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竜騎士の日本見聞録  作者: ロクイチ
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第166話 天才魔導師、世に出る


季節は初夏、すでに梅雨の足音が近づいている日本国、北の暴発騒ぎも落ち着いた頃、フレルとルレイ

は元の世界へと帰還していった。今後も定期的に日本を訪れ、聖女巡礼、、、、いやもとい、地球の技術

を学ぶそうだ。さて、そんな日常が過ぎていく中、東京都F市のとある賃貸マンションの一室で1人の女性

が歓喜の声を上げていた.


「うふふ、ほほほ、あーはっはっはっ! やった、やりましたわ! やっぱりティワナはやればできる子

なのですわーーーーーー!!」


彼女のパソコンのディスプレイに表示されていたのは、カメラの設計図面であった。なぜそんな物の設計

をしていたかというと、イザベルの姿を考えうる限りの最高の画質で記録したいという目的であった。


「クレアブルでは聖女様と讃えられるほど、お姉さまは美しいのですぅ。しかしお姉さまも人間、いずれは

年を取り、その容姿は年々衰えてしまいますぅ、、、、お姉さまの尊きお姿を後世に残すには、今しかない

のですぅ」


本人が耳にしたら、結構ムッとしそうなことを無意識に口にするティワナであった。でもそれなら、今でも

性能の良いデジカメがいくらでもあるのではないか、と普通は思うのだが、残念ながら既存のデジカメは

彼女のお眼鏡にかなうことはなかった。


「フルサイズで高画素なのはいいんですけど、重すぎますわー、、、、なんであんなに肥大化してしまった

んでしょう・・・・・あまりにも醜すぎますですぅ」


高機能化するごとに肥大化し、ダウンサイジングするのはフィルム時代から、カメラのたどってきた歴史で

ある。現在小型軽量がウリのミラーレス機でさえ、高級機は大型化、レンズも巨大化が進んでいるのだ。


「それに比べ、かつての名機のなんと美しいこと、うっとりしてしまいますですぅ」


ティワナが手にとったのはオリンパス・ペンF(注1)、1960年代ハーフ判の一眼レフとして一世を風靡した

名機だ。


「特にこの花文字の”F”は素晴らしいセンスですわ。このカメラを設計した方は、きっとロマンチストな方

だったのですねー」


ペンFは当時、一眼レフでは必須とされていたペンタプリズムの出っ張りをなくすべく、ハーフミラーやプリ

ズムを巧みに組み合わせた構成となっている。このペンFをドイツのケルンで開かれる世界有数の写真

業界の見本市、フォトキナに出品した時、設計者はプライドの高いドイツカメラメーカーの関係者から、


”やあ、独創的なカメラだ。おめでとう”


