第154話 ゲレンデがとけるのは温暖化のせい?
「迷惑かけて、本当にごめんなさいっ!」
ホテルに戻ってきた綾香は、皆の前で頭を下げた。もっとも先ほどあの甘いやり取りを見せつけられた
ばかりなので、彼女をとがめるどころかむしろ生暖かい目で見つめるのみである。
「まあ、ぼくと出会った頃の貴子を思い出す、、、ブフォッ!」
「あらやだ浩二さん、そんな黒歴史ここで言わないでくださいな」
今でこそ旦那持ちであり、アパレルメーカーでは新進気鋭のデザイナーとして活躍している貴子だが、
イザベル達と初めて出会った高校生時代は、素直になれない拗らせ女子であった。いきなり旦那から
黒歴史を披露されそうになった貴子は、思いっきりひじ打ちを彼の脇腹に打ち込んだ。
「・・・・・貴子よ、そなたもだいぶ強くなったのだな」
「うふふ、これもイザベルさん達のおかげですよ」
本当に人間、変われば変わるものである。イザベルや綾香は『うむ、我らもこれからは貴子を見習わねば』
『そーねー』などとのたまい、男連中を震えさせるのであった。
「あのー、ベルお姉さま」
「ん、どうしたラミリア」
「いや、その、、、、何だかティワナさんの様子がおかしいのですけど」
そう、ラミリアの言う通り綾香と一緒に戻ってきたティワナの目はどこか虚ろで生気もなく、もはや自我も
感じられない状態だ。
「あはは、ラミリア何言ってるの、ティワナちゃんいつもと変わらないよねー」
「ハイ、アヤカサン、ソノトーリデス」
「なぜに、棒読みですの・・・・・」
なおも疑問を呈するラミリアを、イザベルがたしなめる。
「ラミリアよ、それ以上追及するのはやめておけ」
「え、でも・・・・」
「ラミリアよ、日本のことわざを一つ教えてやろう。”触らぬ神に祟りなし”だ」
「ベルお姉さま、わかりましたわ・・・・・」
ラミリアも元公爵令嬢である。これ以上首を突っ込めばロクなことにならないと気づき、一切関知しないこと
に決めた。やはり人間、自分の身が一番可愛いのだ。
「さてと、もう遅いし休むとするか。部屋割りは・・・・」
「あ、あれイザベル、最初聞いていた部屋割りと違うんだけど・・・・」
そう綾香が慌ててイザベルに確認する。確か男性と女性に分かれていたはずなのに、いつの間にか
小野夫妻、イザベルと佐野、ティワナとラミリア、そして綾香とヴィドに変更されていたのだ。
「ん、そうか、まあホテルの人からもこういう部屋割りがいいのでは、と提案されたのでな」
そうイザベルがしれっとして答える。先ほどイタリアンを勧めたウェイトレスが、実にいい笑顔でぐっと親指
を立てた。さすがリゾート地のホテルだけあり、気の利いたサービスである。
「さあ、明日も早いからな。今夜はゆっくり休もうか」
「ちょ、ちょっと、、、それマジなの」
戸惑う綾香をよそに、他のメンツはさっさと自室に戻ってしまった。後に残された綾香はまたまた真っ赤な
表情だ。
「う、ううっ、何よみんな・・・・」
「綾香よ、心配するな。我はそなたが嫌がることは無理強いせぬぞ」
そう言いつつ、心の中で『ただし、喜ぶことはいっぱいしてやるがな』と付け加えるヴィドであった。
・・・・・さて、部屋に入るなりヴィドは綾香を抱きしめ、ゲレンデの時よりも更に深い口づけをする。綾香は
すっかりとろけるような表情だ。
「ねえヴィド、、、、寝る前に少しお酒いいかしら」
「ああ、何でも好きなものを飲むといいぞ」
綾香もこの先の展開はわかっている。さすがにシラフでは恥ずかしいので酒の力を借りようと思ったのだ。
それを理解しているヴィドも了承した。しかし、この事が悲劇の序章になるとは、神でさえ気づくことはでき
なかったのだ。1時間後・・・・・
「・・・・ううっ、我はもうダメだ、これ以上は飲めん」
「きゃあ、ヴィド大丈夫なのっ!」
「まさか綾香がこれほどのうわばみであったとは、、、、このヴィドローネ一生の不覚・・・・」
そしてそのままヴィドは意識を手放してしまった。部屋には麒麟山、緑川、大洋盛など新潟の誇る地酒の
”一升瓶”がゴロゴロしていた。ドラゴンの一族は酒好きで知られているが、まさか綾香がそれを上回るほど
の酒飲みだとは、さすがのヴィドも予想外であったのだ。
「一体何なのよ、もう・・・・・」
綾香はソファで大いびきをかいて寝てしまったヴィドに毛布をかけると、ベットに潜り込んでふて寝を決め
こむのであった・・・・・
本文に出した地酒はいずれも筆者のお気に入りの銘柄です。
どれも水のごとくすいすい飲める、美味しいお酒ですよ。