第134話 元公爵令嬢のニッポン見聞録(前篇)
みなさま、ごきげんよう。わたくしは鈴木ラミリアと申します。現在は日本で一般庶民として暮らしております
が、以前は地球とは異なる世界クレアブルの中でも有数の大国、ブライデス王国で公爵令嬢として生活
しておりました。
わたくしの生まれたルクレール公爵家は、王国建国に尽力した名門でしたが、お父様の代になり領地経営
がうまくいかず、人身売買や密輸などの犯罪行為に手を染めてしまいました。王国側も薄々感づいていた
ようですが、公爵家の権勢は大きく事が露見することはなかったのです。
そんな環境で育ったわたくしは、平民や格下の貴族を見下し取り巻きのおべっかに気を良くするという、
絵に描いたような傲慢で愚かな貴族令嬢そのものでした。本当に今思うと赤面ものの黒歴史ですわ。
まあ、いずれは公爵家の悪事が露見し、一族諸共断罪される、そんな恐怖心を覆い隠すための強がり
だったのでしょう。
さて、こんな日々を過ごしていた王国に、凶報が舞い降りました。500年振りに魔王が復活し境界付近では
天災級モンスターを含む、魔王軍の活動が活発になってきたとの報せが入ってきたのです。それに対して
王国では、異世界からの聖女召喚の儀式を行うことにしたのでした。それというのも、過去2回の勇者召喚
では魔王を倒すことはできても、その復活を防ぐことができなかったからです。今度は魔王を完全に浄化
して、二度と復活することのないようにするとの目論見でした。
そして聖女お披露目の日、わたくしはこの目で初めて聖女を見た時、思わず心を奪われかけました。彼女
は王国貴族や各国の使節、そして平民の歓呼にまるで王族のような立ち居振る舞いで応えていたのです。
同時に、フレル殿下の隣りに立つ彼女を見て、激しい嫉妬心を燃え上がらせてしまったのですわ・・・・
・・・・・闇ギルドの暗殺者を放って聖女の暗殺を試みたわたくしは、あえなく王国軍に捕縛されました。
公爵家の悪事の証拠も押さえられ、一族郎党処刑は間違いないでしょう。王国軍に踏み込まれた時、
お父様、お母様やわたくしは抵抗せずに捕えられました。無様に命乞いはしない、建国以来の名門家と
して、せめてものプライドでした。地下牢に収容され後は断罪を待つばかりのわたくしに、意外な人物が
面会にやってきました。わたくしが暗殺しようとした聖女です。
彼女と話していく内に、わたくしの中に溜まっていた滓のようなものなのが、どんどん薄くなっていく
のが感じられました。これも聖女の力なのでしょうか。わたくしは、これまで疑問に思っていたことを彼女に
尋ねました。
「あなた、一体何者なの。公式発表では元の世界では学生だということだけど、ただの学生が手練れの
暗殺者を退けるなんて、できるはずがないわ」
彼女の答えは予想の斜め上をいくものでした。地球とは更に別の異世界フェアリーアイズから、戦場での
大規模攻撃魔法の余波でできた次元の裂け目に入り込み、地球の日本という国にたどり着いたとのこと
でした。しかもフェアリーアイズではルーク皇国という国の第一皇女にして、竜騎士団副団長を務めていた
というのですから、これにはわたくしばかりではなくフレル殿下達もお口あんぐりの状態でした。
更に彼女は、わたくしにこれまた斜め上の提案をしてきたのです。それは、日本で人生をやり直してみないか、
というものでした。そんな憐みを受ける謂れはない、と頑なに拒絶するわたくしに、彼女は無慈悲な攻撃を
しかけてきたのです。
「ああ、それからこちらでは王侯貴族の茶会でもなければ口にできないスイーツな、日本では子供の小遣い
でいつでも手に入れることができるぞ」
「わかりましたわ、イザベル様の慈悲におすがりさせていただきます」
・・・・・チョロイ公爵令嬢と思わないでくださいまし。クレアブルとは違う世界を見てみたいという好奇心が
勝ったのです。決してスイーツに心惹かれた訳ではありませんわ・・・・・
それからしばらくして、王国軍が魔王軍に勝利したとの報せが舞い込んできました。しかも、聖女である
イザベル様を迎えにきた、日本の軍まで加勢したとのことでした。戦後処理が落ち着いた頃、公爵家に
対する処罰が実行されました。最後にお父様、お母様との面会が許され、公爵家を破滅させたことを詫び
