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竜騎士の日本見聞録  作者: ロクイチ
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第129話 竜騎士、お上りさんと出会う


”わぁっ! すごい!”


日本国の首都東京、人口1300万を誇る世界でも有数の大都市だ。林立する摩天楼、網の目のように構成

された鉄道や道路、夜でも昼間のごとく明るい不夜城、そこを行きかう様々な人たち、初めて訪れた者から

みれば、ここ東京こそ異世界、ファンタジーな世界と感じることであろう。


”思い切って故郷を出てきて良かった。ここはきっと、珍しいものや楽しいものがいっぱいあるに違いないや”


そう内心で感嘆する彼も、田舎から初めて東京を訪れてそう思ってしまったクチであった。彼は今、東京でも

比較的新しいスポットでもあるお台場に来ている。東京ビッグサイトを始めとする近未来的な建物が立ち並び、

その間をゆりかもめが走り抜ける光景は、まさにファンタジーそのものだ。


”あそこ、何があるのかな。人がいっぱい入っている”


何かイベントでもあるのだろう、東京ビッグサイトにはひっきりなしに大勢の人が出入りしていた。彼はそんな

周囲の様子を物珍しげにキョロキョロと見回していた。


普通、そんなそぶりを見せればたちどころに怪しげな勧誘やらキャッチセールスやらが寄ってくるのだが、

彼にはそのような(やから)は一切近寄ってこない。それどころか彼を見る周囲の人たちは一瞬ぎょっとした

表情を見せるか、物珍しげな表情で遠巻きにスマホを向けるのであった。


”なんだろう、故郷の近所のじいちゃんばあちゃん達は、ぼくのことこんな物珍しげに見ないのに”


彼が訝しげに小首を傾げている時、けたたましいサイレンの音を鳴らして2台のパトカーが到着、車内から

わらわらと警官が飛び出してきた。


「皆さん! 危ないですから離れてください!」


”げっ! またあの人たち追いかけてきたの、ぼく何にもしてないのに!”


彼は人間技とは思えぬジャンプ力で人垣を飛び越え、その場を後にした。


「逃げたぞ! 追え!」


そう、彼は人ではない、群馬県は生まれ故郷の妙義山からはるばる東京見物にやってきた、一匹のおサル

さんであった。


とっぷりと夜も更けた都内、あと2時間で日付も変わろうかという頃、イザベルはバイト先のコンビニでレジに

立っていた。彼女の戦場で鍛えられた聴覚は、裏口で聞こえる異音を鋭く捕えたのである。


「先輩、どうしたんですか」


「うむ、裏口で何か物音がする。怪しいヤツかも知れんから、通報の準備だけはしておけ」


「だ、大丈夫ですか、、、、気をつけてくださいね」


そう後輩に心配されながら裏口に向かうイザベル、もっとも並みの人間では彼女に敵うはずもないのだが。

油断せず慎重に気配を消しながら裏口にたどり着き、そのドアを開けた。


『キィッ?』


「むっ、これは・・・・・」


そこに居たのは、昼間警官の包囲網を突破したおサルさんであったのだ・・・・・


彼は、警官や行政の人間に追われ心身ともにヘトヘトの状態であった。夜になりようやく追手から逃れ、

都心部へと歩を進めた。朝から飲まず食わずの状況であったため、さすがに妙義山を駆け回っていた彼も

行き倒れになる寸前であったのだ。


”おなか空いたなあ、、、、あ、あそこ美味しそうな匂いがする”


彼が見つけたのは、コンビニの廃棄する弁当の置き場所であった。何とか裏口を開けようとしていた時、

急にドアが開いて中から若い女性が顔を出したのである。


”もう、おなか空いて動けないや。この人もぼくを捕まえようとするのかな・・・・・”


