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竜騎士の日本見聞録  作者: ロクイチ
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第133話 二千年の”恨”


「あいつら、元旦早々やってくれるな・・・・」


「まあ、ある程度こうなることは想定していましたが、まさか新年からやってくれるとは思いませんでしたよ」


首相官邸では北のクーデター騒ぎを受け、首相の吾妻はもちろん主要閣僚もてんやわんやの状態であった。

もちろんお屠蘇気分は完全に吹っ飛んでしまっている。


「それで池野外務大臣、周辺国の動きはどうだ」


「はい、中国は国境付近に軍を移動させました。これは南も同様です。但し北へ侵攻するのではなく、難民

流出など不測の事態に備えてのことのようですね」


「アメリカからも先ほど連絡がありまして、機動部隊を日本海に派遣するとのことです」


日本が一番恐れているのは、このとばっちりをもらうことだ。冷たいようだが南北が灰になろうとも、日本の

国民に火の粉がかかることだけは避けなければならない。


「日本海側の警戒態勢はどうだ」


「はい、あちらからの不審船に対しては、全て追い返す対応を海保に指示しております」


「イージス艦、PAC3による弾道ミサイル迎撃態勢も整っています」


つい最近も、北の漁船が勝手に日本の無人島に上陸し、地元漁協の設備を散々荒らしてくれたばかりで

ある。うっかり”人道的な”措置などしてしまったら、マイアミやドイツの二の舞になりかねない。ヘタに難民

を受け入れたドイツでは、ある都市で大規模な女性に対する集団性暴行事件が発生しているのだ。


「もし、強硬突破しようと試みてきたら、どう対応いたしますか」


「その時は領海侵犯として、沈めてもかまわん。これは首相指示だ」


吾妻は鬼か悪魔かと言われようとも、日本国民の安全を守るべく腹を決めた。南の在留邦人についても、

自衛隊を派遣して速やかに脱出させる手配をかけている。


「斉木君、この内乱の行方はどう見るかね」


「はい、軍の8割以上はクーデター側に与しています。2、3日の内にクーデター側の勝利で幕を閉じるでしょう。

問題はその後、政権を奪取した彼らが対外的に、どのような対応を取るかですね・・・・」


「先ほどテレンプ大領領とも話をしたが、北が弾道ミサイルや核開発を再開したら、即座に介入するそうだ。

60年振りに半島動乱が起きる可能性は高いぞ」


その後も吾妻達は、あらゆる事態を想定した対策を正月返上で、練り上げていったのであった。そして2日後、

内乱はクーデター側の勝利で幕を閉じた。60年以上に渡って北に君臨していた将軍の一族は、ことごとく粛清

されたのである。


『我々は、長きに渡り人民を搾取してきた者どもに鉄槌を下し・・・・・』


北の国営放送から、クーデター側の勝利を伝えるニュースが放映されている。アナウンサーはいつもの中年

女性ではなく、スーツ姿の男性だ。これまで政権側に付いていた者は、追放か粛清の憂き目にあっている。

アナウンサーの後を受けて、クーデター側の中心人物が演説を始めた。


『我々の目標は人民の生活安定である。大量破壊兵器の開発は行わず、周辺諸国とも友好関係を築き、

人民の平和で豊かな生活を希求するものである』


この演説をテレビで見ていた吾妻始め閣僚の面々は、拍子抜けといった表情だ。


「てっきり、元の軍事強国路線に戻るかと思っていたんだがなあ・・・・・」


「マトモ過ぎて、返って気持ち悪いですよ。裏に何かあるんじゃないかと」


「斉木君、このリという人物の資料はあるかな」


クーデターの首謀者であり、テレビで演説していたリ将軍の資料に吾妻は目を通した。


「ふむ、弾道ミサイルや核開発を一貫して主導していた人物か。それが急に手のひらを返すとは」


「ええ、当面は彼らの動向に注意する必要がありますね」


しかし、北に対する警戒心を高める吾妻達に対して、世間一般にはクーデター派の方針は歓迎された。

中国やロシアは経済制裁などを緩和する方向に、舵を切ったのであった。


「リ閣下、将軍家の処刑は4日後に実施することで、手配が完了いたしました」


「そうか、財産の確保はどうなっているか」


「はい、海外資産も含め差し押さえはほぼ完了しております」


将軍家の一族は北京に亡命しようとしていたところを捕えられ、その財産も全て没収された。多くの独裁者

と同じような末路を辿ることになったのである。彼らの会議は続く。


「軍備についてだが、旧式兵器の更新は中国から協力を得られることになった。最新とは言えぬが、まあ

これまでよりはずいぶんマシになるぞ」


