第127話 聖女召喚の後始末その2
「日本の皆様方、初めてお目にかかります。ラミリアと申します。姓は実家が取り潰しになりましたので、
今はございません。イザベル様のお慈悲により、日本へとやって参りました」
ラミリアはクレアブルの町娘のような格好だが、貴族式の見事な礼を行った。だが、鈴木家の彼女を見る目
には、警戒心が浮かんでいる。
「あなた、イザベルの命を狙っておいてよくのうのうとここに来れたわね。一体どういう神経してんのかなあ」
「その事に関しましては、言い訳はいたしません。両親からもイザベル様を害しようとした罪、償うようにとの
言葉を頂いております。わたくしも日本で刑罰を受ける覚悟はできております」
綾香の厳しい言葉にもラミリアは動じることなく、素直に頭を下げた。魔王軍討伐後にルクレール公爵家の
一族は厳しい処罰を受け、当主と夫人は毒を仰いで自害、その他の者は斬首か終身犯罪奴隷などの刑に
処せられたのだ。処刑前にラミリアは両親と面会を許され、公爵家を破滅させたことを詫びられるとともに、
日本で罪を償うように、と言われたそうだ。
「綾香よ、そう言うでない。ラミリアはすでに王国で異世界追放という罰を受けておる。何とか穏便に済まして
やれまいか」
「・・・・・あんた、フレルさん達のことといい、本当にお人よしすぎるわね。大体この子の場合は自業自得じゃ
ないの、実家が犯罪行為なんかしなければ、こんなことにはならなかったのに」
「それは私も疑問に思っていたところだ。ラミリアよ、どうして名門貴族が犯罪なんぞに手を出したのだ」
それに対するラミリアの答えは、”お金が足りなかった”との答えであった。
「公爵家の権勢を誇示し、他の貴族に影響力を及ぼすのには大金が必要です。ですが、お父様は領地経営
がうまくいかず、犯罪行為に手を染めてしまったのですわ、、、、何と愚かな、と思われるでしょうが、こうしな
ければ対立する貴族に足元をすくわれ、失脚するかもしれない、その恐怖心の方が良心より勝ってしまった
のです。結果的には断罪されることになってしまいましたが」
ラミリアの言葉を聞いた鈴木家の面々は、一様に押し黙ってしまった。日本の一般市民には想像もできない、
貴族社会のドロドロした一面に、不快感すら感じている。やがて、考え事をしていた達夫が口を開く。
「ラミリアといったね。君は、この日本で放り出されたら、どうするつもりだったのかな」
「はい、貴族令嬢であったわたくしには、やれることなどありません。この体を売って生活しようかと。もし
日本に来ず国外追放になっても、そのつもりでしたわ」
再び考え込んだ達夫、今度は鈴木家の面々に向かって声をかけた。
「さすがに警察官として、未成年者の売春行為など認めるわけにはいかないな。みんな、イザベルもすでに
許しているようだし、1回だけやり直しのチャンスを与えてあげたいと思うのだが、どうだ」
「・・・・まあ、お父さんがそう言うなら」
鈴木家の面々は渋々ながらも、ラミリアを許し当面の間面倒を見ることにしたのである。なんだかんだ言って
もイザベル同様お人よしな家族である。
「ただ、ウチは貴族ではなく向こうで言う平民だ。これまでのような贅沢はできないが、受け入れられるかね」
「はい、大罪人のわたくしを許してくださったばかりか、衣食住まで与えて頂けるとは。これ以上の贅沢は
とても申せません。本当にありがとうございます」
ラミリアは瞳を潤ませながら深く頭を下げた。最も、日本の一般市民の生活レベルがクレアブルの貴族階級
より、はるかに快適で便利なことを知り彼女が驚くのは、少し先の話である。
「ふう、これで私も安心したぞ。では次にニールのことだが・・・・・」
「妾が大魔王のニールなのじゃー」
出されたケーキを1人もしゃもしゃ食べていたニール、そう元気よく返事をする。
「あらあら、お口の周りが白くなっていますわよ」
「む、申し訳ないのじゃ」
ラミリアはニールの口についたクリームを、かいがいしくハンカチでふき取っていく。短期間で結構親しく
なったものだ。
「こやつはドラコに頼もうかと思ってな。この後宝来軒に連れていって、私からも依頼をするぞ」
