第15話 家族の絆
さて、鈴木家に戻ってきたイザベルは、家の中を案内されていた。ちなみにヴィドは近所の賃貸マンションに
入居することになっていて、そちらへと向かっていった。
「ここがお風呂ね。使い方はこの蛇口をひねるとお湯が・・・・・・・・」と綾香が説明する。
「う~む、広い浴槽だな。大人2人は余裕で入れるぞ。これが一般家庭の設備だとは、、、、、、」
「まあ、家族用としては普通の広さなんだけどね。温泉いくとこれよりもっと広いお風呂に入れるよ。今度
近場の温泉にもでかけようか」
「おお、日本にはすごい数の温泉が存在すると聞いている。楽しみにしているぞ」
日本人の風呂や温泉へのこだわりは、昨日今日でできたものではない。すでに江戸時代の中期以降は
庶民の間にも温泉旅行がブームとなっていて、名所旧跡を見学し名物に舌鼓をうって、温泉でまったりし、
隣近所用にお土産を買うという、ほぼ現代と同様の温泉旅行のスタイルが完成している。
現地の宿を手配してくれる旅行代理店も存在していたというから、驚きだ。
「それからここがイザベルの部屋ね。とりあえず部屋のレイアウトは業者さんがやってくれたままでいいかな。
後で自分の使いやすいように変えていってね」
一通り説明を受けた後、居間でイザベルはあらためてあいさつを行った。
「達夫殿、良枝殿、このたびは厚遇をしていただけたこと感謝する。ついては今後とも・・・・・・・」
しかし、達夫と良枝は渋い顔だ。
「う~ん、、、、これからは家族になるのだし、”殿”つきはちょっとなあ、、、、、」
「そうね、なんか他人行儀すぎるわよ。あ、私はベルちゃんって呼ぶから。綾香のこともアヤちゃんと
呼んでるしね」
「そ、それでは父上、母上と・・・・・・」
良枝は小首を傾げながら、
「まだ固いわねえ、、、、あちらのご両親と違ってうち一般家庭だから」
「そうそう、そんな呼び方されたら背中がくすぐったくなってしまうよ」
困っているイザベルに、綾香が助け舟を出した。
「私もおとーさん、おかーさんって呼んでるから、達夫とーさん、良枝かーさんでどう?」
「わ、わかった、では達夫とーさん、良枝かーさん、不束者ですがよろしくお願いします」
そう言いながらイザベルは頭を下げた。
「まだなんとなく固いかな。まあ今すぐに実の親子同様に接するのは難しいのかもしれないけど、
これからじっくりと絆を深めていきたいと思っているよ。私だけでなくみんなもね」
達夫の言葉にうんうんとうなずく良枝と綾香、聡の3人、イザベルは彼らが本当の家族と同じように、
愛情をもって接してくれていることを感じ取り、瞳をうるませながら再び頭を下げるのであった。
この日の夕食はイザベルの歓迎会も兼ね、にぎやかなものとなった。ご近所のヴィドも差し入れを
持参して一緒の食卓についている。
「じゃあベル姉、あっちには本当にエルフとかいないの」
聡はベル姉呼びに決定したらしい。
「いや、みんな本当にそればっかり聞いてくるのだがな、そういう種族は存在しない。しかしなぜ、
ネコミミとかに執着するのか、まったく理解ができないんだが・・・・・・」
中二な国家なので、仕方がありません。
「しかしイザベルよ、お主こちらのご家族に迷惑をかけるでないぞ。なにしろそなたときたらちょくちょく
皇城抜け出して、リーゼ殿によく怒られていたではないか。そなたが戻るまで皆どれほど心配して
いたのかわかっているのか」
「ちょ、ちょっと待てヴィド、何もここでこんなこと言うことはなかろう。も、もちろん反省はしているぞ、うん」
ビールで軽く酔いの回ったヴィドに過去の行状を暴露され、慌てるイザベル、それを耳にした達夫と
良枝が釘を刺す。
「イザベル、うちはちゃんと門限が決まっているからな。家族としてそれは守ってもらうぞ」
「ベルちゃん、もし決まり破ったらお仕置きだからね」
さすがに警察官の家庭だけあって、そういうところは他の家庭より厳しい。イザベルも姿勢を正して、
「は、はい、守ります」と返事をするのであった。
夜も更けて就寝の時間、だが、イザベルはベッドの中でなかなか寝付くことができなかった。身を
起こして1階に降りてゆき、縁側の戸を開けて夜空を見上げる。
「父上、母上、、、、ご心配かけて申し訳ありません・・・・・・」
夜空の月は、フェアリーアイズとそう変わらない。月を眺めながら祖国に古くから伝わる民謡を口ずさむ
彼女の頬に、一筋の涙が流れる。
隣室で寝ていた綾香は、物音がするのに気づき目がさめた。イザベルが縁側から庭に出ているのを
見て声をかけようとした瞬間、悲しい旋律の唄を口ずさむ彼女の肩が震えているのに気が付いた。
「あっ」と声を出しそうになるところを、同じく起きてきた達夫と良枝が制止する。そして
「この毛布、かけてあげなさい」
綾香はあえて明るく声をかけた。
「イザベルー、こんなところにいるとカゼひいちゃうわよー、はい、これかけてね」
「む、すまぬな綾香、夜空がきれいなのでつい見とれてしまったよ」
振り向いたイザベルの目は、まだ赤かった。
「さ、もう寝よ。明日は買い物もあるしさ」 「うん」
2人は家の中に戻っていく。そして、誰もいなくなった庭を月光がやさしく照らし続けた。
ふう、ようやく主人公が日本に受け入れられるところまで書き上げました。
作中でイザベルが口ずさんでいた民謡は、モンゴルの馬頭琴のような旋律を
イメージしています。