第174話 竜騎士、会津に居候する
「・・・・・と、いうわけでな、戦場からこちらに飛ばされてしまったのだ」
「「「「「「・・・・・・・・・」」」」」」
イザベルがこれまでの経緯をかくかくしかじかと説明するが、容保はじめ会津藩の面々は一様に押し黙って
しまった。それも無理もないことだ。19世紀の人間である彼らには、地球とは別の世界が存在し、そこには
魔法というものが使われているなど、理解の外であったのだ。
「何と言うか、、、、おとぎ草紙の話を聞いてるようでしたな」
「しかし、あの龍殿が人に変化したのは事実であろう。摩訶不思議なこともあるものよ・・・・・」
容保はしばしの間思案していたが、やがて何かを思いついたかのように口を開いた。
「ふむ、、、、言うなればヴィドローネ殿は齢千年を生きる高位のドラゴン、つまり龍神様、イザベル殿は
その巫女、と理解すればよろしいのかな」
イザベルはちょっと違うぞと思ったが、完全に理解させるのは面倒くさいので黙っていた。それよりもこちら
の世界を知る方が大事だったからだ。
「ところでこのアイヅというところが、この国の都なのか」
「いや、それは違うな。誰か、地球儀を持て」
この時代、すでに日本の上流階級の間でも自分たちのいる世界が球体であることは、オランダあたりから
の知識で知っていた。容保は、地球儀に記されている日本列島を指しながら、この国の説明をしていく
のであった。
「なるほど、、、、容保殿は徳川家からこの地を任されている領主なのか」
「まあ、そのようなものだ。そして今、我が藩が置かれている状況だが・・・・・」
容保はイザベル達に、この国が鎖国して太平の夢をむさぼっている間、諸外国の技術が圧倒的に進んで
しまったこと、国の行く末を決める方針をめぐって争いが起き、徳川家に忠誠を誓っている会津藩は、旗色
が悪くなっていることなどを正直に話した。
「この地も間もなく戦乱に巻き込まれることになろう。今なら安全な地に逃れることもできようが、、、、」
「ふむ・・・・・」
イザベルは少し考え込んだ後、容保に答える。
「いや、容保殿さえ良ければ、この地にてお世話になりたいのだが。まあ、どこに行こうと我らが異端の
目で見られることは変わりないからな」
「巫女殿、、、、先も話した通り、戦になるぞ」
「問題はない、これでも何度も戦場は経験しておるでな」
イザベルは、不利な状況になりながらも徳川幕府を見限らない会津藩を、好ましく感じていたのだ。その
時、1人の家臣が広間にやってきて、西郷頼母の耳元で何やら囁いたのである。
「はあ、、、そうか、城門で騒いでいるのか・・・・・」
「頼母よ、何があったのだ」
容保の問いに、頼母はしかめっ面をして答えた。よほど面倒なことが起きたのであろう。
「はあ、それが城門で”お家の一大事じゃ、中に入れろ”と騒いでいる者がおりましてな」
「誰じゃ、その粗忽ものは」
「はい、、、、権八、お前の娘じゃ! 鉄砲まで持ってきおるそうだぞ」
「はえっ!」
いきなり話を振られた権八は、妙な叫び声を上げてしまった。
「だから、お家の一大事なのじゃ! わしも戦うと言ってるだろう!」
「ええぃ! 許可なくして鉄砲持って入ることはできん!」
城門で門番と押し問答を繰り広げる八重、そうこうしている内に、頼母の命を受けた家臣が彼らの元に
やってきた。
「山本殿のご息女八重だな。殿より城内に入る許可がでたぞ。ただし鉄砲はこちらで預からせてもらう」
殿の命ということもあり、八重は渋々鉄砲を門番に預け城内へと入っていった。
「殿っ、ご無事でありましたか! 父上、何をのんびり座っておるのだ。お家の一大事ではありませぬか。
さあ、共に会津を脅かす者どもに、立ち向かいましょうぞ!」
広間に入るなり、いきなりまくしたてる八重、権八は思わず頭を抱えてしまった。そんな様子を容保や他の
家臣たちは苦笑しながらながめている。
「八重よ落ち着け、彼の者たちは我らに危害を加える気はないぞ。今話をしたばかりだ」
「えっ!」
そこで、八重は広間に見慣れぬ人物がいるのに気がついた。
「そこなお二方が、龍神殿とその巫女殿だ」
容保は、これまでの経緯を八重にかくかくしかじかと説明した。当初半信半疑だった八重も、イザベルが
その手からオリハルコンの聖剣”ガレル”を顕現させるのを見て、彼らが異界からやってきたことを信じる
のに至った。
「お二方は元の地に戻るのは難しいそうでな、当分の間この会津に逗留していただくこととなった。そこで
権八、八重、そなたらの屋敷でしばらく面倒を見てやってくれぬか」
「「ええっ!」」
容保からの予想していなかった命に、思わず驚きの声を上げる権八と八重、しかし、容保も思いつきで
この指示を下したわけではない。女だてらに鉄砲をあつかうこの女傑なら、イザベルともウマが合うのでは
ないかと考えていたのだ。
「権八殿、八重殿、我らはこの地では文無しの風来坊だ。まことに申し訳ないが、しばらく御厄介になること
許してはいただけぬか」
そう頭を下げるイザベル、権八や八重も困っている者を捨て置けない性格だ。2人の滞在を許可したので
ある。そして、とりあえず一旦騒動は収まった鶴ヶ城、皆は広間を退出しようとしたが、イザベルとヴィドは
正座したままこの場を動こうとしなかった。しかも、2人の顔には脂汗がタラタラと流れている。
「龍神様、巫女様、どうなされたのです?」
「は、はは、、、、それがな、足が動かぬのだ」
慣れぬ長時間の正座に、イザベルとヴィドの足はすでに限界を迎えていた。ヴィドは権八に、イザベルは
八重に支えられながら何とか立ち上がった。
「そんなに、きつかったのですか」
「ぐはっ! 八重殿足を触らんでくれ! 今なんか雷撃の魔法を喰らった感じだぞ!」
イザベルとヴィドは、這う這うの体で山本宅へとたどり着いた。とにもかくにも2人の会津での居候生活が
始まったのである。
次回は、あの有名人が登場する予定です。