第128話 竜騎士、日常に戻る
「イザベル様、本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません!」
「そなた達にも世話になったな。宝来軒のレシピ完成すること、この日本から祈っておるぞ」
「はい、イザベル様のそのお言葉こそ、万の兵に匹敵する力になりまする。ありがとうございました!」
魔法陣が光り、フレルとルレイが消えて行く。元の世界クレアブルへと帰還していったのだ。彼らは3日間
日本に滞在し国の仕組みや新幹線などインフラの見学をしたのだが、いい意味でかなりの刺激になった
ようだ。今後、ブライデス王国、いやクレアブルの発展にこの知識を役立てるよう心に誓ったのである。
「イザベル、あんたも行かなくて良かったの。逆ハーよ逆ハー」
「綾香よそれはもう勘弁してくれ。神殿に一生監禁なぞ死んでもゴメンだぞ・・・・・」
ちなみに、今後王国のみならず全世界の神殿に、イザベルの肖像画や彫像が飾られて信仰の対象と
なるのだが、彼女はその事を知ることはなかった・・・・・
ラミリアとニールは例によって、すっかり異世界人専門担当となったSPの西川と大山に付き添われ、日本
に馴染むための研修を受けることになった。ティワナもサポートで付いている。今頃はスパルタな講師陣
にヒイヒイ言っていることだろう。
「やれやれ、これでやっと普通の生活に戻れるな、、、、」
「一応口裏は合わせておきましょうね。斉木さんからも念を押されているし」
表向きイザベルはクレアブルにいた期間、タチの悪い伝染病にかかって隔離状態だということになっている。
もう一つ異世界があったなどと、とても公表はできないからだ。ラミリアとニールも斉木が裏でいろいろと動き、
日本国籍を取得することになっている。ちなみにブライデス王国とは、もし事故で日本人が転移した場合に
備え、ホットラインは残すようにしておいた。当然これも国家機密である。
そう話しながらF市の自宅に戻るイザベルの右手には、ジークリフトの入ったカゴが下げられている。都内で
借りているマンションがペット禁止のため、実家の方で飼うことになったのだ。これが異世界クレアブルでは
天災級と恐れられたモンスターとは、誰も思わないであろう・・・・・
さて、イザベルが復学したキャンパスでは、宝京子始め友人達が心配そうな顔を彼女を出迎えた。
「イザベル、大丈夫だった。面会もできないと言われて心配だったのよ」
「心配かけて済まぬな。何とか全快したよ。これからは遅れた分と取り戻さねばな」
その後バイト先のコンビニにも復帰、お調子者の丸尾が
「いや~、また転んで大ケガでもしたんじゃないかと、心配だったんスよ~」
などと軽口を叩いていたので、とりあえず殴っておいたのであった。
と、そんな慌ただしくも平凡な日常が戻って1か月、イザベルと綾香はF市の実家に帰っていた。この日は
ラミリアとニールが研修を終えて、いよいよ日本での生活をスタートさせる日なのである。
「2人とも、ずいぶんやつれておるな、、、、まあ予想はしておったが」
「イザベル様、わたくしこの世界の学問を舐めておりましたわ、、、、微分積分に幾何学に、こちらの学生は
皆、魔導師でも目指しているのですか・・・・」
「ににんがし、、、、にさんがろく、、、、、」
ラミリアも貴族としてそれなりの教育を受けていたが、日本の教育はそれよりも圧倒的にレベルが高い。
ニールにいたってはうわ言のように、九九を繰り返すのであった・・・・
「いや、こちらではごく普通の教育だ。そなたらも日本の学校に通うのであれば、ついていけるように頑張る
しかないぞ」
とりあえず日本語に不自由しなくなっただけでも、良く頑張ったと言えるであろう。まだ16歳のラミリアは
都立F西高に、ニールはF西小に通学することに決定している。
「ラミリア、今日からは君をウチの家族として扱うからね。これからよろしくお願いするよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
そう頭を下げるラミリアにイザベルと綾香からは、
「ラミリアよ、達夫とーさん、良枝かーさんの言いつけを良く守るのだぞ」
「特に門限破ったら、庭の木に吊るされるからね・・・・・」
ラミリアは内心”そんな、大げさな”と思っていたのだが、それが事実であることに気が付くのはもう少し先の
ことである。
ニールの方は、迎えにきたドラコ達に引き取られていった。
