第173話 竜騎士、武士と出会う
「あなた、だいぶ外が騒がしいですね」
「うむ、薩長が攻めてくるには早いし、何があったのだろう」
「そうですね。砲声も聞こえてきませんし・・・・・」
城下町のとある屋敷内で会話をしているのは、会津藩家臣である山本権八の娘八重とその夫である
尚之助、2人が訝しげにしていると、所用で外出していた下男が飛び込んできた。
「た、大変です! 旦那様、奥様っ!」
「おいおい、一体そんなに慌ててどうしたのだ」
「そうですよ。水でも飲んで落ち着いてくださいな」
差し出された水を飲んだ下男は一息つくと、城下町に起きた異変を話し始めた。
「りゅ、龍です! 龍が飛んでいます!」
「龍、、、、? そんなもの、実在する訳がなかろう」
「そうですよ。まさか昼からお酒飲んでるんじゃないでしょうね」
話を否定された下男は、”それなら外を見てくだせえ”と、2人を屋敷の外に引っ張りだした。すると、遠目
にも天守閣の周りをぐるぐると飛んで回っている、巨大な龍が視認できたのである。
「まさか、本当に龍がいたとは!」
「あなた、一大事です! 私はお城へ向かいます。助松、準備をなさい!」
「へえ、かしこまりました」
八重は、愛用のスペンサー銃を携えて、鶴ヶ城へとおっとり刀で駆けつけるのであった。一方、その頃の
イザベルとヴィドは、お城の中を観察していた。
「う~む、中の者たちはずいぶんと慌てているようだな。これでは話もできまいな」
「いきなり攻撃されたらたまらんからな。どうするか? それにしても、珍妙な髪形をしているな・・・・・」
武士の月代を剃って髷を結う髪型は、異世界人ならずとも当時の欧米人にも奇異の目で見られて
いた。初めて髷を見た欧米人の中には、「日本人は頭の上に、ピストルをのせている」と勘違いした者も
いたほどである。
「向こうも攻撃はしてこないようだし、もう少し近づいてみるか」
その時、イザベル達は城の中から自分達に、声をかけている人物がいることに気がついた。
「おーいっ! そなたらは何者だ。降りて話をしようではないか!」
「あれ、なぜ向こうの言葉がわかるんだ・・・・・」
「なぜか今、頭の中に”てんぷれ”という単語が浮かんだぞ。まあそれはいい。あちらが話をしようという
のなら、応じてみようではないか」
そしてイザベルは、広場の方を指差した。声をかけた人物がそちらに向かうのを確認すると、彼らもその
場所に降下を始めるのであった。
広場に着いた容保とその家臣達は、見上げるような巨大な龍-ドラゴンを目のあたりして、あらためて
言葉を失ってしまった。更に彼らの驚きは増すことになる。その背に乗っていた人物が、白い光に包まれ
ながら地面に降りてきたからだ。その神々しいばかりの姿に、誰もが目を奪われてしまう。
「おいイザベル、あいつら何かポカンとしているぞ」
「もしかしたら、この世界にはドラゴンはいないのかもしれぬな。よし、降りて話をしてみるか」
イザベルはヴィドの背から降り、大声を出さなくとも会話できる距離にまで近づくと、被っていたヘルメット
をはずした。それを見た容保達の驚きはますます大きくなるのであった。
「な、まさか女子だとは!」
「見た目は異人のようじゃが、、、、それにしても何という神々しい、美しき娘であることよ」
イザベルは元の世界でも、「皇国の守護天使」と讃えられるほどの容姿である。容保も彼女の美貌に
思わず見惚れてしまっていた。
「私はルーク皇国第一皇女にして、皇国竜騎士団副団長を務めているイザベル・フォン・デルバーグと
申す者、まずは、貴殿らの領地に勝手に侵入したこと、お詫びしたい」
イザベルがお詫びがてら自己紹介をすると、容保達からどよめきが上がる。彼女は大陸共通語を話して
いるのだが、それが彼らには日本語に聞こえるのだ。しかも、所々よくわからない意味の単語もあるが、
内容から察するに相応の地位にある人物と予想できた。
「イザベル殿というのか。余が、この会津松平家当主の容保だ。まずはお互い話をしようではないか」
容保は、イザベルを城内に招き、家臣に接待の準備を申し付けた。
「しかし、殿、あの龍は城の中には入れませんぞ」
「むっ、そうだな、、、、しかし、外でお待ちいただくという訳には・・・・」
「ああ、ヴィドのことなら心配ないぞ。ヴィドよ、人化してくれ」
「おう、わかった」
ドラゴンが白い光に包まれ、収まった後には超絶イケメンの青年が立っていた。それに再び容保達は
ポカーンとしてしまうのだ。
「おーい、どうした。魂がどっかに飛んでるぞ」
「は、、、貴殿は人になるだけでなく、話もできるのか!」
「むっ、何を言う。高位のドラゴンは人化できるし人以上の知性を持っている。そんなの常識ではないか」
「もしかしてこの世界にはドラゴンはおらぬのか。何とも不思議なところだな」
容保は、”そちらの方がよっぽど不思議な存在であるぞ”という言葉をかろうじて飲み込んだ。そして、
2人を城内に案内するのであったが、ここでも一悶着起きてしまったのだ。
「お二方! ここからは土足ではいけませんぞ!履物を脱いでくだされ!」
「す、すまぬ、皇国ではそのような習慣はなかったもので・・・・・」
日本に初めてきた欧米人がよくやらかすテンプレ行為を、イザベル達もやってしまった。更に、謁見の間
では・・・・・・
「ささ、お二方とも楽にしてくだされ」
「楽って、あの姿勢がか・・・・・」
「こちらでは、あの姿勢が客人を迎える作法のようだな・・・・・」
家臣達はもちろん、上座に座る容保も日本古来の座り方-正座であった。基本イスに座って過ごす皇国
と違う習慣にとまどうイザベルとヴィドだったが、”郷に入れば郷に従え”と畳に正座した。
「さて、ではそなた達は何者か、どこからやってきたのか、差し支えなければ話していただけぬか」
「うむ、我らは・・・・・」
こうして、異世界の竜騎士と日本の武士が、前代未聞の出会いを果たしたのであった。
筆者も学生時代弓道をやっていて、待機しているときは正座でした。
あれは本当に難行苦行です。