第171話 ティワナの歓迎会
「ふは~、、、、やっぱり温泉は生き返るなあ~」
「わたくしも初めて温泉に入った時は、この世にこんな素晴らしいものが存在しているなんて、と感動した
ものですよ」
イザベル達は源泉かけ流しの大浴場に浸かって、すっかりリラックスしていた。クレアブル世界では貴族
でもシャワーを浴びる程度だそうで、フレルやルレイはあちらでも温泉を新たな観光の目玉にしようと、
日本の温泉街を視察していたとのことだ。
温泉を出て浴衣に着替えた一行は、宴会が始まるまでの時間潰しにしばし温泉街を散策した。ここには
昔懐かしい昭和レトロな射的場も営業している。
「うわっ、危ない!」
「ベルお姉さま、なんで弾が後ろに飛んでくるのですか・・・・・」
「うう、済まぬ、、、、どうやら私に銃は向いていないようだ・・・・・」
そんなこんなですっかり日本の温泉街を満喫している異世界人たち、近年は訪れる外国人観光客も多く、
イザベル達もそれほど注目を浴びることはなかった。宿に戻り、宴会場所の広間へと足を運んだのである。
「皆さん、本日はクランドルさんの歓迎会も兼ねております。彼女のおかげで来年のフォトキナには新型を
出せそうです。今日は、思う存分楽しんで英気を養ってください。では乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
社長の海野の音頭で始まった宴会、あちこちでグラスがカチンと鳴らされる音がして、しばし歓談のタイム
である。お膳にはもちろん、こづゆや鯉の甘煮など郷土料理のフルコースだ。
「うふふふ、この棒タラ煮も良くお酒に合うわねえ」
「綾香よ、今日はティワナがお世話になっている会社の人達もおるのだ。あまりハメをはずすでないぞ」
「ハイハイ、わかってるわよ」
そう釘を刺すイザベルに、早くもビールから日本酒に切り替えて本格的に飲み始めた綾香、海から遠く
離れたこの地では、身欠きニシンや棒タラなど乾物を使った料理が発達していた。それがまた、日本酒が
進むのだ。昨日川間の両親が振る舞ってくれた料理も、素朴な味付けが魅力であったが、こちらはプロの
洗練された技術が素人目にもわかる、見事なものであった。
「これは、、、、まんじゅうの天ぷらだと?」
「あら、これも意外にお酒に合うわねえ」
まあ、何でも酒の肴にしてしまうのが、酒飲みというものだ。
「この馬刺しも新鮮で、美味しいですわ」
馬刺しと言えば熊本や信州が有名だが、この会津でもポピュラーな料理だ。文字通り桜色の馬刺しは
新鮮なことの証拠である。この宿では赤身の他、霜降りやタテガミなどの部位も盛り合わせになっており、
酒飲みでなくとも十分舌鼓を打つことができるのだ。
「それでは、ここでクランドルさんからご挨拶をお願いいたします」
「はい、今ご紹介に預かりましたティワナ・クランドルですぅ。今日は私のためにこのような席を用意して
いただき、ありがとうございますですぅ」
そうペコリと頭を下げるティワナに、参加者からは温かい拍手が贈られる。宴会場では実になごやかな
時が流れていった。この時までは、、、、、、
・・・・・・それから1時間後、
「「「「「「「今日もお酒が呑めるのはっ! 工場長のおかげですっ!」」」」」」」
「「「「「「「それえっ! イッキっ! イッキっ! イッキっ! イッキっ!」」」」」」」
周囲の手拍子に煽られ、コップ酒を一気に飲みほしたのは工場長の八島と、綾香であった。コップの中身
はもちろん日本酒である。飲み終えた八島はそのまま崩れ落ちてしまった。一方の綾香は顔色も変えず
平然としている。
「ぐはっ! もうこれ以上は飲めん、無念だ・・・・・」
「そんなっ! 工場長が負けるなんて!」
「よしっ! 仇はオレが討つぞ!」
「おー、渡部主任がいくぞ!」
「「「「「「「今日もお酒が呑めるのはっ! 渡部主任のおかげですっ!」」」」」」」
「「「「「「「それえっ! イッキっ! イッキっ! イッキっ! イッキっ!」」」」」」」
再び繰り返される手拍子、しかし、渡部もまた、綾香の前に膝を屈するのであった。
「ウチのおとーさん鹿児島出身だからねえ、私もそれなりに強いのよ」
「なっ! 薩摩の者に負けるとは、戊辰以来の屈辱じゃっ!」
「よしっ! 次はオレが相手だ! ご先祖様の名誉に賭けて今度は勝ってみせるぞ!」
次のチャレンジャーは、会津藩士の子孫らしい。なんか、ご先祖サマも草場の陰で呆れているような気も
するが、、、、、
「なあ~んだ、会津の人達って、意外とお酒弱いのねえ~」
「くっ、まさか前田までやられるとは、誰かあの娘に勝てるものはおらんのか」
