第146話 竜騎士、聖なる夜に、、、、
「その時、明は無頼の輩共の前に立ちはだかり、こう言ったのだ。”ここはぼくが食い止めるから、駅前の
交番に逃げてくれ!”とな。その時の彼は、まるで皇国の神話に登場する英雄のようであったぞ」
東京都内にある某コンビニエンスストア、そこではバイト中のイザベルが先日の武勇伝を、同僚たちに
熱く語っている。しかも、”ナイフを振るう暴漢から私をかばい”等と、話の内容が特盛に盛られてしまって
いた。それに同僚たちはさすがにうんざりした様子である。
「イザベル君、前に聞いた内容よりずいぶん盛られていないかい」
「先輩、もうそれ別のお話しになっていますよ」
「みんなはまだいいわよ。私なんか朝起きてから夜寝るまでずーっと聞かされているのよ・・・・・」
なお、お調子者の丸尾が、
「へえ、そこでイザベルさん転ばなかったんすか」
と茶々を入れてきたので、とりあえず殴っておいたのであった・・・・・
「それでイザベルさん、今度のイブは彼氏と一緒に過ごすんですか」
「よくぞ聞いてくれた夏美よ。明からも”予定空けておくから”と言われたのでな。ここで一気に、、、、」
「うわー、先輩も結構大胆ですねー」
恋バナで盛り上がるイザベルと女性同僚たち。だが、この場にそれを妬ましく思っている者がいた。言う
までもなく・・・・・
「うふふふ、いいわねえイザベル、私は今年のイブもお店でケーキ販売よおぉぉぉぉぉっ!」
「お、落ち着け綾香よ、頼むからその黒い瘴気は納めてくれ!」
「うう、なんか店内が息苦しいですよ」
まるで魔神か暗黒神が降臨したような綾香を、イザベルは何とかなだめるのであった。
「全く、、、そなたもヴィドの求愛を受け入れれば、たちどころにリア充の仲間入りだぞ」
「うーん、でもなんかそーゆー気持ちになれないっていうか・・・・」
その会話に目ざとく反応したのが、後輩店員の裕美だ。
「・・・・・綾香先輩、もしかしてそのヴィドって、ドラゴンのヴィドローネ様のことですか」
「え、ええそうだけど、、、、裕美ちゃんなんか目が怖いよ」
裕美からは先ほどの綾香をも上回るドス黒い瘴気が現れた。さすがのイザベルや綾香も後輩の変貌に
腰が引き気味だ。
「ふ、ふふふ、ヴィド様のブログに”愛する女性が~”などとありましたので、ファンの間では一体誰だ、全く
もってうらやまけしからん! と話題だったんですよ。綾香先輩、覚悟はいいですか」
「裕美ちゃん、か、覚悟って・・・・・」
「ふふふ、日本国内でも3万人、世界では10万人は存在する”ヴィド様ファンクラブ”会員を、敵に回すって
ことですよ」
予想外の事態に、綾香も顔面蒼白だ。確かに大人気のアイドルを射止めた相手へのファンの嫉妬は、
これまでにも事例がたくさんある。
「あのね裕美ちゃん、私ヴィドさんのプロポーズ受けるって、まだ決めていないのよ。むしろ断るかも・・・」
「なんと! ヴィド様のプロポーズを断るなんて、なんて不敬な態度なんですか! ギルティです!」
「一体どうすりゃいいのよもおぉぉぉぉぉっ!」
とってもなごやかな職場であった。その後吉田の”はいはい、みんな仕事に戻って”との言葉で、みな
持ち場に戻ったのである。
「イザベル君も彼氏ができてうれしい気持ちはわかるが、職場ではあまり浮ついた気持ちにはならないで
くれよ。ミスの元だからね」
「う、うむ吉田殿すまぬ。公私の区別はつけるから心配は無用ぞ」
イザベルもしっかりと釘を刺され、いそいそと業務に戻るのであった。
「・・・・・イザベル、恥ずかしいからあんまりみんなには話さないでくれよ」
「む、何を言う明よ、この事は子々孫々まで語り継いでいく所存であるぞ」
