第121話 【フレル視点】この世で唯一絶対無二の存在
「やったぞ! 召喚は成功だ!」
神殿内に歓喜の声が響き渡る。多量のマナを消費して行った、異世界からの聖女召喚の儀式が無事成功
した。祭壇には、奇妙な服装の若い女性が横たわっている。皆は喜んでいるが、私の心は沈んでいた。
召喚といっても向こうから見れば、無理やりクレアブルに拉致してきたようなものだ。私は目覚めた女性が
パニックを起こした場合に備え、祭壇に近づこうとした。
「誰か、この状況を説明してくれる者はおらぬのか!」
その女性は起き上がるとパニックを起こすこともなく、周囲を見渡して状況説明を求めた。とてつもない美しさ
と、威厳を兼ね備えた容貌だった。
”間違いない、この御方こそ真の聖女だ”
そう確信した私はこの女性、聖女様に近づき騎士の礼をとった。
「ふむ、そのブライデス王国とやらが、なぜ私を呼び寄せ、、、いや拉致したのだ?」
拉致、、、その言葉に胸が痛む。しかし私は王太子として、できる限りの誠意を示して魔王浄化の助力を
お願いした。おそらく我々だけでは、伝説の消滅級には対抗できない。その時私の説明を聞いていた
聖女様から、意外な人物の名が飛び出してきた。
「クレアブルか、ペルメのギルドマスターロベル殿は息災か?」
驚く私たちに聖女様は、この世界にやってきた時ある程度の知識が頭に入ってきたと説明した。きっと、
それは神の仕業なのだろう。その後王城に移動し父上、ブライデス王国国王陛下に謁見する。陛下も
聖女様に会うと、この国に助力していただけるようにと頭を下げた。召喚前は、
”聖女は他国への抑止力にもなる、フレルよ、うまく王国に縛り付けておけるよう、好意を持たれるように
せよ”
と言っていたあの父上がである。後で聞くと聖女様に会った瞬間、これは本物の神の御使いだ、人がどう
こうできる存在ではない、と悟ったのだそうだ。しかもさらに、聖女様はこの短い期間で我が王国軍の練度
まで正確に把握していたのだ。彼女はイザベル・スズキと名乗ったが、とても恐れ多くてその名を口にする
こともはばかれてしまった。
そんなこんなで迎えた聖女様のお披露目式、貴族や各国の使者を前にしての立ち居振る舞い、バルコニー
で民衆に手を振る様子、本人は元の世界ではただの学生とおっしゃられていたが、それはどうみても王族
かそれに準ずる教育を受けていたとしか、思えなかった。
「どうも、私に悪意、いや殺意を向けている者がおるな。恐らくフレル殿に恋慕している者ではないか」
その言葉を聞いた私は頭を抱えてしまった。そんなことをやらかしそうな貴族令嬢の顔が、数人浮かんで
きたからだ。更に、護衛騎士の1人がどうも監視役になってることまで発覚した。
「どうかなフレル殿、これで納得したか」
「は、はい、、、、しかし凄まじいばかりの剣技ですな」
敵をあぶり出すため、自らが囮になろうとする聖女様の案に、私たちは猛反対した。それならば私の腕前を
見てくれと、内密に模擬戦を行ったのだが、当代の勇者たるこの私は一合も撃ち合えぬほどの、凄まじい
剣技であった。そして庭園で茶会を行っていた際現れたのは、ルクレール公爵家令嬢ラミリアとその取り巻き
達、建国以来の名門だが、当代になってからは何かと黒い噂がつきまとう一族だ。
一見なごやかに進むお茶会、だが、ラミリアからは聖女様が平民であることの嘲り、嫉妬といった感情が
漏れ出している。そして最後のやり取り、
「ラミリア殿、この世で最も歪なもの、浄化せねばならないものは何かご存じかな」
「一体、なんでしょうか?」
「嫉妬だ、それで身を滅ぼした者、滅ぼしかけた者を私は知っている。今日は楽しかったよ」
「・・・・・わたくしもですわ。では、みなさまごきげんよう」
去っていくラミリアを見つめる聖女様からは、怒りではなくただただ悪しき貴族主義に染まったラミリアを、
