第142話 深まる絆
「今日からこの店で働かせていただくことになりました、藤島健介です。よろしくお願いいたします」
「同じく、佐藤夏美です。よろしくお願いいたします」
そうあいさつする2人は、イザベルのバイトするコンビニで新規採用されたメンバーだ。昨今の人手不足で
オーナーも文字通り月月火水木金金な勤務シフトを強いられていたのだが、ようやくそれから解放される
ことになったのである。
「いやあ、これでやっと30連勤から抜け出せるな。ははは、長いトンネルだったよ」
「オーナー殿、良かったな・・・・・」
過労死寸前まで働いていたことを知っていたイザベル達は、そっと涙をぬぐうのであった・・・・・
「それじゃあ、先輩のみんな、新人に仕事のことちゃんと教えてやってくれよ」
「うむ、承知した。私は鈴木イザベルだ。今後ともよろしくお願いするぞ」
「「はい!」」
そう元気よく返事する新人たち。ちなみに藤島はアメリカ留学の資金稼ぎ、佐藤は専門学校に通いつつ
イラストレーターを目指しているとのことであった。ここで、新人2人がイザベルの顔をしげしげと眺め、何か
を思い出したようである。
「あれ、鈴木さんってどこかで見たような気がしましたが・・・・・」
「あ、そうだ! テレビの記者会見で転んだ人でしたよね。あの映像、動画サイトですごい再生回数だった
んですよ」
「ちょ、ちょっと2人ともそれは・・・・・」
綾香が慌てて止めるも遅かった。イザベルのライフはゼロになってしまった。
「鈴木さんすみません! いきなり失礼な発言申し訳ありませんでした」
「本当にごめんなさい。今後は気をつけますのでどうかそこから出てきていただけませんか」
イザベルはバックヤードの片隅に引きこもり、体育座りをして床にのの字を書いていた。
「うう、、、恥の多い人生でした、生まれてきてすみません・・・・・・」
「あー、これはもうしばらく使い物にならないわね。オーナー、次新人採用する時は、テレビのこと触れない
ように注意してもらえますか」
「すまない、次からは気をつけるよ。イザベル君、2人も謝っているし、どうか機嫌直してそこから出てくれ
ないか」
バーの時と違っておごりは使えない。綾香やオーナーがなだめすかし、イザベルが復活したのは30分後
であった。竜騎士のくせに、本当に豆腐メンタルである。
「・・・・と、いうことがバイト先であってな。全くいつまであのことを言われ続けなければいかんのだ!」
「あー、、、それはもう何とも・・・・・」
先の箱根旅行から1か月ぶりに、イザベルは佐野と一緒に都内のレストランで食事をしていた。しかし、
佐野はイザベルのグチに何とも言えないバツの悪い表情をしていた。彼も初対面でいきなり同じことを
かましてしまったからだ。
「まあ、有名税だと思って気にしないのが一番だよ。別に悪いことしたわけじゃないし」
「うう、明の心遣いが身に沁みるぞ・・・・・」
その後もとりとめのない会話を続ける2人、食後はお互い翌日も仕事で早いこともあり、最寄の駅まで一緒
に歩いてそこでお別れすることとなった。
「明、次はいつ会えるのだ」
「うーん、、、お盆前まで仕事が立て込んでいるからなあ。また連絡するよ」
しかし、佐野の返答にイザベルはやや不満気な表情だ。それを見た佐野は慌てて謝罪する。
「ごめんイザベルさん、必ず連絡するからさ」
だが、イザベルはますます不機嫌な表情になってしまう。
「イザベルでいいぞ」
「え、」
「だ か ら、さん付けなんて他人行儀な呼び方でなく、イザベルと呼んで欲しい、と言っているのだ」
そう口をとがらせて話すイザベル、佐野も彼女を見つめて
「わかった、じゃあぼくもイザベル、と呼ばせてもらうよ」
「うん、いいぞ!」
佐野の言葉を聞いたイザベルは、満面の笑顔で彼に抱きついた。一瞬戸惑った佐野も、イザベルの体を
やさしく抱きしめる。傍目からは完全に恋人同士が別れを惜しんでいるかのようだ。
「ふふ、肉親以外の男性に抱擁されるのは初めてだが、こんなに心地良いとは思わなかったぞ。じゃあ、
今度はゆっくり時間を取って会おうぞ」
「うん、わかったイザベル」
この日2人はつかの間の逢瀬を終えて、改札口で別れていった。だが、着実にその絆は深まりつつあった。
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