との言葉をかけられたというエピソードは有名だ。


ティワナの設計したカメラはこのペンFに範をとり、ほぼ同じサイズながら35mmサイズのセンサーと光学

ファインダー、背面液晶を備えた画期的なものだ。現在でもEVFを用いて小型化を実現してるカメラは

多いのだが、ティワナがあえて小型化には不利な光学ファインダーにこだわったのには、ワケがある。


「お姉さまのご尊顔を拝見するのはやはり、最高の見え味を誇る光学ファインダーでなければならないの

ですぅ。目指すはライカM3(注2)のファインダーですぅ」


現在主流になりつつあるEVF(液晶ファインダー)だが、その見え味は残念ながらまだ光学ファインダー

には遠く及ばない。ティワナは伝説的な見え味を誇るライカM3のファインダーを、目標にしているのだ。


「さてと、次はレンズですね。ああ、何とシンプルで美しい構成なのでしょう・・・・・」


ティワナはディスプレイに表示されたとあるレンズの図面を見て、うっとりとしている。それは3群4枚構成

のレンズ、”テッサー”だ。1902年、当時ツァイスに在籍していたパウル・ルドルフがヴァンデルスレッブの

協力を得て設計したこのレンズは、その頃主流だった3枚構成のトリプレットタイプの欠点を見事に克服し、

「鷹の目」の愛称で全写真家憧れの的となった。


その後、ローライフレックスやイコンタ、コンタックス、エキザクタ等の名機にも採用され、その名声は発表

から100年以上を経た現在でも、不動なのだ。


「パソコンもない時代に、よくこんな素晴らしい性能のレンズを設計できたのですぅ。昔の人はすごいの

ですぅ」


そう感嘆するティワナ、レンズの設計には膨大な計算が必要だ。コンピューターのない時代は手計算か、

大人数で手回し式の計算機を使用して設計していたのだ。そんな彼女の机には、1冊の本が置かれて

いる。その題名は「レンズ設計の原理」、著者はエルマーを始め初期のライカレンズのほとんどを手掛けた

マックス・ベレーク、戦後日本のレンズ設計者達はこの本を教科書として学び、やがて世界に冠たる光学

王国日本の(いしずえ)を築いていった。


こうして、ティワナは過去の偉大なエンジニア達と図面や数式を通した会話を繰り返しながら、独自の光学

理論を編み出していったのである。


「ふむ、、、、次はセンサーですね。やはり、あのメーカーしかありませんですぅ」


ティワナは、自分が設計したカメラを実現すべく、ある光学メーカーにコンタクトをとった。


「う~む、、、、これをあなたが設計したのですか」


東京都文京区にある日本最高学府の会議室、そこで図面を見ながらうなっているのは株式会社アルファ

・オプティックの社長、海野である。その前にはティワナと学長が座っていた。彼女はこのメーカーこそ、

自分の理想のカメラを実現するにふさわしいと、大学を通じてアポを取り付けたのである。海野も送られた

図面を見た瞬間、これまでのカメラをブレークスルーするものだと直感し、ティワナと面会することを決めた

のだ。


「はい、ぜひこのカメラを実現したいと思いまして、御社に連絡を取らせていただいたのですぅ。他社の

デジカメも試してみたのですが、満足できる画質だったのは、アルファさんだけだったのですぅ」


アルファ・オプティックは元々サードパーティの交換レンズメーカーであったが、デジタル時代になり独自の

カメラを開発した。普通のデジカメでは有名メーカーに太刀打ちできないと、画像のイメージセンサーに

特色を持たせたのだ。


通常のデジカメに使用されるベイヤー式センサーは、赤、青、緑の三原色を一層で取り込んでいる、その

ためすべての色情報を取り込むことができず、疑似的に色補完の処理を行わなければいけない。しかし、

アルファ社の”アフロディーテ”と名付けられたセンサーは三層構造で、赤、青、緑をそれぞれの層で全て

取りこむことができるのだ。まるでフィルムのように、、、、、


ただしその代償として、高感度には極めて弱く、ISO400ではノイズが顕著になる、データ量が膨大なため

メモリーカードへの書き込みに時間がかかる、などの欠点を抱えていた。そのため画質にこだわる一部の

マニアからは熱狂的な支持を得ていたが、一般的な人気を博するまでには至っていない。ただ、立体感、

シャープネス、その場の空気感などは、APSサイズながら中判デジタルに匹敵するほどだ。


「この設計なら35mmフルサイズでもコンパクトなボディ、レンズが実現可能なのですぅ」


「そうですか、、、徳田君、開発担当者として、クランドルさんの設計はどう思いますか」


「ええ、実に優れた設計だと思います。ただ、クイックリターンミラーの作動部品が細すぎて、通常の材質

では恐らく1000回の動作に耐えられないでしょう。その他にも小型化しすぎた弊害がありますね」


「そうか、八島工場長はどうですか」


「ボディもですが、レンズも非球面以上に加工が難しいシロモノですね。特注品ならともかく、これを大量

生産しようとしたら、品質管理がすごい大変なことになりますな」


海野が連れてきたエンジニア達の意見を聞いて、ティワナの顔が暗くなる。ダメかとあきらめかけたその

時であった。


「では、お二人ともこのカメラをどうしますか」


「はい社長、ぜひやりましょう! 実現すれば他社への大きなアドバンテージとなりますよ」


「ええ、こんなやりがいのある仕事は久々ですよ。今から腕が鳴りますな」


「えっ!」


てっきり断われるかと思っていたティワナも、思わぬ展開にポカーンとしてしまう。


「本当に、このカメラを開発していただけるのですか」


「ははは、他がやらないことをやるのが、わが社の信条ですから」


「こんな若いお嬢さんが、これだけの設計をしてくれたんだ。技術屋の意地に賭けて、ぜひモノにしてみせ

ますよ」


「あ、ありがとうございますぅ、、、、、」


アルファ社には、かつての日本企業が持っていたチャレンジ精神が今も息づいている。ティワナが感激の

あまり目をウルウルし始めた時、海野は更に予想外の提案をしてきたのだ。


「ところで、開発にあたってぜひクランドルさんにも、技術アドバイザーとして参加して頂きたいのですが。

もちろん報酬はお支払いいたしますよ」


「え、私が入ってもいいのですか」


「はい、クランドルさんの才能は素晴らしいです。ぜひお力を貸していただければと思います」


海野はティワナの才能が自社の刺激になると踏んで、彼女を誘ったのだ。ティワナもそれを了承した。


「それで、このアフロディーテセンサーを開発した方にもお会いしたいのですが。本当に素晴らしい発想を

お持ちの方なのですぅ」


だが、ティワナの言葉にアルファ社側は暗い表情になってしまった。


「・・・・・それが、開発者は6年前に病で亡くなりまして、、、、」


「えっ!」


「我々は、彼が遺したこのセンサーの素晴らしさを世の中に知ってもらいたい、その想いもあってこれまで

開発を続けてきたのですよ」


「そう、、、、だったのですか・・・・・」


海野の言葉にティワナはあらためて、このカメラを実現させることを心に誓った。そして、これが後世に

ニュートンやアインシュタインと並ぶ天才と謳われたティワナ・クランドルが、世に出る第一歩となった

のである。


※参考書籍

 写真工業2005年10月号(テッサータイプの研究)写真工業出版社


※参考URL

 (株)シグマ https://www.sigma-global.com/jp/about/


※注1 オリンパス・ペンF

 小型軽量のOMシリーズやキャップレスコンパクトのXAなどを手掛けた故・米谷美久氏

 設計によるハーフ判一眼レフカメラ。作中のフォトキナでのエピソードは実話である

※注2 ライカM3

 1954年、エルンスト・ライツ社(現:ライカカメラAG)から発売された究極のレンジファインダー

 カメラ。その複雑精密なファインダー光学系は当時の日本カメラメーカーをして、「図面を起こしても

 作れない」と言わしめたほど。このため日本メーカーはレンジファインダーから一眼レフへと方向転換、

 結果的に日本がドイツを追い越すきっかけを作ってしまったカメラ。当のライツ社でもあまりにも

 高コストだったため、後継機種はファインダー構成を簡略化した。故に、発売後60年以上を経た現在

 でも、M3を超えるレンジファインダーはこの世に存在していない。


・・・・今話はこれまでで一番、趣味に走ってしまいました(汗)

なお、アフロディーテセンサーのモデルは、(株)シグマ社のFoveon X3センサーです。

筆者もシグマ社のカメラを使用しておりますです。

 

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