哀しむ感情しか感じ取れなかった。自分に悪意を向けているものを憐れむ、その姿はまさに慈悲深き
聖女様そのものだった。その夜に事態は動いた。ラミリアが雇った闇ギルドの暗殺者が聖女様の部屋を
襲撃したのだが、、、、、
「イザベル様、ご無事ですか!」
「フレル殿、問題ない。リーダー格以外はこちらで”処理”しておいたぞ」
月明かりの中返り血を浴び、そう淡々と告げる聖女様を見た私は、不覚にも背筋に戦慄が走るのを押え
きれなかった。それは、あまりにも人間離れした美しさであったから・・・・・
実行犯の自白を受け、早速王国軍はラミリア始め公爵家一族、闇ギルドのメンバーを捕縛、これまで公爵家
が関わってきた数々の犯罪行為の証拠も押収できた。そんな時、聖女様が捕縛されたラミリアと話がしたい
と希望され、当初反対したがどうしても押し切られ、地下牢へと案内差し上げた。
聖女様と話しているラミリアから、どんどん毒気のようなものが抜けていくのが感じられた。これも聖女様の
持つ浄化の力なのだろうか。そして、聖女様の口から想像以上の話が飛び出してきた。何と、地球とは更に
別の異世界から飛ばされてきたのだという。
そして、ルーク皇国という国の皇女であること、竜騎士団副団長であったことなどが明かされた。何でも、
人以上の知能を持ち、人化できるドラゴンと盟約を交わしていたそうだ。クレアブルでは竜騎士など、完全
におとぎ話の世界だ。これにはあのラミリアも目を丸くしていた。しかし、話はそれで終わりではなかった。
「そなたさえ良ければ、一つ提案があるのだが、どうだ」
それは、罪一等を減じ異世界追放、聖女様はラミリアに日本で人生をやり直さないか、という提案をされた
のであった。最初は拒否していたラミリアも聖女様に説得され、日本行きを了承した。地下牢からの戻り道、
私は聖女様に自分を害そうとした相手に、甘いのではと疑問を呈した。これは聖女様の有り余るお慈悲を
受けた、ラミリアへの嫉妬も多少含まれていたのだが・・・・・
「だからな、ラミリアの命を救ったのは、これで自分が手にかけた者たちへの贖罪になるのではないか、
そんな自己満足からなのだ。フレル殿、これがそなた達が崇める聖女の正体だ。ふふ、どうだ、さぞかし
落胆したであろう」
その疑問に対する聖女様のお答えは、我々の心を揺さぶられずにはおかなかった。そう、初めて心の奥底
に秘めておられた感情を、明かしてくださったのだ。これは戦士ならば誰もが持っている感情だ。私は聖女様
が完璧な神などではなく、悩み、苦しむ1人の女性であるということを、ようやく理解したのだ。
「は、我らブライデス王国一同、改めましてイザベル様に忠誠を誓います。今確信いたしました。イザベル様
こそ真の聖女に相応しい御方です」
「我らの剣は全て、イザベル様に捧げます」
彼女を守らなければならない、そう、戦場を離れ日本で平和な生活を過ごしていた聖女様を、再び血なま臭い
戦場に引きずり出してしまった張本人として、、、、
他の者も私と同じ気持ちだったようで、それぞれ聖女様にその剣を捧げたのであった。聖女様は”そうか”と
にこやかな笑みを浮かべ、そのことを肯定して下さった。聖女様に哀しい表情は似合わない。だから我らは
誓ったのです。二度と聖女様に、あのような哀しいお顔をさせてはいけないと・・・・・
その後、フレル達はラミリアの助命を渋る国王を説得し、それを認めさせた。全てはイザベルの笑顔のために。
ただ残念なことにフレル達にとってイザベルは、もはや信仰の対象である。後にその事実に感づいてしまった
イザベルは、自分が恋愛対象として見られていないことに、リアルorz姿勢となってしまったのである。
一回、誰それ視点というものを書いてみたかったのでやってみました。
書いてみると意外と難しかったです・・・・・