完全に調子ぶっこき始めた綾香と、本気で悔しがるアルファ社の面々、一方、その様子を見ていたイザベル
とティワナ、ラミリアの異世界組は、、、、、
「あ、悪夢だ、私は悪夢を見ているのか・・・・・」
「お姉さま、なんですかこの地獄絵図は・・・・・」
「これはそう修羅、修羅の世界なのですわ・・・・・」
と、恐れおののいていた。だが、悪夢は彼女達だけを見逃すことはなかった。にこやかな笑みを浮かべ、
川間がイザベル達の近くに寄ってきたのだ。
「あら、皆さんお静かですねえ。どうです、綾香さんにチャレンジしてみては」
「い、いや川間殿、私はおちょこ一杯で倒れてしまうでな」
「わたくしも未成年ですので、お酒は飲めませんの」
「私もお酒はあまり、、、てっ、晴美さん、なぜに私の首をつかむのですかっ!」
”それじゃあ、ティワナちゃん主賓ですから逝きましょうか”と、川間はティワナの首根っこを掴んで地獄へと
引きずって行く。
「晴美さん! なんで”逝きましょう”なんですか! お姉さま、ラミリアさん助けてえぇぇぇぇぇぇぇっ!」
しかし、悲痛な叫び声を上げるティワナから、イザベルとラミリアはそっと目を逸らしてしまう。2人はティワナ
を生贄に差し出すことで難を逃れたのだ。やはり人間、自分の身が一番可愛いのである。
「あら、次はティワナちゃんなの。うふふ、この私に挑戦するなんて、ずいぶん偉くなったものねえ」
「ち、違うんです。これは晴美さんが無理やりに、どうか、どうかお助けをっ!」
ティワナの願いが叶うことはなかった。手拍子とともに一気飲みした彼女は、”きゅうぅぅぅ”と倒れてしまった
のである。
「綾香さん、よくもティワナちゃんをこんな目に! 仇は私が討ってあげるわっ!」
「よっしゃあぁぁぁっ! アルファ社のリーサルウェポン川間女史の出陣じゃ! 薩摩もんに目に物見せて
やってくれっ!」
「ふははは、この綾香さまに挑もうなど、その蛮勇だけは認めてやろうぞ!」
引きずり込んだ張本人のくせに、仇討ちなどとぬかす川間とそれを煽る周囲、まるでラスボスのような
セリフを吐く綾香、すっかり宴会場はカオスな様相を呈してきた。
「さ、さあラミリアよ、明日は早いし我らは先に休むとするか」
「そうですねベルお姉さま、ティワナさん、どうか成仏なさってくださいまし」
飲み比べを始めた綾香と川間を横目に、イザベルとラミリアはそそくさと宴会場を後にしようとした。だが、
二人は海野に呼び止められてしまったのである。
「ははは、どうもすみませんねえ、騒がしい連中で」
「そういえば海野殿は、あまり飲んでおられないようだが・・・・・」
「ええ、私はビール一杯でひっくり返ってしまいますので。父親も弱くて昔はアルハラなんて言葉もあり
ませんでしたから・・・・・」
創業者の父親は、地元の宴会で飲まされてよく潰されていたらしい。よそ者にはなかなか心を開くことの
ない土地柄、体当たりで地元の信頼を獲得していったとのことだ。
「しかし、ティワナが御社に正式に就職したら、あまり飲ませぬようにしてくれぬか。あやつもそれほど酒に
強い方ではないからな」
しかし、海野の答えは意外なものであった。
「う~ん、、、、今後ともクランドルさんにはアドバイザーとして関わっていただきたいのですが・・・・・」
「それはどういうことで・・・・」
「彼女は我が社、いえ、カメラ業界だけに納まる器ではないのですよ。きっと、ニュートンやアインシュタイン
以上に世界の歴史に名を残す、そんな人材ですよ」
海野も優れた経営者だ。ティワナの底知れない才能を、もしかしたらイザベル以上に把握しているのかも
しれない。
「くっ、、、、さすが会津ね。この私と同等の酒呑みがいるとは・・・・・」
「久々に本気を出してしまいましたよ。我が生涯に一片の悔いなし・・・・・」
綾香と川間の飲み勝負にも決着がついたようだ。2人とも同時に崩れ落ちてしまった。引き分けである。
「はいはい、宴もたけなわですが、もう時間も遅いですしこの辺でお開きにしましょう」
「「「「「「「はーいっ! おつかれさまでした!」」」」」」
頃合いを見計らって、海野が宴会終了を宣言する。参加者はそれぞれの部屋へと戻っていった。綾香と
ティワナもイザベルとラミリアに背負われて部屋に入ると、そのまま布団に入り大いびきをかいて寝込んで
しまった。
「じゃあ、明日も早いし我らももう寝るか」
「はい、お休みなさいませベルお姉さま」
そうして、フカフカの布団に潜り込んだイザベルも、ほどなくして寝息を立て始めた。深い深い、夢の中へと
入っていったのである。
書いてるうちに、だんだん当小説中一番ひどい話になってしまった(汗)
本当に、酒を飲めない人に無理強いしたらダメですよ。