第160話 裏切られた竜騎士
「おーい、そろそろ元に戻らんか。本当にお湯でもかけるぞ」
「はっ、すみません、今何かとてつもなく不穏なことを聞いたような気がいたしまして」
「はっはっはっ、殿下、きっと慣れぬ異世界にきて疲れがたまっていたのでしょう」
そう現実逃避をするフレルとルレイに、イザベルは現実を突きつける。
「いや、本当に近い将来結婚する気なのだがな、、、、」
「そ、そんなあぁぁぁぁぁっ!」
「聖女様が、、、ああっ、我らの聖女様が結婚してしまうなんてえぇぇぇぇぇっ!」
「フレルさん、ルレイさん、もういい加減にしてくださいっ!」
まるでアイドルの結婚を嘆くファンのようなフレルとルレイを、斉木が一喝する。
「あのですね、イザベルさんは日本では一般市民なのですから、誰と結婚しようが自由なんですよ。
あなた達の勝手な気持ちを押し付けるのはやめにしてくださいね」
「お二人とも斉木さんのおっしゃる通りですわ。今の殿下達はこちらで言う、”キモオタ”そのものですわよ」
斉木に続いてラミリアも2人をたしなめるが、彼らは何かうわ言をつぶやきながらシクシクと泣き始める。
まだ梅雨でもないのにうっとうしいことこの上ない。
「はあ、想像以上に拗らせちゃっているわねえ、、、、まあ、とりあえず宝来軒に行きましょう。次の予定
ですから」
今回の彼らの旅には、地球の食文化の体験も含まれている。クレアブルの料理発展に役立てようとの
狙いである。斉木はまだメソメソしているフレルとルレイを引っ張るように、宝来軒へと向かっていった。
「あ、フレルお兄ちゃんにルレイお兄ちゃん、久しぶりなのじゃー」
「「ぐはあっ!!」」
純真無垢な笑顔でフレル達を出迎えたのは、宝来軒の養女となったニールである。彼女は学校が休み
の時は店を手伝い、すっかり宝来軒の看板娘となっている。その邪気のない笑顔は、ささくれだった
フレルとルレイのハートを完璧に撃ち抜いてしまった。
「幼いとはいえ魔王の笑顔に魅了されてしまうとは、、、、くっ殺せっ!」
「殿下、やはり異世界でも魔王は魔王なのです。140年生きてきたこの私まで魅了するとは」
「そなたら、一体何を言っているのだ。聡のヤツじゃあるまいし・・・・・」
イザベルはすっかり呆れ顔である。これではまるで義弟のようではないかと。しかし2人の暴走は止まらない。
「殿下、もはや今代の聖女様は我らの想う聖女様ではありませぬ。次代の聖女様はこのニール様こそが
ふさわしいかと」
「そうだな、、、、ニール”たん”こそ我らが崇める聖女様にふさわしいぞ!」
実に清々しいほどの手のひら返しである。まあ、アイドルオタクにはよくあることだ。フレルなぞはついに
”たん”呼びをし始めた。とうとう開いてはいけない扉を開けてしまったようだ。
「こやつら、、、、たたっ斬ってもよいか」
「イザベルさん落ち着いてください。ここは私にまかせてくださいね」
フレルとルレイの見事なまでの宗旨替えに、聖剣”ガレル”を顕現させるイザベルだが、斉木がそれを
押しとどめる。
「フレルさん、ルレイさん、今、何とおっしゃいましたか」
「いや、ニールたんこそ次代の聖女にふさわしいと、、、、」
そこで斉木の纏う雰囲気がガラリと変わった。彼女の周囲はまるでブリザードが吹き荒れているかのよう
な冷気に覆われている。
「お二人とも、ニールちゃんはすでに日本国籍を有する我が国の国民なのですよ。まさか、イザベルさんの
時のように、あちらに拉致するつもりじゃないでしょうね」
「い、いや斉木殿、、、、そのようなことは全く考えてもおりませんで・・・・」
「うふふ、そうですよね。もし今度そんなことをすれば、我が国の全武力をもって拉致された国民を取戻し
に参りますよ」
さすがは海千山千の各国首脳に、”魔女”と言わしめるだけのことはある。斉木の迫力にフレルとルレイは
ただ首を縦に振ることしかできなかった・・・・・
「まったく、、、、、あれだけ聖女様聖女様と言っていたクセに、彼氏がいるとわかった途端ニールに鞍替え
しおって、ものすごい裏切りにあった気分だぞ」
「あはは、本当にアイドルオタクみたいだったよねえ。あの2人」
「しかも次はニールに色目を使うとは、あの時斉木殿が止めなかったら、その首はねてやるところだったわ」
都内の賃貸マンションに戻ったイザベルは、異世界のパープーコンビに文句たらたらであった。その後
彼らは吾妻からもきついお灸をすえられ、日本各地の視察へと出かけていった。特に日本の農業の知識
をクレアブルに取り入れ、収穫量の安定を目指すそうだ。
「あれ、今日の講義は中止か、、、、」
「ああイザベルさん、教授、具合が悪くなったそうだよ」
翌日大学に出かけたイザベルは、予定していた講義が中止になったことを知った。
「ふむ、予定がすっぽり空いてしまったな、、、、確か明も今日は休みだったか」
これから行く連絡をしようとして取り出したスマホを、彼女はまたバッグの中にしまった。
「ふふ、突然行って驚かしてやるか」
イザベルは途中スーパーに寄った。彼氏に手料理を振る舞おうとの目論見だ。お買い物をすませ彼女は
ルンルン気分で佐野のマンションに向かっていった。
「さてと、、、、ん、この気は一体・・・・」
インタフォンを鳴らそうとしたイザベル、彼女はその鋭い勘で佐野の部屋に、複数の気配が存在すること
を察知した。防音の結界を張り、合鍵でドアを開けると玄関には女性の靴が置いてあった。イザベルが
耳をすますと、奥からは声が聞こえてくる。男女が愛し合う声だ。彼女の表情が歪む。自分もこの間、
あの部屋で同じように愛を確かめ合っていたのだ。
気配を殺しながら寝室の前に立ったイザベルがガラっとドアを開けると、ベットの中にいた男女が驚いた
表情で彼女の方に顔を向けた。男性は佐野、そして女性はイザベルの大学の友人、宝京子であった。
「2人とも、これは一体どういうことなのだ。私にもわかるよう、説明してはくれまいか」
イザベルは、ぞっとするほどの冷たい口調で佐野と京子に問いかける。それは恋人や友人に向けるもの
ではない。まるで敵国の捕虜に尋問するような口調であった・・・・・
修羅場の始まり