第143話 ドラゴンの告白
「それでヴィドよ、この私に相談事とはいったい何だ?」
「うむ、実はな・・・・・」
穏やかな秋の昼下がり、都内の喫茶店ではイザベルがヴィドに呼び出され、何やら相談事を受けている。
ヴィドの口調もいつもとは違い、何となく歯切れが悪い。
「そうゴニョゴニョ言われても私は何とも言えぬぞ。はっきりしゃべらんか」
イザベルの言葉に、ヴィドは決心したように口を開く。
「実はな、好きな女ができた」
「ほう、これまで数々の浮名を流してきた貴様にも、ようやく伴侶にしたい女性が現れたか。で、それは
どこの女性なのだ」
「・・・・・綾香だ」
「はえっ!」
イザベルが変な言葉を叫んでしまったのも無理はない。綾香とはすでに数年来の付き合いなのだ。
「ヴィドよ、今さらなぜ綾香なのだ。もう高校生の頃からの付き合いであろう」
「我も最初は妹のように思っておった。それが最近はぐっと女っぽくなってきたであろう。気がついたら会う
ごとにどんどん惹かれていったという訳だ」
この年代の女性はまるでさなぎが蝶になるように、メタモルフォーゼする場合がある。ヴィドも二十歳を
過ぎてぐっと大人の女性になった綾香に、異性として好意を持ってしまったらしい。
「それで、私に綾香との仲を取り持って欲しい、ということか」
「いや、まずは綾香が我にどんな感情を抱いているか知りたくてな。それでそなたを呼び出したのだ」
「う~む、それだがな・・・・・」
イザベルはヴィドの言葉に、思わず険しい表情をしてしまった。
「ちょっと前合コン失敗して悔しがる綾香に、”じゃあヴィドはどうだ、あやつも公務員だし優良物件だぞ”と
言ったことがあるのだが・・・・・」
「それで、どういう反応だったのだ」
ヴィドは次のイザベルの言葉を、息を呑んで待っている。
『ええーっ、でもヴィドさん相変わらずキャバクラ通いしまくっているんでしょ。あーゆー風俗好きな人はどうも
ねえ』
「・・・・と、あまりいい感触ではなかったな。まあ、これもそなたの自業自得であるぞ」
「そうか・・・・・」
イザベルの言葉にヴィドは顔を俯けてしまい、ため息を吐いていた。いつもの自信にあふれたドラゴンの姿
はここにはいない。
「綾香のやつ、初デートの相手に二股かけられていたことが結構ショックだったようでな。それ以来相手の
男性にはより誠実さを求めているようだぞ」
ヴィドはしばし考えこんだ末、イザベルに綾香との場をセッティングしてもらうように頼んだ。
「ヴィドよ、私が出来るのは場を用意するまでだ。後はそなた次第であるぞ」
「それは承知している。我が真剣に想っていること、綾香に伝えてみせようぞ」
その翌週、イザベルの仲介によりヴィドと綾香との会合がセッティングされた。イザベルは先に戻って結果
待ちである。しばらくして彼女のスマホにヴィドから着信が入った。
「ヴィドよ、どうであったか」
『ああ、いきなり告白されても恋愛対象としてみたことないから、返事はできない、と言われたよ』
まあ、予想通りの反応である。毛嫌いされていない分、まだ望みはあるだろう。
「それで、これからどうするのだ。綾香のことはあきらめるか?」
『まさか、皇国竜騎士は最後まであきらめないのがモットーであろう。これから本格的に攻撃を仕掛けて
いくぞ』
「ふ、そうだな、だがストーカーにはならぬよう気をつけろよ」
『もちろんだ、綾香に他に好いた男がいるのなら、そのこと祝福することを竜族の名誉にかけて誓うぞ』
それからほどなくして綾香が帰宅してきた。何だか複雑な表情だ。
「おかえり綾香、先ほどヴィドからも連絡があったが・・・・・」
「ええ、”もうそなた以外の女性に振り向くことはない”と言われたけど、今までそういう対象として見たこと
なかったからさ・・・・・」
「ドラゴンは一旦伴侶を定めたら、生涯他の異性に心動かすことはない。ヴィドのやつは本気だぞ」
イザベルの言葉に綾香はしばし”うーん”と考え込む。そして、
「でもさあ、ヴィドさんと一緒になったとしても、私生きられるのあとせいぜい数十年でしょう。その後、ずっと
独り身なんて残酷な運命背負わすことはできないわ」
「皇国でも数は少ないが、人とドラゴンが結ばれた例はある。その場合残されたドラゴンは人を伴侶にした
ことを、後悔していないと例外なく言い切っておったぞ」
マナの存在する皇国では、ドラゴンは人よりも数百年は長く生きる。だが、人を伴侶にしたドラゴンはその
ことを悔やむどころか、伴侶との思い出をまるで昨日のことのように語っているそうだ。
「そうなの、でもそれ抜きにしても、今まで近所の気のいいあんちゃんにしか思ってなかったからさあ」
「まあ、いきなりヴィドのやつに告白されて、戸惑う気持ちはわかるぞ。別に今日明日に返事するような
ことでもないし、そなたの思うがままにするが良いと思うが」
この件については、綾香もしばらくヴィドの様子を見て、ということになった。しかしこの後彼女はヴィドからの
熱烈なアプローチを、受けることになるのだ。
「ところでイザベルの方はどうなの。佐野さんとのこと」
「う~む、それなのだがなあ・・・・・」
イザベルと佐野は月何回かデートを重ねているのだが、未だ友達以上恋人未満、といった関係から進んで
いない。そんな彼女に綾香からは厳しめの言葉が放たれる。
「イザベル、もう佐野さんと知り合って半年以上がたつでしょう。このままズルズルしていたら、単なるお友達
で終わってしまうわよ。間違いなくね」
イザベルはその言葉に、黙ってうつむいてしまった。
身内に不幸があり、更新が遅れてしまいました。
申し訳ございません。