰組鬼の副長、土方歳三と異世界の戦姫との出会いであった。
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