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竜騎士の日本見聞録  作者: ロクイチ
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第170話 竜騎士の会津観光その2


「イザベル、大丈夫? なんかうとうとしていたよ」


「む、済まぬな綾香、どうやら酔いが回ってしまったようだ」


夕食後も囲炉裏端で談笑していたイザベルだが、アルコールには弱い彼女は皆の話を聞きながら、舟を

こいでしまっていた。


「ベルお姉さま、明日は早いですから、もうお休みになられてはいかがですか」


「そうですぅ。奥にもうお布団は敷いてありますですぅ」


「はは、済まぬな皆、ではお言葉に甘えて先に休ませてもらうぞ」


イザベルが奥の寝室に消えていくと、それまで笑顔で酒をあおっていた綾香が真顔になる。


「イザベル、まだあのことから立ち直っていないのよ・・・・・」


「ええ、今日も本心からの笑顔では、ありませんですわ」


「全く、あの男細胞の一片も残さず焼き尽くしてやりたいですぅ」


イザベルが佐野に裏切られた心の傷は深い。綾香達も内心では彼女のことを心配しているのだ。


「ほう、ここが鶴ヶ城か」


翌朝、喜多方の超有名なラーメン屋で朝食を楽しんだ一行は、会津市内に戻り鶴ヶ城へとやってきた。


「春の桜はとても見事なんですよ。場所によってはお城が桜の海に浮かんでいるように見えるんです」


「ほう、それはぜひ、桜の季節にも訪れたいものだな」


戊辰戦争の舞台としても有名な鶴ヶ城、しかし現在の天守閣は昭和40年に再建されたものだ。当時は

他の地でも観光目的でお城が再建されているのだが、ここ会津ではそれを巡って一悶着あった。再建

計画が発表されると地元の有識者、文化人から、


「城が取り壊されたまま残しておくのが、歴史的にも文化的にも価値がある。きらびやかな偽物を造って

何になる」


と、猛烈な反対論が飛び出たのであった。


更に城跡は「荒城の月」の舞台としても知られており、作詞者の土井晩翠は会津若松での音楽会で、


「荒城の月を作る時、最も早く頭に浮かんだのは鶴ヶ城でした。仙台の青葉城などの古いお城も思い

浮かべないわけではありませんが、当時の私の心を最も強く動かしたのは、鶴ヶ城です」


と述べており、その詩碑も城跡に建立されていた。


それだけに反対論にも筋が通っており、強力だった。市議会で再建計画が決まったのは、わずか一票差

であったという。いかにも会津らしいエピソードだ。


「あら、戊辰戦争では女性の方も戦われたのですか」


「ええ、これまで戊辰戦争というと白虎隊ばかりが注目されていましたが、大河ドラマの影響もあって山本

八重や中野竹子らにも、スポットが当たっていますね」


この日は、山本八重が使用していた当時最新式の、スペンサー銃のレプリカなども展示されていた。

それらをしげしげと眺めていたイザベル、


「ふむ、彼ら彼女らは、まさしく会津の誇りであるのだな。藩全体で、義のために戦ったというわけか」


しかし、川間はちょっと悩ましげな表情になってしまった。


「う~ん、、、、実は当時の領民たちは、必ずしも会津藩を支持していたわけではないですね。戦争のため

重税を課されたりして、むしろ恨みもあったらしいです」


「「「「「えっ!」」」」」


川間の言葉に驚くイザベル一行、実際、戊辰戦争後の会津地方は相当悲惨な状況に置かれていた。

明治11年、この地を旅した英国人旅行家イザベラ・バードはその著書の中で、会津地方の農村地帯の

貧困ぶりを克明に描いている。歴史というのは1面だけでなく、多方面から見なければいけないという

典型的な事例だ。


複雑な気持ちになりながら、次に一行は飯盛山へと向かった。1868年8月23日、少年ばかりで編成された

白虎隊は新政府軍の攻撃により敗走、飯盛山にたどりついた20人が鶴ヶ城が燃えていると錯覚し(注)、

もはやこれまでと自刃した悲劇は何度もドラマ化され、有名だ。現在も隊士の墓前には参拝客の絶える

ことはない。


「ここで、炎上する城下を見ながら隊士たちは自刃しました。この時、他にも家老であった西郷頼母の留守

を預かる妻子らが、足手まといにならないようにと自刃するなどあちこちで悲劇が起きました」


川間の説明を瞑目しながら聞いていたイザベルは、白虎隊士の墓に向き直るとすっと片膝をつき、右手を

胸に合わせる礼を執った。続いてティワナもそれに倣う。


「アヤお姉さま、、、、お二人ともいつもと雰囲気が違うのですが」


「ラミリア、あれはイザベルの故郷の敬礼らしいよ。前にも特攻隊の記念館で見たことがあるわ」


賛美するのでも、過剰に美化するのでもなく、ただ哀悼する。彼女達の礼にはそんな想いが込められて

いた。飯盛山を降りた一行は、今日の宿泊地東山温泉へと向かう。


「今日は延び延びになっていた、ティワナちゃんの歓迎会も兼ねてますからねー。社長も盛大にやろうと

おっしゃっていましたよ」


「えへへ、晴美さん楽しみなのですぅ」


そう親しげに会話するティワナと川間を見ていたイザベルは、あの人見知りの魔導師が名前呼びを許す

ほどこの地に馴染んでいる様子に、「これなら心配ないな」と一安心するのであった。この後、悲劇が

待ち構えていることも知らずに・・・・・


「皆さまお待ちしておりました。私はアルファ・オプティックの社長を務めております海野と申します」


「鈴木イザベルです。ティワナがお世話になっております」


旅館の玄関では、社長の海野自らお出迎えという熱烈歓迎ぶりだ。それぞれあいさつを交わし、まずは

一日の疲れを癒すべく、温泉へと入っていくのであった。


※参考書籍

 各駅停車全国歴史散歩「福島県」 福島民報社編 河出書房新社刊

 日本奥地紀行 イザベラ・バード著 高梨健吉訳 平凡社刊


注:白虎隊の自刃については、他にも敵の捕虜にならないため等諸説あります。


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