「本当に頼むから! ぼくのライフはもうゼロだよ!」
そんなこんなで迎えたクリスマス・イブ、イザベルと佐野は銀座のフレンチレストランでディナーを楽しんで
いた。そんな中、チンピラに絡まれた日のことをイザベルがあちらこちらに吹聴していると知ってしまった
佐野は、あまりの羞恥に身悶えしている。
「む、私としては明がいかに素晴らしい男か、皆に知ってほしいだけだのだがな」
「でも、綾香さんから聞いたけど、ずいぶん脚色しているようじゃない」
「まあ、私の視点からだから、多少事実とは異なるかもしれんな」
「おいおい・・・・・・」
と言いつつ佐野もまんざらではない様子だ。好きな女性がここまで他人にお惚気してくれているのだ。
男性冥利に尽きるというものである。
「それじゃイザベル、今日はこれで・・・・」
「む、そうか・・・・」
ディナーの後、雪のちらつく駅前で別れのキスをする2人、あの後したデートもこれでお別れであったのだが、
今日のイザベルは何だかまだ別れを惜しむようであった。
「ん、どうしたのイザベル」
「今日は、まだ、な・・・・・」
女性にここまで言わせてまだ察しないようでは、相当のニブチンであろう。しかし、幸い佐野はイザベルが
何を望んでいるか、その表情を見て理解した。
「イザベル、ぼくの部屋で良ければ泊まっていくかい」
佐野の問いに、イザベルは首を縦に振ってそれを肯定する。2人はタクシーを拾って佐野の住むマンション
に向かったのである。
「外、寒かっただろう。今、部屋暖めるからね」
佐野はイザベルのコートに付いた雪を軽く払うと、自室の暖房をつける。
「とりあえず飲み物出すからさ。コーヒーと紅茶どちらが、、、、」
佐野の言葉は、イザベルの口づけで遮られた。そして・・・・・
「明、私のこともそなたのぬくもりで、暖めてはくれまいか」
「イザベル・・・・・」
2人はそのまま寝室へと入り、ベットの上で深くキスをする。そしてイザベルの服の中に佐野の手が入って
いったのだが、彼女はそれを拒むことはなかった・・・・・
”チュンチュン、チュンチュン”
「う、、、」
翌朝、目覚めた佐野はどこか気怠い風であった。横を見るとイザベルは先に起きており、キッチンで朝食
を作っているようである。よくあるラノベでは、女性主人公が料理のつもりで暗黒物質を作成しまった、と
いうシーンがあるが、イザベルは実家の家事手伝いをやっていたこともあり、それなりの料理スキルを保持
している。
「♪~~♪♪~」
キッチンでイザベルが口ずさむJ-POPを聴きながら、佐野は昨日の”熱い夜”を思い起こしていた。どち
らかといえば、自分はまだ淡泊な方だと思っていた。それが、夕べは彼女にあれほど夢中になるとは予想
外であったのだ。彼女の求めに何度も応じてしまった自分が、まだ信じられなかった。
「お、明よ目が覚めたか。朝ごはんできたぞ」
そう言いながら寝室に入ってきたイザベル、彼女を見て佐野は思わず目を見開いてしまった。彼女の
格好はいわゆる”裸エプロン”と呼ばれるものだったからだ。
「い、イザベル、、、一体その格好は・・・・」
「む、ものの本に世の男性はこういう格好を好む、と書いてあったのでな。どうだ、似合うか」
そう言ってウインクするイザベル、しかし佐野は目を見開いたままだ。そして、鼻からは赤い液体がポタ
ポタとこぼれ始めた。
「わわ、明どうしたのだ! どこか悪いのか!」
「お願い抱きつかないで! 余計止まらなくなるから!」
朝からにぎやかな、バカップル爆誕の瞬間であった・・・・・
朝チュン以前の2人の描写は、尾崎豊さんの「Oh My Little Girl」を
モチーフにしております。
彼の曲な中では、これが一番お気に入りです。