第158話 鎌倉デートと春の椿事
さて、七里ヶ浜の絶景を堪能したイザベルと佐野、予約したホテル内のフレンチレストランで湘南の夜景を
眺めながら、ディナーを楽しんでいた。話題は先日、鈴木家と佐野との初顔合わせの件だ。
「明よ良かったな。達夫とーさんと良枝かーさんに認められて・・・・・」
「うん、、、、あれだけ緊張したの、人生で初めてだったよ。口添えありがとう、イザベル」
2人はその時のことを思い出して、遠い目をしてしまった。数年来の付き合いのあるヴィドですら、かなーり
厳しい目で見られたのだ。ましてやこれまで赤の他人だった佐野は、しょっぱなから馬の骨扱いであった。
イザベルの援護もあって、何とか達夫と良枝には2人の結婚を前提とした、交際を認めさせることができた
のであった。
「ところで、5月の連休前には、また実家に来て欲しいのだが、、、、」
「それはかまわないけど、何かあるのかい?」
「すまぬ、今はまだ、私の出自に関することとしか言えないのだ。今回は政府の人間と会ってもらうこと
になるな」
「わかった、じゃあ詳しいことは当日にでも」
佐野もイザベルが異世界人であるということは、すでに承知している。恐らくこの件に関することなのだろう
と予想して、それ以上のことは聞かなかった。
「ふふ、まあ達夫とーさん達の試練を乗り越えられたのだから、大丈夫だ。では、そろそろ部屋に戻ると
するか」
そう微笑むイザベルの顔はワインで少し赤みが差し、妖艶な表情だ。それを見た佐野は心臓の鼓動が
跳ね上がるのを感じてしまう。その後2人は部屋で愛を交わし合い、朝を迎えたのである。
「ほう、ここの桜も見事であるな」
朝食後ホテルをチェックアウトしたイザベルと佐野は、腰越からブラブラと龍口寺までの散策を楽しんで
いた。ここは江ノ電が道路の真ん中を走る併用軌道の区間なのだ。路面電車ではなく、通常の電車が
道路上を走るところは全国でも珍しく、彼女達の他にもちらほらとカメラを構える者が見受けられる。
「どれ、江ノ電が来たら桜と一緒に撮ってみるか」
「それなら、一緒に記念撮影しようよ。あ、そこの方すみません、シャッター押してもらえますか」
龍口寺の境内には見事な桜があり、近くを走る江ノ電とからめて撮影している者も多い。佐野は近くに
居合わせた人にツーショットの撮影をお願いした。
「それじゃ、シャッター押しますよ~」
「はい、ありがとうございます」
こうして、2人の思い出がまた一つ増えることとなった。ブラブラ歩きを再開した彼女達は、湘南の代表的
なスポット、江の島へと向かったのである。
「長いエスカレーターだね~」
「まあ、ずいぶん楽はできるな」
江の島の上まで歩くこともできるが、エスカーという有料の施設もある。イザベルと佐野は登りは楽に行く
ことにしたのである。頂上に着いた2人は早めのランチをとるため、近くのイタリアンレストランに入店した。
このお店は相模灘を見下ろすテラス席がウリなのだが、早く埋まってしまうため開店直後に訪れたのだ。
「明よ、この”フジツボのフリット”とかいうの、頼んでみるか」
「ソフトシェルクラブも美味しそうだね」
この他にも名物のしらすピッツアやジェノバ風シラスの釜揚げなどを注文し、グラスワインを傾けながら
優雅なランチタイムを楽しむのであった。
「お、フレンチトーストの店があるぞ。デザートにどうだ」
「デザートって、、、、さっき食べたじゃん、もうお腹いっぱいなんだけど・・・・」
「はっはっは、甘い物は別腹ではないか。それにここは昨日入った店の本店らしいぞ」
江の島のシンボルといえばシーキャンドルである。ここに登って360度パノラマの絶景をしばし堪能した後、