「そうか、まあ断れてもこちらでしかるべき施設に保護を頼むよ」
「すまぬ、吾妻殿」
こうして、ニールの落ち着き先も無事決まりかけた時、彼女に異様な関心を示す者がこの場にいた。重度
の中二病を患っている聡である。
「ふうん、、、本当にゴスロリ幼女魔王って存在していたんだ。ニールちゃん、僕は聡って言うんだ。仲良く
しようね」
そう言ってにじり寄る聡に、さすがのニールも警戒心を隠せない。
「な、なんじゃ、お主は、、、、何か邪な気を感じるぞ!」
その様子を見ていたイザベル始め、鈴木家の面々が愕然とする。
「聡、、、、、あんた中二病だけでなくロリコンだったの!」
「あなたぁ、、、、どうしましょう聡が変態に」
「やむを得ない、一生刑務所に入ってもらうしか・・・・・」
そう嘆く鈴木家の面々、そして、イザベルが断罪を下す。
「仕方がない、聡よ、この世界には”泣いて馬謖を斬る”という言葉がある。そこへ直れ!、この姉自らその
首はねて、この世の平和守ってみせようぞ!」
そう言ってオリハルコンの聖剣”ガレル”を顕現させるイザベル、さすがの聡も真っ青になり”ごめんなさい
許してくださいもうしません”と、土下座して命乞いをするのであった・・・・・
「・・・・・何というか、ユニークなご家族ですこと」
「ラミリアさん、この人たちと一緒にいれば、飽きることなどありませんよ」
ラミリアの呟きに、そう斉木は答えるのであった・・・・・
「さてと、話がまとまったところで、まずは宝来軒に行こうか」
最初固辞したフレルやルレイも、”まあ帰る前に異世界の料理を味わってみてくれ”とイザベルに言われ、
ご相伴にあずかることにしたのであった。一行は日本政府の用意したマイクロバスに乗り込み、F市へと
向かったのである。
「ルレイよ、この街並み凄まじいほど発展しているな・・・・・・」
「はい殿下、聖女様から事前に話は聞いておりましたが、マナもないのにこれほどとは」
「失礼ですが、王都が田舎村に見えてしまいますわ」
フレル始め王国側の面々は、想像以上の日本の発展ぶりに目を丸くしていた。やがてマイクロバスは、
F市の宝来軒前に到着したのである。
「ここが、日本の高貴な御方をも虜にするという店なのか」
「どうみても、平民の食堂ですね・・・・・」
相変わらず昭和レトロな外観の宝来軒、異世界の王族や貴族がそういう感想を抱くのも仕方がないことだ。
「ふ、最初そう思うのも仕方あるまい。だが、これを味わえばこの日本、地球世界の凄まじさを思い知る
ことになろうぞ、、、と、まずはニールの紹介をせねばなるまいな」
イザベルはガラガラと宝来軒の引き戸を開け、皆を店内に招き入れた。ちなみに今日は貸切ということで
一般客はシャットアウトである。
「それでドラコよ、申し訳ないがニールの面倒を見てやってはくれまいか」
「そうか、この子が別世界の魔王、、、、イリスよそなたはどうか」
「はい、魔王さまが良ければ私は問題ありません」
「わかった、同じ魔王の誼だ。こいつの面倒を見てやるぞ」
ニールの引き取り先も決まりほっとしたイザベル達、改めて久々の宝来軒の味に舌鼓を打ったのである。
「おお、この雑味のないスープは何だ。どうしたらこのような味に仕立て上げられるのだ」
「殿下、この餃子というものも、口の中に溢れる肉汁がたまりませんぞ」
「これは公爵家、いや失礼ながら王城の晩さん会ですら、出会うことのない美味ですわ」
フレルやルレイ、ラミリアは口々に宝来軒の半チャンラーメンや餃子の味を讃えるのであった。ちなみに
ニールは一心不乱に料理をもっしゃもっしゃと口の中にかきこんでいた。
「ドラコ様、どうかこの料理のレシピをお伝えいただくこと可能でございますか」
「まあ、特に秘密にしている訳ではないからいいけどよ」
こうして、宝来軒のレシピや醤油やメンマの製造法まで手に入れたフレル達、それと自分の舌の記憶を
元に10年の歳月をかけ、見事宝来軒の味を再現、ブライデス王国の名物として大好評を博するのであるが、
それはまた、別の話である。
聖女召喚編はこれで完結です。次話より日本での日常に戻ります。