られるともに、日本で罪を償うように、との言葉をいただきました。
公爵家の最期を見届けたわたくしは、日本への帰還の準備が整うまでイザベル様達と一緒に待機する
ことになりました。
「イザベル様、あの、これは魔狼フェンリルでは・・・・・」
「ああ、名はジークリフトという。日本でペットにすることにしたぞ」
フェンリルをペットにするなど、聞いたことがありません。さすがは聖女様と言うべきなのでしょう。更に、
黒いドレス姿の小さな女の子がいるのに気がつきました。
「この子は何者なのですか」
「魔王のニールだ。こやつも日本に連れていって教育することにした」
想定外の事態にわたくしがお口あんぐりの状態でいると。そのニールという子がトコトコと近づいてきて、
話しかけてきたのです。
「お姉ちゃん、何という名前なのじゃ」
「ラミリアといいますわ」
「そうか、これからはラミリアお姉ちゃんと呼ぶのじゃ。よろしくお願いしますのじゃー」
そう嬉しそうな表情で言うニール、その姿にわたくしの心は撃ち抜かれてしまいました。何だか”ズキューン”
という音まで聞こえてきたような気がします。
はい、チョロイのは自覚しておりますわ・・・・・
部屋にはもう一匹、A級モンスターであるミックスベアの子供がおりました。
「イザベル様、これも日本に連れていくのですか」
「ああ、ようやく念願が叶うぞ」
しかし、これには日本の軍隊の人が猛反対です。
「イザベルさん、これジャイアントパンダにそっくりじゃないですか! 間違いなく密輸したと思われますよ。
さすがにこれは認めるわけにはいきません!」
どうも、ミックスベアは地球では保護されている希少生物にそっくりなようでした。周囲からも強く言われ、
イザベル様は泣く泣くミックスベアの子を連れていくのを諦めたのでした。
「うう~、シァンシァンよ、せっかく一緒にいられると思ったのに」
「名前も微妙すぎますよ!」
そんななごやかな時が過ぎていきました。そして待機部屋の扉が開き、ローブ姿の同年代の女性がフレル
殿下と一緒に入室してきました。
「みなさん、帰還の魔法陣が準備できましたよ。神殿の間まで移動してください」
後で聞くと、その女性はイザベル様と同じ世界から地球にやってきたそうです。元の世界では天才魔導師
との名を欲しいままにしていたとのこと。その子はわたくしを見るなり険しい目つきで睨んできたのです。
「む、あなたが恐れ多くもお姉さまの命を狙った公爵令嬢ですか。本当なら骨も残さず焼き尽くしたいところ
ですが・・・・・」
「はい、本来なら斬首されている身です。日本でも刑に服す覚悟はできておりますわ」
「ティワナよ、すでにラミリアのことは私が許しておる。危害を加えることは許さぬぞ」
「ティワナお姉ちゃん、ラミリアお姉ちゃんをいじめちゃメッ、なのじゃ」
「くっ、、、お姉さまのみならずニールちゃんまで、まあいいでしょう。後は綾香さん達の判断にお任せします」
すると、ニールちゃんが私とティワナさんの手を取り、お互いに握り合わせたのです。
「えへ、これでティワナお姉ちゃんとラミリアお姉ちゃん、仲直りなのじゃ」
一体何でしょう、この可愛い生き物は。ふとティワナさんの方を見ると彼女も悶絶しているようでした。少し
話をすると彼女もわたくし同様、一人っ子で妹や弟はいなかったとのこと。ニールちゃんに魅了されてしまう
のも無理からぬ話ですね。
そして神殿の間に移動すると、そこには異形の物体が鎮座していたのです。
「・・・・これ、魔物ですか」
「ラミリアよ、これは地球の兵器だ。この筒から金属の塊をすごい速度で撃ちだして、敵を殲滅するのだ」
「オーガやトロールも、一発で挽き肉になってしまう威力だよ」
イザベル様やフレル殿下の説明に、わたくしは目が点になってしまいました。異世界の凄さの一端を見た
思いです。そして、いよいよ日本へと転移する時がやってきました。わたくし達は光に包まれながらクレア
ブルから姿を消したのです。
昨日は横浜アリーナにて、桑田佳祐さんのライブに出かけてきました。
第85話で書いた斉木さんのような状態になっている、妙齢のご婦人も
結構いらっしゃいました。
個人的には久々に大名曲「スキップ・ビート」が生で聴けたので大満足です。
それでは、皆様も良いお年をお過ごしください。