彼がすっかり諦めモードになった時、その女性は彼をやさしく抱きかかえ、店内へと入っていった。


「むう、こやつはニュースに出ていたサルか」


イザベルはそのサルを見つけた時、警察に通報しようとしたのであるが、ふと、サルと目が合ってしまった。

何かを訴えるようなつぶらな瞳、人間ではなかなかお目にかかれない穢れ無き純粋な瞳を見たイザベルは、

その瞬間”ズキューン!”と擬音付きで心を射抜かれてしまったのだ。


「よしよし、お腹が空いているのか、私が御馳走してやるからな」


イザベルはそのサルにクリーンの術式をかけると、店内へと抱きかかえていったのである。


「・・・・・・それで、店内に動物を入れてしまった訳か」


「イザベルさん、さすがに衛生上それはまずいッスよ」


「先輩、だから言ったじゃないですか」


イザベルは同僚から口々に、店内に野生動物を入れてしまったことを責められている。彼女はひたすら床に

頭をつけて土下座状態だ。


「すまぬ、本当にすまぬ! だが、こやつの目を見たら見捨てられなくなってしまったのだ。もちろん汚れや

細菌を落とす術式をかけているから、衛生上は問題はないぞ」


「イザベル君、そういう問題ではないんだ。サルを店内に連れ込んだ、その事実だけでお店の信用問題に

関わるんだ。君はそのことを理解しているのかね」


吉田の叱責に、イザベルは涙を流しながらひたすら詫びるのであった・・・・・


「あんた、それでそのサル連れてきたの、ここペット禁止なんだけど・・・・・」


「うう、、、、すまぬ綾香、どうしてもこやつを見捨てることができなくてな・・・・」


ちなみに、コンビニからマンションまでは結界を貼り、周囲からサルを見えないようにして連れ帰った。

相変わらず能力の無駄遣いをしている娘である。バイト先では”今度やったらクビ”との条件で、何とか

お許しを得たのであった。


「でさ、このサル一体どうするの?」


「明日は休みだから、とりあえずF市の実家に連れていくぞ」


「私はさすがに今回は助けないわよ。あんたで何とかしなさいね」


綾香からも厳しい言葉をかけられたイザベル、ただうなだれることしかできなかった。翌日、再びサルに

結界を貼った彼女はF市の実家に向かうのであった。


「ウ~~、キャンキャン!」


「こら、ジークリフトよ吠えるでない!」


昔から”犬猿の仲”とはよく言うもの、早速ジークリフトとの間に緊張が走った。


「まったくあんたは、、、、こんなの拾ってきて、これ、ニュースに出ていたサルでしょう」


「ベル姉、バイト先で怒られるのも当然だよ」


「ベルお姉さま、わたくしが言うのも何ですが、少しお人よしすぎましてよ」


と、実家でも散々な言われようであった。昨夜からそんな様子を見てきた彼、


”この人、ぼくを助けたためにみんなから責められている・・・・・”


申し訳ない気持ちでいっぱいなのであった。


「お姉さま、これで4時間は姿が見えなくなりますから、その間に山に帰してくださいね」


「すまぬなティワナ、恩に着るぞ」


ニュースから、このサルが群馬の妙義山から出てきたらしいと知ったイザベル、ティワナにしばらく姿が

見えなくなる光学迷彩的な術式をかけてもらい、彼を故郷に帰すことにしたのであった。高崎から信越線

に乗り継ぎしばらくすると、車窓には奇岩が軒を連ねた妙義山がその偉容を現す。標高は低いが登山の

難易度は、北アルプスの名だたる名峰に匹敵する山である。


そして列車は終点の横川駅に到着した。1997年まではその先の軽井沢まで、碓氷峠を越える線路が続いて

いた。66.7パーミル(※注)という急こう配を行き来するため、EF63というこの区間専用の電気機関車が連結

される人気の路線であったが、長野新幹線の開業により峠越えの区間は廃止、現在は機関区跡でにできた

記念館が、往時の栄光と厳しい峠越えに挑んだ先人の苦難を伝えている。


イザベルは改札を出て登山口に着くと、サルの迷彩術式を解除した。


「さあ、そなたの故郷に着いたぞ。東京はそなたの生きる場所ではない。ここで静かに一生を過ごすので

あるぞ」


”ありがとう、ぼくのためにここまでしてくれて、一生の思い出にするよ!”


言葉は通じないのに、何だか気持ちは通じあってる一人と一匹であった。彼は、手を振るイザベルを何度も

名残惜しそうに振り返りながら、故郷の山へと戻っていった。その後イザベルは帰りの車内でグズグズと

涙を流しながらも、しっかり名物の”峠の釜めし”は賞味していたのである。


・・・・・そんなサル騒動が終結して3日後、”彼”は自分を閉じ込めていた狭いケージを抜け出し、自由を満喫

していた。だが、その代償としてこれまで保証されていた食事を自分で確保しなければいけなかった。


”おなか空いたなあ、、、、あ、あそこ美味しそうな匂いがする”


彼が見つけたのは、コンビニの廃棄する弁当の置き場所であった。何とか裏口を開けようとしていた時、

急にドアが開いて中から若い女性が顔を出したのである。


「うわっ、なんだこいつは」


途端に彼の体は麻痺し、動けなくなってしまったのである。


「裕美よ、昨日ニュースでやってたニシキヘビ裏口にいたぞ。動けなくしてあるから早く警察に連絡してくれ」


「先輩、、、、この間のサルとずいぶん対応が違いますね」


「ああ、ニシキヘビは可愛くないからな」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


”可愛いは正義”は時に残酷であった・・・・・


※参考書籍

 碓氷峠 ネコ・パブリッシング社刊


※注 66.7パーミル

 1kmごとに66.7m上るこう配のこと、廃止されるまでJR線では最急こう配の区間であった


最近のニュースを見て思いついたお話です。自分はよく猿の多いところに出かけているので

何とも思わないのですが(駅のホームにも群れで出没している)

都会では一匹でも大騒ぎになってしまうものなのですね・・・・・

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