「・・・・閣下、ご不興を買うのを承知で申し上げます。弾道ミサイルや核を放棄して、本当に良かったのですか」


部下の意見にリは一拍置いてから答えた。


「ああ、もし今核開発を再開すると発表したら、アメリカが即座に介入してくるだろう。残念ながら今の軍事力

では米軍には対抗できん」


リの言葉に一同は俯いてしまう。彼らもバカではない。米軍と戦ったら瞬時に叩きのめされるのは理解して

いる。だからこそ核兵器の開発に心血を注いできたのだが、そのカードは前の将軍が手放してしまった。


「これは軍内部でもごく一部しか知らない情報だが、ミサイル基地や核研究所はある”組織”に潰されたのだ。

おそらく雇い主はアメリカと見ているがな、、、、あの豚はそれに怯えて開発を放棄したようだ」


「そんな、あの警戒厳重な施設を破壊できる組織が存在しているのですか」


「そうだ、裏の世界では有名な組織だぞ」


リの言葉に、一同はますます意気消沈してしまう。そんな空気を払拭するかのように、リが話を続ける。


「だがな諸君、核以上に我が国を強国にしてくれる技術が日本に存在するぞ」


「閣下、それは一体、、、、、」


「魔法だ。君達も日本に現れた異世界人のことは知っているだろう。彼らの魔法は、核をも凌駕する可能性

があるぞ」


リの言葉に、一同からどよめきが上がる。しかし、その中の一人が疑問を呈した。


「閣下、異世界人については中国もそれを手に入れようとして、手ひどいしっぺ返しを受けています。我々が

日本に構築した組織も壊滅状態ですし、かなりのリスクが考えられますが」


「ああ、日本にはあの忌々しい”魔女”がいるからな。だから、チャンスは一度きりだ」


「しかし閣下、もし異世界人を手中にしたとして、その魔法が果たして使えるものかどうか・・・・・」


なおも消極的な部下に対して、リは目をつぶりしばし黙考、そして口を開いた。


「諸君、二千年だ。この意味がわかるか」


「二千年ですか・・・・・」


「有史以来、我が民族が受け続けてきた屈辱の歴史だ」


リの言葉に、皆はハっとした表情を見せた。それは、大国のパワーゲームに翻弄され続けてきた民族の

歴史、場合によっては大国の先兵として、他国への侵略戦争に駆り出されたこともある。出席者の脳裏に

過去の苦々しい事実と苦難の歴史が思い浮かぶ。


「南はどうだ、偽りの経済繁栄を謳歌しているが、それも大国の意思一つで崩れ落ちる砂上の楼閣だ。

だが、それも我らの代で終わりにしようではないか。21世紀、そして続く22世紀に世界に君臨するのは

米国でも中国でもロシアでもない。我が民族なのだ!」


リのアジテートに、一同はすっかり心を奪われてしまった。中には感動の涙を流している者までいる。


「そのための切り札が、異世界人の魔法なのだ。諸君、困難な道のりであることはこの私も理解している。

だが、民族の未来のために必ずやこれを乗り越えられると信じているぞ」


「閣下、我らも民族の未来のために死力を尽くします!」


「全ては、我が民族の栄光のために!」


こうして、北は表向き融和姿勢を取りながら、裏では異世界人確保のために策略を巡らすことになった。

二千年続く”恨”、日本人には理解できないかもしれないが、世界ではこういうことは珍しいことではない。

中東の争いも元をたどれば聖書の時代にまで遡るのだ。


そして、彼らに私利私欲はない。あるのはただ虐げられ続けてきた民族に、栄光を取り戻す思いだけだ。

イザベル達は厄介な相手を敵に回すことになったのである。


日本国東京都F市、スーパーでの買い物帰りなのかカゴにレジ袋を入れたママチャリが、市道を走って

いく。こいでいるのはどこにでもいるような平凡な主婦だ。ふと、彼女はママチャリを人気のない公園に

停めたのであった。すると、彼女の近くにすっとこれまた平凡な容姿の男性が近づいてきた。


「お久しぶりです。NSA-X001」


「こちらこそ、NSA-A002、忙しいのに呼び出して悪かったわね」


お互いをコードネームで呼び合う2人、”組織”のエージェントである証拠だ。


「北のことなんだけど、なーんか胡散臭いのよねえ、、、、」


「上はすっかり公式発表を信じていますが」


「あいつらボンクラだからねえ、、、、何か動きがあったら教えてくれるかしら」


「了解です。では私はこれで」


男性はするりと姿を消した。後に残った女性は呟く。


「さすがに異世界までは手が出せなかったけど、この世界なら、今度こそ全力で守ってみせるわ・・・・・」


彼女は再びママチャリをこいで、家路へと急ぐのであった。


注:この物語はフィクションであり、実際の国家、組織、人物とは関係ありませんので

  あしからず。

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