第167話 ティワナの決意
「と、いうことで、しばらくの間東京を離れることになりましたですぅ・・・・」
「2日後には引っ越すのか」
「はい、お姉さまともしばしのお別れなのですぅ・・・・」
東京都F市、宝来軒でラーメンをすすりながらイザベルとの別れを惜しんでいるティワナ。アルファ社の
アドバイザーに就任した彼女は、開発・生産拠点のある福島県磐梯町で、当面過ごすことになったのだ。
本社機能は東京だが工場が磐梯町にある理由は、レンズ研磨には大量の清水が必要であり、磐梯山
の豊富な雪解け水が利用できるからと、創業者がこの地に決めたそうだ。
「クランドルさん、お待ちしておりました。さっそく工場の方にご案内いたします」
「はい、よろしくお願いしますのですぅ・・・・」
JR磐梯町駅に降り立ったティワナ、アルファ社側から出迎えを受けたものの、なんだか気持ちが沈みこんでいた。
お姉さまと慕うイザベルや仲の良いラミリアと離れた上、全く見ず知らずの土地にやってきたのだ。元々人見知りな
性格の彼女がそうなってしまうのも、無理はない。
ほどなくしてティワナが乗った車はアルファ社の工場に到着した。車内で「主要メンバーにあいさつを」と言われた
ティワナはますます憂鬱な表情で、工場内へと足を踏み入れたのである。
「ティワナ・クランドルと申します。皆さんしばらくの間、よろしくお願いいたしますですぅ・・・・・」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
にこやかに受け入れてくれたアルファ社の面々に、まずはほっとしながらティワナは工場内を案内されて回った。
そこで彼女は、ある工作機械の横に寝袋が置いてあるのに気がついた。
「あのー、なんでこんな所に寝袋があるのでしょうか?」
「ああ、あれは機械の調子が悪いんで、主任が添い寝しているんですよ」
工場長の返事を聞いて、更に頭の中が「????」となるティワナであった。
「あのー、添い寝して機械が直るものなんですか」
「ええ、どこを見ても正常なんですが、動きが悪くてね。そういう機械は添い寝してご機嫌を直してやらないと、元通り
にならないんですよ」
「・・・・・そうなんですか」
フェアリーアイズ最高の天才魔導師にも、まだ知らない世界があった。ティワナは軽く眩暈を覚えながらも一通り工場
と開発部内の見学を終え、次に磐梯町での住居に向かったのである。
「こ、これは、、、、」
「ちょうど工場の近くに空家がありまして。内部はリフォームしてありますし、光回線も引いてますよ」
ティワナはその家を見て絶句してしまった。てっきりアパートかマンションかと思いきや、それは日本の昔ながらの
典型的な農家であった。さすがに屋根は茅葺きからトタン屋根に変更されてはいたが・・・・
「キッチンやトイレ、お風呂は今の設備にしてありますが、囲炉裏端のところは昔のままに残してあります。なかなか
風情があっていいですよ」
「はい、ええ、、ありがとうございますですぅ、、、、、」
思わぬ展開に、さすがのティワナも顔が引きつり気味だ。なにしろ7LDK相当の間取りなのだ。独り暮らしには広すぎる。
「でも、こんなに広ければさぞかし高かったのでしょう」
「いえ、土地付きで150万ほどですよ。まあリフォームでプラス100万かかりましたが」
「はあっ! それは桁が違うのでは」
ティワナが驚きの声を上げるが、それはまだ東京の感覚が抜けていないからだ。この地も例に洩れず過疎化が進んで
おり、空家などはかなりの格安になっている。生活の手段さえ確保できれば、大都市部では考えられないほど広々と
した家で、生活することが可能なのだ。
「ははは、私も本社転勤の話があったのですが、どうしてもあんな狭い家に住みたくなくてねえ、、、我がままを言って
断わってしまいましたよ」
「はあ、、、、そうなんですか」
とりあえず生活に必要なものはアルファ社側で用意してくれている。今日は近くのホテル泊だが、次の日からはこの
家でしばらく生活することになるのだ。
「用意していただいてこんな事言うのも悪いのですが、広すぎて1人じゃ寂しすぎるかもですぅ、、、、」
そう心細そうに呟くティワナ、しかし、案内についてきた広報の川間晴美という女性が励ますように答える。
「大丈夫ですよ。私も隣りの家に住んでますから。何か困ったことがありましたら、遠慮なく訪ねてきてくださいね」
「え、よろしいのですか」
「はい、実家から通っているので私がいない時でも両親がおりますから、クランドルさんのこともお話ししてあるので
問題ないですよ」
「あ、ありがとうございますですぅ」
アルファ社側もティワナの性格は大学から聞いており、彼女がホームシックにならないよう手配をしていた。、
「じゃ、今日は次に行くところで最後です。ぜひクランドルさんにも訪れていただきたいと思いまして」
工場長はそう言うと、車を会津盆地を見下ろせる見晴しの良い場所へと走らせた。着いた場所は墓地である。眼下
には青々とした田んぼが広がっている、典型的な日本の農村風景だ。一行は「松下家」と刻まれた墓碑の前に立った。
「ここは?」
「アフロディーテセンサーの開発者、松下昇君がここに眠っています、、、、」
「えっ、開発者の方がここに」
工場長が話を続ける。
「彼は、生まれ故郷のこの風景をこよなく愛しておりました。自分の開発したセンサーで会津の風景を撮影することが、
最後まで彼が望んでいたことだったのですよ」
話しを聞いている川間の目も赤くなっている。墓碑銘を見ると享年28才、天才の若すぎる死であった。ティワナは
工場長や川間と一緒に墓に向かって手を合わせる。
「松下さん、、、、あなたの想い、このティワナが引き継ぎます。どうか天国から見守っていてください」
開発者の遺志を知ったティワナ、彼の想いも背負ってこのプロジェクトを絶対に成功させてみせると、決意を新たに
するのであった。
機械に添い寝のエピソードは、実話を元にしています。