イザベルは近くにあるフレンチトースト専門店でまたまたトーストを頬張っていた。佐野はコーヒーを飲み
ながら、苦笑してその様子を見つめている。すっかりお腹も満足したイザベルと佐野は、今回のデートの
最終目的地へと向かう。
「む、この生しらす丼とかいうヤツ、なかなか美味そうだぞ」
「イザベル、さすがにもう食べ過ぎだよ~」
湘南のお洒落なイメージの強い江の島であるが、島内の通りは寅さん映画に出てきそうな昭和レトロな
お店が軒を連ねている。あっちこっちと寄り道をしたがるイザベルをなだめすかしながら、2人はようやく
目的の”恋人の丘 龍恋の鐘”にたどり着いた。この鐘を鳴らした後、近くの金網に2人の名前を書いた
南京錠を取り付けると、永遠の愛が叶うと言われているスポットだ。とーぜん周囲はアツアツカップル
ばかしである。イザベルと佐野も一緒に鐘を鳴らした後、2人の名前を書いた南京錠を金網に取りつけた。
「イザベル、今度はあじさいの時期にでも来てみようか」
「うん、そうだな。約束だぞ、明!」
こうして、2人のイチャコラ鎌倉デートは終わり、イザベルも日常に戻っていった。しかし、そんな彼女に
春の椿事ともいうべき出来事が待ち構えていたとは、この時には想像もできなかったのである・・・・・
「はい、おつりは180円になります。ありがとうございました~」
鎌倉デートの翌日、イザベルは午前は大学の講義を受け、午後からはバイト先のコンビニのシフトに
入っていた。休憩時間には同僚に、江の島名物の海苔ようかんをふるまっている。社会ではこういう
ちょっとした心遣いが、職場の人間関係を円滑にするコツだったりするのだ。
「でも先輩、来月にはバイト辞めるんですよね。寂しくなりますよ」
「ああ、そろそろ公務員の試験も迫っているでな。それに備えなければいけないからな」
「でも先輩の成績なら、余裕だって綾香先輩も話してましたよ」
「いや裕美よ。油断は禁物だ。いつ足元をすくわれるかわからんからな。入念に準備するにこしたことは
ない」
そこで例によってお調子者の丸尾が
「そうですね~、いつすべって転ぶかわからないっスからね~」
等とほざいていたので、とりあえずファイヤアローを喰らわしておいた。本当に学習能力のない男である。
「先輩~、、、、丸尾さんなんかプスプスこげてますよ~」
「裕美よ心配は無用だ。どうせすぐ復活するぞ」
「うう、イザベルさんヒドイっスよ~、ちょっとしたアメリカンジョークじゃないっスか~」
と、いつものなごやかな職場にその珍客はやってきた。
「裕美、そんなものは捨てておけ。お客様が来店したぞ」
「はい、いらっしゃいませ~」
だが、その2人組の客はイザベルのいるレジ前に直行すると、いきなりひざまづき彼女に祈りを捧げる
ポーズをとったのであった。
「おお、再び聖女様に御目通りがかなうとは、、、、これも全て全知全能の神のお導きでございます」
「我ら許されざる大罪人、再び聖女様のお目を汚してしまうこと、どうかお許しください」
そう滂沱の涙を流しながらイザベルに祈りを捧げる2人組の男性、それは異世界クレアブルに存在する
ブライデス王国の王太子フレルと、王宮筆頭魔導師のルレイであった。
「そ、そなたら、、、、一体何しに来たのだ」
思いもかけない春の椿事に、さすがのイザベルも顔を引きつらせてしまったのである。
今話に登場したお店も、実在します。デートのご参考にどうぞです。
ちなみに生シラスは江の島近辺の食堂で味わえますよ~
・ル・トリアノン(鎌倉プリンスホテル内のフレンチレストラン)
・イルキャンティ・カフェ江の島(江の島頂上のレストラン)
・LONCAFE湘南江の島本店(フレンチトースト、サムエルコッキング苑内)
・玉屋本店(海苔ようかん)