「これからはドラコパパ、イリスママと一緒なのじゃー」
そう無邪気に喜ぶニールに、周囲もほっこりとした雰囲気だ。顔合わせも一段落着いた頃、イザベルと綾香
はラミリアを買い物を兼ねて街を案内することにした。
「あんまり遅くならないようにね」
「「はーいっ」」
その様子を見ていた聡は、何だかデジャブを感じていたのだが口に出すことはなかった・・・・・
「ふえ~~、すみません人酔いしてしまいました・・・・・」
「ここは日本でも、最も賑わっているところだからな」
一行はラミリアの服を買いに渋谷に繰り出したのだが、まだ人混みに慣れていない彼女はグロッキー気味だ。
そこで、近くのカフェで休憩をとることにしたのである。
「本当に、地球は豊かなところなのですね・・・・・」
「いや、地球ではなく日本という国が豊かなのだ。この世界でもここまで経済が発達し、便利な国はごく一部
なのだ。地球でも国民が今日明日の暮らしに事欠くところは、そう珍しくはないぞ」
「そうなのですか。わたくし、すごい恵まれた環境のところにやってきたのですね」
ケーキセットを食べながらしみじみと呟くラミリアに、イザベルが地球の事情を説明する。特に冷戦終結後は、
ごく一部の富裕層に富が集中し、格差の拡大が地球世界の課題となっている。歴史的にもこうしたことが、
革命や動乱の引き金となっている例は多い。
「ここが伝説に聞く理想郷かと思っていたのですが・・・・」
「世界が違っても、人がいる限り問題は絶えないものだ」
何か話が深刻な方向に向かい始めたのを察した綾香が話題を変えた。
「まあ、その話は置いといてさ、まだ時間あるしどう、コレ行く」
彼女はクイクイッとマイクを持つ仕草で2人をカラオケに誘う。何ともオヤジ臭い動作ではある。
「うむ、久々に行ってみるか」
イザベルと綾香は”カラオケ?”と首をひねるラミリアを連れて、F市に戻り馴染みのカラオケボックスへと
繰り出した。
「歌を歌う場所なのですか?」
「ああ、この日本発祥の娯楽でな、今では世界中に広がっているぞ。まずは私が手本を見せてやろう」
まずイザベルが選曲したのは”Automatic”、有名女性シンガーの代表曲である。続いて綾香がブルハの
曲を選曲し、飛び跳ねながら歌いまくる。最初その様子を目を丸くしながら見ていたラミリアであったが、
2人に「この曲なら歌いやすいよ」と勧められおずおずと歌い出す。
「いや、こんな楽しいものが存在するとは思いませんでした」
何曲か歌いカラオケにも慣れてきたラミリアが、上気した表情で感想を述べる。すっかりカラオケの魅力に
はまってしまったようだ。しかし、楽しい時間が過ぎるのは早いもの、イザベルと綾香はすっかりその事を
失念してしまっていた。
「や、やばいな、、、すっかり遅くなってしまったぞ。良枝かーさんは何か言っていたか」
「うん、とりあえず早く帰ってこいって・・・・・」
そうビクビクしながら実家へと戻るイザベルと綾香、一方ラミリアは、闇ギルドの暗殺者や魔王軍を前に
しても臆することのなかったイザベルが、家族の叱責をこんなにも怯えていることを、不思議に思っていた。
「あの、確かに家族のお小言は嫌ですけど、そんなに怯えるものほどなのですか」
「そなたはまだあの2人の恐ろしさを知らぬから、そういうことが言えるのだ。私はあの2人に怒られるなら、
1人で10万の兵を相手にする方を選ぶぞ」
それでもまだラミリアは内心、「大げさな」と思っていたのだが、それは鈴木家の前で待ち構えていた達夫
と良枝を見た瞬間、覆されてしまった。達夫は魔界の大魔王も裸足で逃げ出すほどの憤怒の表情で、良枝
は冥界の冥王も恐怖で失禁してしまうほどの無表情で立っていたのである。
「全く、このスカポンタン共は何度言えば・・・・・」
「ラミリアまで、この2人のパープーが移ってしまったのかしら。うふふ、これはお仕置きが必要ねえ」
怒れる達夫と良枝を前にして、3人は抱き合ってガタガタと震えることしかできなかった・・・・・
「くっ、大学生にもなって木に吊るされるとは、このイザベル一生の不覚・・・・」
「あんた、一生の不覚多すぎるよ」
「まさか、本当に木に吊るされるとは思いもしませんでしたわ・・・・・」
そう時折吹く風にプラプラと揺れながら、後悔の言葉を口にする3人、しかし、これでまだどこかよそよそし
かった3人の絆は深まったのである。これぞ、
”禍転じて福となる”
であった。
これでめでたくラミリアも、パープー娘の仲間入りです。